第17話 少しだけ、確信に近づいて
「お兄ちゃん、何ニヤニヤしてるの?」
帰宅後、我が家のリビングでスマホを弄りながらソファーに腰掛けていると、俺より早く帰宅したであろう琴音が少し引き気味に聞いてきた。
言われてみて気付いたが、ホラーゲームの実況が映っているスマホにうっすら反射する俺の顔は、画面の奥でふざけている実況者のリアクションで溢れる笑みではなく、まるで今の幸せを噛み締めるような笑みを浮かべていた。
「……うるせぇ」
気恥しさを紛らわすように、コップ一杯に入れていた麦茶を口に運ぶ。
「はは〜ん、さては学校でなんかあったな? たとえば、女子にデート誘われたとか」
口に含んだ麦茶を飲み込むより前に、琴音が小馬鹿にするようにそう発言する。完全に虚を突かれた俺は、ブフーッと勢いよく麦茶を吹き出してしまう。琴音はやっぱり昔から妙なところで鋭い。
「うわっ! お兄ちゃん汚い! ……ってか、その反応するって事は図星なんだ」
一瞬嫌悪感マシマシの顔で俺を責めたかと思うと、すぐニタニタしながら俺をいじってくる。なんだか感情が大変そうだなぁ。
「そうだよ。そんなに俺って分かりやすいか?」
ふきんでテーブルに吹いた麦茶を拭いながら、ふと琴音に質問してみる。
「いや、お兄ちゃん自覚してないっぽいから言わせてもらうけど、かなり分かりやすいよ?」
薄々気付いてたけど、やっぱ俺って顔に出やすいんだ……
「それじゃ、そろそろ夕飯にしよ、お兄ちゃん」
満足そうに琴音は台所へと向かう。そんな琴音を見て微笑ましく思ったからなのか、今度は自分でもハッキリ分かるくらいの笑みが溢れるのだった。
枯れない恋を知らない彼女に
第17話 少しだけ、確信に近づいて
「どうしたの? そんなニヤニヤして」
あの日から2週間後の放課後。文化祭まで残り1週間を切った今、いつも通り青崎さんと光輝の演劇練習を見ていると、ふいに青崎さんが俺にそう聞いてきた。
「なんだかデジャヴだな……」
この前の琴音とのやりとりを思い出す。自分では意識してないんだけど、やっぱり黒澤と文化祭を巡るのが楽しみなのだろうか。あの日以来できるだけ気を付けていたハズなのに顔に出るなんて。
「もう結構俺達も完璧だし、今日はこれでよくね?」
光輝が急かすように提案してくる。あ、これ何かしら今日青崎さんに仕掛けようとしてるな。
「まあ、確かにな。これ以上はプロの域だろうし、次の日からは全員で通しでやってみようか」
実は、青崎さんと光輝だけではなく、役があるクラスメイトはいくつかのグループに分かれて練習しているのだ。基本的に俺みたいな裏方業務がメインの奴が演技を見て、修正をしている感じだ。
「了解。そしたら、俺と青崎さんは少し話があるから、解散でいいか?」
「あぁ、分かった」
光輝が青崎さんに用事。きっと、光輝は文化祭を一緒に回ろうと誘おうとしているんだろう。
最近、青崎さんと光輝は一緒に帰っているようだし、俺もそれを別に苦と思わない。というか、最初は胸がキュッとなっていたハズなのに、いつの間にかそれに対して何も思わなくなっていた。まだ確信はない。けれど、きっとこれは─────
「なぁ、光輝。明日の放課後予定空けておいてくれないか?」
俺は光輝にそう告げる。あの日、言えなかった事────言わなかった事をぶちまけよう。全てに区切りを付けるために。
「おう、了解。それじゃ、また明日な」
「じゃあね、康太くん」
「ああ、2人ともまた明日」
光輝と青崎さんを背にして、俺は空き教室を後にする。文化祭準備も佳境を迎えているからか、現校舎の廊下がいつも以上に大勢の人でごった返している。
そんな中、俺は2-Cの教室まで来ていた。
「黒澤〜。いるか〜?」
教室のドアから中を覗く。少し奥の方で何か女子と話しているようだ。手に何か持っているという事は、装飾とかそこら辺で相談しているのだろうか? 周りの音と声が重なっていて、向こうの会話は聞こえない。手に持っているのは、あまりこちらから視認できないので断定は出来ないが、何かしらの服のような気がする。
黒澤のクラスはメイド喫茶っていう事から、アレはメイド服だろうな。
そんな事を考えていると、黒澤と目が合う。黒澤は俺を見るや否や、満面の笑みを見せてくれる。その笑顔がとても眩しくて、少し視線をずらした。
「ごめん、お待たせ! それじゃ、今日も一緒に帰ろっか」
最近俺は光輝に遠慮して、黒澤と2人で帰っている。アイツも青崎さんと帰りたいだろうし、邪魔をしてはいけない。
帰り道、黒澤にふとさっき見たものを聞いてみた。
「なぁ、さっき友達と話してたのって文化祭のメイド服について?」
「うん! そうだよ! ……てか、そうじゃん!! 見ちゃった!? メイド服!!」
「……まあ、少しだけ。遠くて全然分からなかったけど」
嘘ついても仕方ないので、正直に言うと、黒澤はわざとらしくやっちまったって感じのポーズをとり項垂れる。
「まじか〜……。文化祭までのお楽しみね♡って言ったのに、見られちゃったか〜……」
「見たって言っても、遠すぎて全然分からなかったから安心しろ」
「そういう問題かなぁ〜」なんて黒澤は言いながら微笑む。そんな黒澤を見て、やっぱり─────
……いや、この気持ちはまだしまっておこう。文化祭当日までは。