第3話 変わりつつある距離
──人はみんな、誰にも見せたくない“素顔”を持っている。
優等生の仮面、明るい自分、冷静なふり……日常の中でまとっている顔は、本当の自分とは少しずつ違っていて。
けれど、それがふとした瞬間にこぼれ落ちることがある。
ほんの小さな隙間から、隠していた感情や、本当の想いがにじみ出ると──
……なぜだろう。そういう瞬間こそ、やけに心に残ってしまう。
嘘でも、演技でもない、たった一度の“本音”。
それを見てしまったとき、人はたぶん……その人のことを、忘れられなくなるのだと思う。
枯れない恋を知らない彼女に
第3話 変わりつつある距離
「赤城くん、放課後……少し、時間ある?」
秋の始まりの光が、窓の外をオレンジ色に染める月曜の放課後。いつも通り3人で帰る予定だったので、光輝と二人で黒澤が来るのを待っていると、教室に青崎さんが尋ねてきた。
「まあ、別に……予定はないけど。どうした?」
「ついてきてくれたら、わかるわ」
なんだそれ。とは思いつつ、断る理由もない俺は、光輝に別れを告げ彼女に従って歩き出した。
連れてこられたのは、旧校舎の一室。かつて視聴覚室だったらしいが、今は誰も使っていない。
鍵を開けると、埃の匂いと一緒に静かな空気が流れ込んできた。
「ここ……誰も来ないんだ。だから、私だけの“秘密基地”みたいなもの」
そう言って、青崎さんはプロジェクターにノートPCをつないだ。
そして、壁に映し出されたのは──見慣れたタイトル画面だった。
『雪色メモリーズ』
「……学校で、雪メモ起動すんの!?」
「ふふっ。言ったでしょ? ここは私の秘密基地」
青崎さんは、そこからしばらく「誰にも見せたことないセーブデータ」や「自作のキャラ考察ノート」などを見せてくれた。
その間、彼女の目がずっとキラキラしていた。
──そう、“あの時”と同じ。
秋葉原で見た、“素”の彼女。
そんな彼女の表情に見惚れてしまうのは、美人だからか、中々見ない表情だからか、それとも───
……そして、そんな青崎さんは不意に真剣な表情に変わり、こちらに問いかけてきた。
「ねえ、赤城くん。……私って、変かな?」
「どうして?」
「だって、こんなにギャルゲー好きで。学校では“優等生”って見られてるけど……本当の私は、こんななんだよ?」
言葉に迷った。でも、それでも、伝えたくて。
「……俺は、青崎さんのこと、“いい”と思うよ。雪メモが好きとか、ギャップがあるとか……そういうの含めて、すごく魅力的だと思う」
「……」
彼女は目をそらして、窓の外を見た。
──沈む夕日が、彼女の横顔をほんのりと染めていた。
「ありがとう。……赤城くんと、出会えてよかった」
その後、青崎さんと一緒に“雪メモ”のアオイ√を序盤からやり直した。
彼女はシーンごとに熱く語ってくれたし、俺もその語りに引き込まれていった。
気づけば、校舎には夜の静寂が広がっていた。
「もうこんな時間か……」
「ふふ。ちょっと語りすぎちゃったかも」
「でも、楽しかったよ。なんか、夢みたいだった」
その言葉は嘘偽りない、自分の本心から漏れた言葉だった。
青崎さんは、ノートPCをカバンに入れる手を止め、俯き気味にぽつりとつぶやいた。
「夢なら、覚めなければいいのにね」
その言葉が、胸の奥にじんわりと残った。
俺も、出来ることならこの時間を終わらせたくない。だから俺は
「……ああ、俺も同じ気持ちだ。だからまた明日、放課後にここに集まろう。」
青崎さんは、すこし驚いたような顔をしたが、直ぐに笑顔に変わって返事をくれた。そんな顔に俺は少しドキッとしてしまった。
……きっと明日も、こんなふうに笑ってくれるなら。
それだけで、俺はもう少しこの夢を見ていたいと思ってしまったんだ。