第15話 青い春と黒い感情
「てことで、放課後になった今、演技の練習をする事になったのだが……」
「ええ。よろしくね、康太くん」
「おう。よろしくな、康太」
……なんで光輝もいるんだよ。
いや、まあ……そりゃ光輝も居た方が流れも掴めやすいだろうし、何よりお互いの仲が深まって演技により深みが出るかもしれない。
でも、何故かその光景を想像すると、心がズキッと痛くなる。なんなんだ? これ……
「まあ、とりあえず基本的なとこからだな……2人とも、序盤の台本は出来てるらしいから、セリフを読んでいってくれ。2人の演技力が見たい」
演技指導なんて立派な事は俺にはできない。声優でもなければ俳優でもないからな。けれど、ゲームやアニメで、演技の上手い下手位の事は言える。具体的な事は素人だから言えないが、ちょっとした指摘も一応できるだろう。
「それじゃ、青崎さんからスタートだね。準備ができたらセリフ言い始めてくれ」
青崎さんは軽く深呼吸をしてから、ゆっくりと台本を見下ろした。緊張しているのがわかる。指先が微かに震えていた。
「……春翔くん、また……会えたね」
その声は小さいながらも、どこか芯のある、透き通った響きを持っていた。普段の彼女よりも少し高めの声。咲良という役に、青崎さんなりに入り込もうとしているのが伝わってくる。
続いて、光輝がセリフを引き取る。
「ああ……まさか、こんな形で再会するなんてな」
自然体。だけどどこか優しげで、懐かしさを滲ませる声のトーン。さすが光輝、普段から人前で話すことが多いからか、緊張感を感じさせない。
セリフのやり取りが進むにつれて、2人の呼吸も徐々に合ってくる。
─────だけど。
なんだ、この違和感は。
青崎さんが、光輝を見る目が……なんだか、役として、だけじゃないような気がした。光輝もまた、ふとした瞬間に彼女を優しく見つめる。
演技だから、そう見えるだけかもしれない。でも────
(……くそ、集中しろ俺。演技だ、これは。ただの練習だろ)
そう言い聞かせながらも、胸の奥がもやもやして、落ち着かない。何かがじわじわと、心の中に広がっていく。
「────でもね、私……ずっと、春翔くんのこと、忘れられなかったの」
青崎さんのセリフに、俺の胸が、ギュッと締め付けられた。
光輝は優しく微笑んで、そっと台本から目を上げる。
「俺もだよ。お前のこと、いつだって─────」
「─────ちょっと待った!!」
思わず、声が出た。
2人の視線が一斉に俺に向く。しまった。完全に、タイミングを見失った。
「……えっと、すまん。ちょっと、その、セリフの間が気になってな。そこ、もう少し溜めた方が、感情が伝わるんじゃないかって……」
なんとか誤魔化す。だけど、自分でもわかってる。これは、ただの言い訳だ。
「そっか。ありがとう、康太くん」
青崎さんは、にこっと笑ってくれる。でも、その笑顔すら、今の俺にはどこか遠く感じた。
光輝は、そんな俺の様子をじっと見つめたまま、何も言わなかった。
……なあ、光輝。
お前、本当は……青崎さんのこと、どう思ってるんだ?
枯れない恋を知らない彼女に
第15話 青い春と黒い感情
結局、俺はその後も集中出来ずに、その日の練習は終わった。
別のクラスで文化祭の準備をしている黒澤へ、下駄箱で待ってると言い残していく。
「……ごめん、康太。ちょっといいか?」
下駄箱へ向かっている途中、光輝が少し喋りずらそうにこちらへ話しかけてくる。大方、何を俺に話したいのか察したので、青崎さんに一言声をかけておく。
「……ごめん、青崎さん。ちょっと俺ら抜けなきゃ行けない用事できちゃったから、黒澤来たら先帰っていいよ」
「え? もし私でも出来る事なら、手伝うわよ。康太くんにはよくお世話になってるし」
「いや、いいよ。これは俺達だけの用事だから」
そう、俺達だけの、2人の"用事"。
「……そう、分かったわ。黒澤さんにもそう伝えとく」
「えーと、ごめんな、青崎さん」
「気にしないで。それじゃ、2人ともまた明日」
そう言って、青崎さんは下駄箱に向かってその場を去る。
「……んで、いつものとこでいいか?」
「おう、ありがとな」
光輝はいつもの様に爽やかな笑顔でうなずくが、その目には覚悟が宿っている。……きっと、光輝が俺を無視し始めたのは今から話し始める"それ"も原因なんだろうなというのが目に見えてわかる。
「一応、鍵閉めとくか? 他の奴らが入ってこないように」
「いや、いいよ。どうせこっち来る生徒なんて来ないだろ」
俺たちは、別校舎にある空き教室の扉を静かに閉めた。文化祭の準備でざわつく放課後、その一角だけが妙に静かで、張り詰めた空気が流れている。
光輝は、いつもふざけてばかりの奴なのに、今日はどこか違って見えた。
窓際に歩いて行って、薄暗い夕陽に背を向けるように立つと、しばらく黙っていた。
その背中に、俺は声をかける。
「……で、話ってなんだよ」
光輝は一度だけ深く息を吸い込んで、俺の方に振り返った。目に浮かぶのは、笑ってもいなければ、怒ってもいない、真剣なまなざし。
「……実はさ、俺、青崎さんのことが好きなんだ」
予想通りというか、なんというか……
多分、光輝が俺から離れていったのも、青崎さんと仲良く接する俺に対する嫉妬心も含まれていたのだろう。
「なるほどな。でも、なんで急に俺にそんな事話すんだ? きっと、タイミングはいっぱいあっただろ」
それこそ、"あの日"に全て話してくれても良かったと思う。青崎さんへの恋心を暴露するのには絶好のタイミングだったはずだ。
「……それは、ほら、あれだ。今までは康太が青崎さんを意識してなさそうだったのもあるし、"あの日"に関しては、一気に色々言っても頭パンクさせちまうだろ? ……実際、黒澤の事だけでパンクしてた訳だし。んで、色々タイミング伺っていたら、文化祭の主役同士として、青崎さんと急接近できる最高の機会が来たって訳だ」
「そんで、ついでに俺に宣戦布告しに来たって訳か。……なら、安心しろ。俺は青崎さんに対して特にそういう感情は抱いていない」
そう、俺は青崎さんにそういった感情は一切ない。ないハズなのに─────
「そっか、まあ、一応な。康太は青崎さんと仲良いから。……んじゃ、話したい事は話せたし帰ろうぜ」
そう言って、光輝はその場を後にしようとする。
そんな光輝の腕を、いつの間にか握っていた。
「どした? なんか康太も話す事あるのか?」
「あっ、えと……いや、なんでも、ない……」
光輝の腕を離す。
なんで、光輝の腕を握ってしまったんだ……?
「……すまん、帰るか」
「おう」
そうして俺達は、誰もいない空き教室を後にした。