第3話 意外な一面
『雪メモ』は、云わば泣きゲーと呼ばれる部類の恋愛ADVゲームで、「雪メモは人生」という言葉が生まれるほどの人気がある。だが、もちろんそれはオタクの中だけで、青崎さんがそのクリアファイルを持っているのは意外だった。
「……見た?」
「うん。見た」
ごまかす必要はない。何せ俺は────
「俺、実は雪メモ好きなんだ。だから、青崎さんが雪メモのクリアファイル持ってて、ちょっと嬉しい」
青崎さんも驚いた顔を一瞬し、その後すぐ目にキラキラと輝きが宿り始める。
「康太くんも、雪メモ好きなの!?」
枯れない恋を知らない彼女に
第3話 意外な一面
「私、実は美少女ゲームが趣味なの。でも、そんな趣味、中々他の人の前で言いづらいじゃない? だから今まで自分の中で秘めてたの。でも、康太くんも美少女ゲーム好きだなんて、仲間が増えてちょっと嬉しい!」
確かに、美少女ゲーが趣味は言いづらい。男の俺でも、同じ系統のオタクの前以外では言えない。それが女子となると、更に勇気がいる上に、そういうのが趣味と知られたら、変な奴に付き纏われるリスクまで背負う可能性がある。
「そうだ、康太くん。この後買い物が済んだら、『こみっく☆ぼっくす』行かない? 雪メモについていっぱい語りましょ?」
「いいよ。どうせこの後特に予定も無かったし、雪メモを語れるの、俺も嬉しいし」
こうして俺たちは、残りの備品を集める為、再び次の店へと歩き出した。
────というか。
道すがら、俺はどうしてもさっきの会話が気になっていた。
(“ギャルゲーが趣味”って、さらっと言ってたけど……あの青崎さんが、ガチで……?)
普段の彼女はクラスでもどちらかと言えば"品行方正・成績優秀"って感じだ。男と話してるところなんて滅多に見かけないし、俺なんかと口をきくようになったのも、ここ数ヶ月の話だ。
そんな彼女が、ギャルゲー
────しかも"雪メモ"を語るとは。
「……赤城くんは、"雪メモ"のどの√が好き?」
その時、ふいに彼女が問いかけてきた。考え事をしていたせいで、一瞬思考が止まった。
「えっ、ああ、いや……俺は……ユナ√かな。あの、幼馴染で病弱な子」
「ああ……わかる。『最初から隣にいたのに、どうして今まで気づかなかったんだろう』ってセリフ、ほんとズルいよね」
「お、おう……わかる。めっちゃ泣いた」
「私は……あえてアオイ√かな。最後の"独白"シーンで、セーブデータ全部消えるの、反則すぎるでしょ」
「あれヤバいよな。なんで俺、画面の前で土下座してたんだろ……」
俺たちの間に、不思議な一体感が生まれていた。
まさか、こんな話題で盛り上がる日が来るとは思ってなかった。しかも相手は青崎さん。現実味がなさすぎて、これは熱中症で見てる夢なんじゃないか? と疑うレベルだった。
その後も青崎さんと雪メモの話題で盛り上がっていて、気がついたら備品も買い揃え終え、『こみっく☆ぼっくす』にたどり着いていた。『こみっく☆ぼっくす』は、いわゆる同人誌や美少女ゲー、同人ソフト専門の老舗チェーン店だ。
「……い、行くのか、ここに?」
「もちろん。丁度サントラが今日限定で再入荷してて、それの特装限定版の"描き下ろし複製原画"も欲しいし。……まさか、康太くん、怖気づいてるの?」
「べ、別に……! ただ、男子でもちょっと勇気いるぞ、ここ……」
「ふふっ。大丈夫、私がついてるから」
逆だろ、それ。
店内は、独特な空気に包まれていた。薄暗い照明、並ぶパッケージ、そして耳に流れてくるのは“雪メモ”のメインテーマ曲「君に降る雪、心に咲く花」。
青崎さんは、まるで水を得た魚のように棚を眺めていく。
その横顔は、どこか無防備で、どこか楽しそうだった。
「ねえ、康太くん。これ、持ってる?」
そう言って差し出されたのは、『雪メモ』のFDだった。
「ああ、それ……持ってるけど、まだやってなくて」
「じゃあダメ。今夜からやって。これは“本編をやりきった人”にしか許されない感情があるから。いい? 絶対、最後までやること」
「は、はい……」
(なんか、彼女の"推し活"指導を受けてる気分だな……)
一通り雪メモ含めた全ての買い物が終わったあと、俺たちはショッピングモールから離れ、駅近くの喫茶店で一息ついていた。
汗をぬぐいながらアイスコーヒーを啜ると、青崎さんはふっと微笑んだ。
「康太くんと、こうして"雪メモ"の話ができてよかった。……本当は、誰かと語りたかったのかもしれない。ずっと、独りだったから」
「……そうか」
普段はどこか近寄りがたい彼女が、ふと"素"を覗かせた気がして。
その一言だけで、胸がじんわりと温かくなった。
────この日からだったと思う。
俺と青崎さんの距離が、少しずつ、確かに変わり始めたのは。




