第16話 揺れる心の炎
すっかり暗くなった廊下を、光輝と2人で歩く。さっきの会話が脳内でチラついて、俺達の間に少し気まずい空気が流れていた。
「あのさ」
「……あ、ああ。どした」
ふいに光輝が口を開いた。何の前触れもなかったから、少し反応が遅れて返事を返してしまう。光輝はそんな俺を見て少し微笑み、次の言葉を紡ぐ。
「俺、青崎さんのこと、正直ぜんぜん知らないんだよね。……たとえば、誕生日とか、好きな食べ物とか、趣味とか。もし康太が何か知ってたら教えてくれない? 青崎さんと、もっと話せるきっかけになればって思ってさ」
一瞬、ドキリと心臓が跳ねた。俺は、青崎さんの趣味を知っている。それに、これを教えたら光輝と青崎さんの距離はぐっと縮まるだろう。けれど……
「……ごめん、何も、分からない……」
俺は、また光輝に『嘘』を吐いた。
『私、康太くんの友達なら、ここの存在を教えてもいいと思ってるの』
青崎さんがあの日言ってくれた。ここの場所を教えても良いと。それはつまり、青崎さんの趣味を、俺の親友にはバラしても良いと言ったんだ。けれど、俺はそれを無視した。光輝に言わなかった。言えなかった。
「そっか。……ちぇ〜、康太にはなにかプライベートな事話してんのかと思ったけれど、やっぱガード硬ぇんだなぁ〜」
光輝は悔しそうに笑う。そんな光輝に少し顔を逸らしてしまう。
「……あ、忘れてた! 俺、今日吉岡先生に呼ばれてんだった! ……ごめん、多分割と時間かかると思うから、先帰っててもいいよ!」
「了解。んじゃ、また学校で」
「おう! 今日はありがとな!」
そう言って、廊下を小走りする光輝は、途中で通りがかった先生に「走るなー!」と注意されていた。俺は苦笑しながら見送ると、ゆっくりと下駄箱へ向かうため、階段を下りる。
歩く足取りが、やけに重い。
そんなことを思いながら進んでいるうちに、いつの間にか下駄箱の前に着いていた。
スチール製の下駄箱に上履きを押し込み、靴を取り出す。昇降口で履き替えて外へ出ると、そこに見知った人物が立っていた。
「遅いぞ〜。赤城っち」
枯れない恋を知らない彼女に
第16話 揺れる心の炎
そこにいたのは、黒澤だった。青崎さんの居る様子はない事から、一人で待っていたのだろう。
「青崎さんと帰ったんじゃないの?」
「いんや、陽菜ちゃんは先に帰ったよ。この時期は暗くなるの早いし、遅くなると怒られるからって」
「なるほどな。ならなんで黒澤は待ってたんだ? 黒澤も俺らなんか待たずに帰った方が帰り道危なくないだろ」
「えへへ……まあね。でも、たまにはいいじゃない。それに、もしもの時は赤城っちがいるでしょ?」
俺を頼りにしてもらっても困る。俺なんか他の男達から見たら、ミジンコ以下にしか見えんぞ。多分赤子の手をひねるようにボコボコにされると思う。けど────
「まあ……そん時は、できるだけ守ってやるよ。けど、期待すんなよ」
「うんっ!」
嬉しそうに頷く黒澤を見て、少し顔が赤くなる。……我ながら恥ずかしい事言ってしまったな。
そんな事を思いながら、黒澤と二人で帰路に着いた。
「演劇は順調? 今日の放課後、少しだけセリフ読む練習やったんでしょ?」
夜空に点々と星々が見える帰り道。黒澤は今日の演劇練習について聞いてきた。
「……まあ、順調だったよ。2人とも中々演技上手かったし、特になにか言う事も無かった」
事実、あの2人は完璧だった。まるで、本当に咲良と春翔なのではと思う程に、そこに世界を創り出していた。
「後は台本とか、小道具とか、そういったのが完成すれば大丈夫かな、多分。そっちはどうなの? メイド喫茶」
そう話を振ると、黒澤はフフーンと高らかに鼻を鳴らす。
「よくぞ聞いてくれた! 赤城っち! 私達はもう出すメニューとシフトが決まったぞ!」
「へぇ〜、メニュー何に決まったんだ?」
「それは当日来てからのお楽しみですよ〜赤城さぁ〜ん」
まあそれはそうか。そしたら、どうせ当日は準備まで暇だし、黒澤が入ってる時間に2-C覗いてみようかなぁ。
「ねぇ、それでさ……」
黒澤は突然歩くのを止め、こちらへ向き直す。暗くてよく分からないが、その表情はいつもとは少し違う気がした。
「私と、文化祭回らない……?」
一瞬思考停止した。きっと、黒澤は"そういう意味"で言っている。つまり、黒澤は文化祭デートに誘っているんだ。直接想いをぶつけられた今なら、そうだとハッキリ断言できる。
「どう? ダメかな……?」
言葉の端に、ほんのわずかに滲む不安。断られるかもしれない、って不安。けれど、その気持ちを悟らせまいとして、明るく振る舞ってるのが痛いほど分かった。
だから俺は、自然と答えていた。
「……いや、いいよ。回ろう。せっかくだし、な」
「ほんと!?」
黒澤の顔がパァッと明るくなって、俺の腕にぴょんと飛びついてくる。う、腕に柔らかいか、感触が……
「やったぁ〜! じゃあ決まりね! 赤城っちと一緒に文化祭デートだ〜!」
「デートじゃねぇよ!」
「へ〜え? じゃあ私はデートのつもりで楽しむけど?」
「ちょ、おい!」
俺のツッコミを無視して、黒澤はスキップでもしそうな勢いで歩き出す。なんなんだこいつ、本当に。
けど────その背中を見ながら、思ってしまった。
心のどこかで、俺もまた、その時間を楽しみにしている自分がいるって。
けれど、同時に違和感も覚え始めていた。
青崎さんと黒澤、どちらにも同じ感覚を覚えている。ふとした時にドキッとする感覚。
─────けれど、この文化祭が終わった時、この気持ちの正体がハッキリすると、俺はそんな気がしている。