第4話 変わりつつある距離
放課後の教室というのは、不思議と心が落ち着く。
昼間の喧騒が嘘みたいに静かで、窓から差し込む夕焼けの光だけが、時間の流れを優しく教えてくれる。
「……黒澤、遅いな」
隣に座る光輝が、つまらなそうに頬杖をついた。
「まあ、トイレ長引いてるとか、教室で誰かに絡まれてるとか……」
「お前、なんでそんなに女子の行動に詳しいんだよ」
「妹に鍛えられた」
ふっと笑って、俺も椅子にもたれかかる。
この日常が、俺はなんとなく好きだった。
いつも通りの放課後。光輝と、黒澤と、くだらない話をしながら並んで帰る。
────だけど、ふと胸の奥で、小さな違和感が灯る。
最近、青崎さんのことを考える時間が増えてきた。
最初はなんとなく苦手だった。でもあのショッピングモールでのデートで、少しずつ距離が変わってきた気がする。
「康太。お前、最近さ……なんか、ぼーっとしてね?」
「……そうか?」
「女か?」
光輝はニヤニヤしながら聞いてくる。
「は?」
「女だろ。お前、分かりやすいもんな~。すーぐ顔に出る」
「うるせえ」
言い返しながらも、自分でも分かっていた。
たしかに────誰かのことを、考えていた。
その"誰か"がちょうどそのとき、こちらへ向かって歩いてくるのが見えた。
「康太くん、放課後……少し、時間ある?」
枯れない恋を知らない彼女に
第3話 変わりつつある距離
「まあ、別に……予定はないけど。どうした?」
「ついてきてくれたら、わかるわ」
なんだそれ。とは思いつつ、断る理由もない俺は、光輝に別れを告げ彼女に従って歩き出した。
連れてこられたのは、旧校舎の一室。かつて視聴覚室だったらしいが、今は誰も使っていない。
鍵を開けると、埃の匂いと一緒に静かな空気が流れ込んできた。
「ここ……誰も来ないんだ。だから、私だけの“秘密基地”みたいなもの」
そう言って、青崎さんはプロジェクターにノートPCをつないだ。
そして、壁に映し出されたのは──見慣れたタイトル画面だった。
『雪色メモリーズ』
「……学校で、雪メモ起動すんの!?」
「ふふっ。言ったでしょ? ここは私の秘密基地」
青崎さんは、そこからしばらく「誰にも見せたことないセーブデータ」や「自作のキャラ考察ノート」などを見せてくれた。
その間、彼女の目がずっとキラキラしていた。
──そう、“あの時”と同じ。
ショッピングモールで見た、“素”の彼女。
そんな彼女の表情に見惚れてしまうのは、美人だからか、中々見ない表情だからか、それとも───
……そして、そんな青崎さんは不意に真剣な表情に変わり、こちらに問いかけてきた。
「ねえ、康太くん。……私って、変かな?」
「どうして?」
「だって、こんなにギャルゲー好きで。学校では“優等生”って見られてるけど……本当の私は、こんななんだよ?」
言葉に迷った。でも、それでも、伝えたくて。
「……俺は、青崎さんのこと、“いい”と思うよ。雪メモが好きとか、ギャップがあるとか……そういうの含めて、すごく魅力的だと思う」
「……」
彼女は目をそらして、窓の外を見た。
──沈む夕日が、彼女の横顔をほんのりと染めていた。
「ありがとう。……康太くんでよかった」
その後、青崎さんと一緒に“雪メモ”のアオイ√を序盤からやり直した。
彼女はシーンごとに熱く語ってくれたし、俺もその語りに引き込まれていった。
気づけば、校舎には夜の静寂が広がっていた。
「もうこんな時間か……」
「ふふ。ちょっと語りすぎちゃったかも」
「でも、楽しかったよ。なんか、夢みたいだった」
その言葉は嘘偽りない、自分の本心から漏れた言葉だった。
青崎さんは、ノートPCをカバンに入れる手を止め、俯き気味にぽつりとつぶやいた。
「夢なら、覚めなければいいのにね」
その言葉が、胸の奥にじんわりと残った。
俺も、出来ることならこの時間を終わらせたくない。だから俺は
「……ああ、俺も同じ気持ちだ。だからまた明日、放課後にここに集まろう。」
青崎さんは、すこし驚いたような顔をしたが、直ぐに笑顔に変わって返事をくれた。そんな顔に俺は少しドキッとしてしまった。
……きっと明日も、こんなふうに笑ってくれるなら。
それだけで、俺はもう少しこの夢を見ていたいと思ってしまったんだ。




