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第18話 揺れる心、澄む風

「……はい、始め!」


 俺の声が体育館に響いた。


 今日は演劇の全体通し稽古。


 本番さながらのセットの中で、照明や音響、裏方との連携も含めた練習だ。俺は裏方として照明・進行・舞台配置を見ながら、要所で声を飛ばして調整している。


 そして、ステージ中央では─────


「咲良っ……君を守ると誓った、この命にかけて!」


 光輝が演じる春翔が、劇中最大の見せ場で叫ぶ。


 その向かいに立つのは、咲良を演じる青崎さん。真っ直ぐに見つめ返すその目に、一切の迷いはない。


 数秒の沈黙。そして、青崎さんの台詞。


「……春翔、私も─────あなたと生きたい」


 場内の空気がピンと張る。


 実際に観客がいたなら、きっと誰もが息を呑む瞬間だっただろう。


「……よし、完璧。今日の通し、ここまでにしよう」


 拍手が自然と沸き起こる。演者だけでなく、舞台班や音響、衣装を担当してくれた女子たちも皆、どこか誇らしげに笑っていた。


 光輝と青崎さんがステージから降りてくる。汗ばんだ額をタオルで拭いながら、光輝が小さく呟く。


「ふぅ……マジで緊張した。でも、悪くなかったろ?」


「上出来。むしろ、完成度は本番超えてたかもな」


「……あとは、青崎さん次第か」


 光輝のその言葉は、演技のことだけじゃない。


 俺にはそう思えた。


 ─────このまま、何も言わなければ。


 光輝と青崎さんは自然と一緒に歩き出す。


 それはたぶん、俺がかつて見たことのある"後ろ姿"と重なる。


 けれど、俺の中にはまだ、言えていないことがあった。


 あの日、光輝に嘘をついたままの俺。


 そして、青崎さんとの、あの"秘密の場所"で交わした言葉の意味。


 全体練習が終わり、少しずつ生徒たちが帰り支度を始める中。


 俺たちは昨日の約束通り、放課後に2人きりになれる場所へと向かっていた。




 ()れない(こい)()らない彼女(きみ)


 第18話 揺れる心、澄む風




「んで、話って何だ? ……もしや、告白?」


「ばーか、そんな趣味ねぇっつうの」


 俺たちは、いつもの空き教室ではなく、人気のない中庭へと来ていた。


「あの、さ」


 俺は、続いて言葉を発そうとする。


 でも、詰まって声が出ない。いざ話そうとするとなんて言ったらいいか分からなくなる。そんな自分に嫌気が差し、自己嫌悪に陥る。言わなきゃ、言え、ここしかタイミングがない。


「康太」


 言葉に詰まっていると、光輝が優しく声をかけてくれる。そこで俺は、やっと口に出せた。


「……ごめん、光輝。あの日、俺は光輝に嘘を吐いた」


「おう」


 まるで光輝はすべて知っていたようにうなずく。


「青崎さんのこと、何にも知らないって言っちゃったけれど、ホントは趣味とか、知ってる。……でも、話さなかった。話せなかったんだ。話すのが、怖かったんだ」


「そっか」


 光輝は、ただそれだけを言って空を見上げた。


 秋の空は高く、吹奏楽の音がどこか遠くから聞こえてくる。誰かの演奏にかぶせるように、風が落ち葉をひらひらと舞わせていた。


「……怒ってないのか?」


 俺は自分でも驚くほど、か細い声で尋ねていた。たぶん、ずっと怖かったのはここだった。


 嘘をついた自分が、友達を裏切った自分が、今度こそ光輝に見放されることが。


「ばーか、怒ってねえよ」


 光輝は笑って、俺の肩をぽん、と軽く叩いた。


「確かに、嘘を吐かれたって思うと、少し思うところはあるけどな。でも、それ以上に本当の事を言ってくれたのが嬉しいんだよ」


「……そうか、ありがとう、光輝」


 俺は少しホッとしたように肩の力を抜く。ずっと胸の奥に引っかかっていたモヤモヤが、少しずつ溶けていく気がした。


「でさ、康太。結局、黒澤の事はどうすんだ?」


 光輝の視線が真剣だ。冗談めかした態度じゃなく、まっすぐ俺を見つめている。


「……正直、まだ自分の気持ちを整理できてない。けれど、多分俺は黒澤が好きだ」


 言葉にするのは少し照れくさいけれど、胸の中で何度も反芻した思いを、そのまま口にした。


 光輝はしばらく黙って空を見上げていたが、やがて小さく笑う。


「そっか……なら、俺もそれを応援するよ。……ちゃんと黒澤の事守れよ?」


「もちろんだ」


 言いながら、俺は自分でも驚くくらい清々しい気持ちになる。嘘をついてしまった自分を責める気持ちはまだ少しあるけれど、それ以上に大事なのは今後どう行動するかだ。


「よし、じゃあさ、文化祭まではお互い全力で準備しようぜ。恋愛も、舞台も、全部だ」


 光輝が拳を軽く握り、俺に向かって差し出す。その動作に、自然と俺も拳を合わせる。


「……ああ、そうだな」


 二人で軽く拳を打ち合わせると、空気はまた少し軽くなった。秋の夕陽が、落ち葉に反射して二人を柔らかく包む。


「……さて、そろそろ帰ろうか」


「そうだな。明日も色々あるしな」


 放課後の静かな中庭で、俺たちはゆっくりと歩き出す。


 ───この瞬間、俺は確かに思った。友情も、大事な約束も、守るべきものはちゃんと守れるんだ、と。


 そして、胸の奥にくすぶっていたモヤモヤが、少しだけ晴れていくのを感じた。

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