第6話 その放課後は、誰にも渡せない
「ね゛ぇ〜!!最近なんかつれなくない!?」
いつものように、空き教室に集まって3人で飯を食べていると、黒澤が項垂れるように俺にくっついてきた。恥じらいとか諸々ないんかこいつは。てか飯食べづらいだろ、その体制。
「あのなぁ……つれないことはないだろ。現にこうして飯も3人で食べてるだろ? ……確かにそりゃ、最近一緒に帰ってはないけどさぁ……」
あの日、青崎さんと"秘密基地"で雪メモについて語り合ってからというもの、時間があれば毎日青崎さんと雪メモや他の美少女ゲーの話をするために集まっていた。
それにつれて、確かに黒澤と光輝と俺の3人で帰ることは無くなり、放課後は黒澤と光輝の二人で帰っている事がほとんどだ。
「……もしかして、赤城っち彼女作ってないよね??」
枯れない恋を知らない彼女に
第6話 その放課後は、誰にも渡せない
「「ブフーッ!!!!」」
黒澤のその発言で俺と光輝は口に含んだ水を勢いよく噴射してしまった。てかなんで光輝も驚いてんだよ。
「えっ、おま、ちょ、彼女できたんか!?康太!!」
「なわけないだろ!黒澤の冗談だよ、冗談!!真に受けんな!!」
「えー、でもわかんないよ?隠れてコソコソ付き合ってるかもじゃん! だって、最近陽菜ちゃんと放課後毎日過ごしてるんでしょ? ね! 私達を置いて! ね!」
「……ほんとに彼女はいないよ。青崎さんとは友達なだけ。放課後に過ごしてるのも深い意味は全くないよ。」
そう。青崎さんとはあくまで友達として毎日放課後過ごしているだけであって、全くその関係にやましい事はないのだ。
「ふーん、どうだか。私という最高な嫁が居ながらも、陽菜ちゃんに鼻の下伸ばしてるんじゃないの?」
「黒澤の夫になった覚えは無いっていうツッコミは置いといて、青崎さんに鼻の下伸ばした覚えもないよ、ほんとに。」
「なら俺たちも、放課後青崎さんと康太の間に入れてくれるか?」
「いや……それは出来ない。」
青崎さんはこの趣味を知られたくないから、同じオタクである自分に作品への共感と理解を求めてきたのだ。
そして、例え同じオタク相手だからといえど、"外側"しか知らない人間に"内側"をさらけ出すのはかなり勇気を出したはずだ。
だから、例えそれが親友だろうと、青崎さん本人以外がそう易々とその"内側"へと踏み込ませてはならないという理由が主だ。
だが、別にも理由はある。それは完全に俺のエゴ。
あの日、青崎さんが見せてくれた“本音”。
『夢なら、覚めなければいいのにね』
……あの時、あんなに弱々しく呟く青崎さんを初めてみた。
その時見たあの表情は、確かに俺だけが知ってる青崎さんの“素顔”だった。
だからなのかもしれない。あの時間は、他の誰にも踏み込ませたくないって、思ってしまった。
「……そか。なんか、ちょっとさびしいなって思っただけ」
いつも通りのテンションで笑う黒澤の声が、少しだけ小さかった。
「……お前、変なこと言うなよ」
「変なことじゃないでしょ? ほら、ずっと一緒に帰ってたし、私たちのほうが古株じゃん?」
そう言って、彼女は箸で弁当箱をカチャン、と鳴らした。
「ま、いいけどさ。赤城っちが幸せなら」
黒澤は、なんだかさっきまでとは違って、おセンチな雰囲気を漂わせながら空の弁当箱を片付け始める。
すると、突然空き教室の扉が慌ただしく開く。この乱暴さは─────
「康太くん、居る? ちょっといいかしら?」
やっぱり青崎さんだ。青崎さんは俺と目が合うと、普段の雰囲気から力が抜けたように微笑む。
「おう、全然いいよ。どしたの?」
「いや、別にそんなに大した事じゃないのだけれど────」
「ああ、それなら─────」
最近になって青崎さんは、度々こうして俺達のいる空き教室にまで顔を出しに来る様になった。もしここが青崎さんの第2の居場所になってくれているのなら、俺は嬉しい。
「……」
青崎さんと何気ない会話をしていたそのとき、ふと視線を向けると、光輝がこっちをじっと見ていた。何か言いたげな目。でも、それはすぐに逸らされた。
その瞬間、椅子の脚がギッと音を立てた。光輝が立ち上がる。
「どうした? 光輝。どっか行くのか?」
「……ああ、少し、空気を吸いに。」
こちらに振り返ることもせず、いつもより低いトーンでそう言うと、さっさとどこかへ行ってしまった。あいつ急にどうしたんだ?
「さあ? なんだろうね、急に。」
「……えっ、今心読んだ!?」
「ふっ……今そんな顔してたからね、赤城っち。」
そんな顔とはどんな顔だろう。ってか、そんな俺の表情分かりやすい??
「んで、どうする? 私達ももう食べ終わったし、教室戻る? それともまだここでゆっくりしてく?」
「……せっかく青崎さんも来てくれたんだし、もう少しゆっくりしてこうぜ。戻ってもなんもする事ないし。」
結局その日は一切光輝と喋らずに1日が終わってしまった。というか、意図的に避けられてた気さえする。
「……なんなんだよ、急に。」
思わず自室の机に突っ伏している俺はそう呟きつつ、そのまま眠りについた。




