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平安時代の悪役令嬢は婚約破棄します!  作者: 月夜野 すみれ
第三章

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第十五話 毒草

 箏のお稽古をしていた中の君の手が止まった。


 中の君の箏の腕は上達しているものの、まだ人前で披露できるほどではない(あれからずっとお稽古していたんですのよ)。


「やっぱり、私には……」

「後! 落ち込むのは後にしましょう! そういうのは宴が終わってからにしないと間に合いませんわ!」


 中の君は落ち込んでは手が止まりそうになる。

 だが落ち込んでいても手を動かさなければ間に合わない。


 中の君の年なら習い始めて七、八年くらい()っていなければならない。

 それが始めて二、三年の四の姫より()……上手くないとなると、ほとんどお稽古していなかったという事になる。


 とても一月や二月の練習では……。


 これでは中の君が恥をかいてしまう。

 中の君の演奏は北の対にも聞こえているはずなのにお母様はやらなくていいとは言ってこない。


 宴の席で中の君は箏が()……上手くないと周知されれば中の君を入内させようと言い出せなくなる。


 どうしましょう……。


 とてもではないけれど四十の賀の宴で披露できる腕前ではない。

 お稽古を続ければ上手くなりそうではあるから入内(出来るようになったとして)までにはなんとかなりそうなのだが宴には間に合いそうにない。


 中の君が溜息を()いた。


「お姉様はなんでもお出来になるのですね。それに引き換え私は……」

「お稽古しただけよ」


 何しろ幼い頃から、いずれ入内するのだから妃として恥ずかしくないようにと一通りやらされてきた。

 入内してすぐに中宮に冊立(正式に認められるという意味ですわ)されるのは無理でも真っ先に皇子を産めばなれるだろうという目算があるらしい。


 そして皇子の百日(ももか)(いわい)(生後百日を過ぎたお祝いですのよ)がすんだら春宮冊立というところまで決めていたらしい(私はまだ入内すらしてませんのに!)


 それはともかく私が産まれてすぐにそこまで決めてあったから中宮として相応しい教育を受けさせられてきた。

 箏のお稽古も普通の姫が始めるよりずっと早くから始めさせられたのだ。


 といっても、どれもひたすら練習しただけだから中の君も出来るようになるはずだ。

 程度の差こそあれ妃でも貴族の妻でも出来ないと困ることだから中の君も身に着ける必要がある。


 そうよね、どちらにしても中の君にも必要な教養なのだし……。


 中の君も本来ならとっくに婿を取っている年なのだから、のんびりしてはいられない。

 とはいえ――。


 どう考えても宴には間に合いませんわ!


 私は頭を抱えた。



「姫君の亡き者にしたい誰かが(くちなわ)を箱に入れて送ってきたのです」

 キヨが物語を読んでいた。


「なんてひどい!」

「怖いわ! 私、(くちなわ)嫌い!」

 二の姫と三の姫が口々に言った。


「蛇が失敗したと分かると今度は食事に毒を入れました。毒を入れたのが自分だと分からないように全員の食事に混ぜたので邸の人間は皆、寝込んでしまいました。幼かった一番下の妹君は助からず……」



「なんですって!」

 私(左大臣の大君の方)は大声を出して()ね起きた。

「姫様!?」

 トメや他の女房達も飛び起きて集まってくる。


「いかがされましたか!」

 外から頼浮の声がした。


「ごめんなさい。悪い夢を見たみたいで……」

 私がトメにそう言うと、トメがそれを頼浮に伝える。


 頼浮は僅かに躊躇(ためら)ったようだが、しばらくして踵を返した足音が聞こえた。


「あ! 待って!」

 私の声に頼浮が立ち止まったのが分かった。

「姫様?」

 トメが当惑した表情で私を見る。


()……あの随身に毒草に詳しいか聞いてきて」

 私の言葉にトメは戸惑ったようだったがそれでも頼浮に聞きに行ってくれた。


「詳しいと言うほどではないそうですが多少は分かるとのことです」

 戻ってきたトメが報告する。


「なら急いで台盤所(だいばんどころ)(台所)に行くように言って。材料に毒草が混ざってないか調べるようにって」

 私が言わんとしていることが分かったのだろう、トメは慌てて頼浮のところに向かった。



「おかずに使う材料に毒草が混ざっていたそうです」

 しばらくしてトメがやってきて報告した。


「なんてこと……」


 危うく四の姫が儚くなるところでしたわ。


 けど……。


 一体誰が?


 私は違うし、お母様だってそんなことを誰かに命じるはずがない。

 中の君が邪魔だとしても他の娘達を巻き込もうとは考えないはずだ。


 私が一人で(そう)を弾きながら考えていると、庭で足音が止まった。

 橘の香りがするから頼浮だろう。


「ありがとう、また助けられたわ」

 私が箏を弾きながら言った。

 箏の音で側に控えているトメ以外には聞こえないだろう。


 頼浮は箏を聴くために立ち止まっているように見えるはずだ。


「先のことがお分かりになるとは存じませんでした」

「誰かが中の君に蛇を送ってきたのよ。だからもしかしてと思って」

「…………」

 頼浮は黙っている。

 香の匂いがしているし足音もしていないからここにいるはずだ。


「どうかした?」

「あれは間違えたそうです。摘んできた中に混ざっていたとか」

「え……? 罪を免れるために嘘を()いているのではなく?」


 この国に死罪はない――貴族(と皇族)には。


 実は貴族の特権の一つが罪の減免なのである。

 だから貴族なら死罪にはならない(もちろん皇族もですわよ)。


 最悪、流罪ですむ。

 恩赦があれば都に帰ってくることも出来る。


 けれど庶民は違う。

 料理を作っている使用人は庶民だから誰かを毒殺しようとしたとなれば死罪になり得る。


 毒草を入れさせるために雇った貴族は流罪ですんでも、雇われて毒を入れた使用人はそれではすまされないのだ。

 当然、罪を免れようとするはずである。


「摘んでいるところを他の者達も見ていました。誰も毒草だとは気付かなかったので使用人達も食べるところだったそうです」


 どういうこと……?


 なら、あの夢は一体――。

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