第12話 君の思いと私の想い
『黒澤さんですが、最近はギリギリで学校に来ているらしいですよ』
あの日から数日後、玲央からLINEにそうメッセージが入った。
『了解。ありがとうな、わざわざ付き合って貰っちゃって。』
そう返信すると、『いえいえ、僕はとくには何もしていませんので、お礼は大丈夫ですよ』と返ってきた。玲央らしい返信だ。
「よし、そしたら明日、さっそく作戦決行だ!」
そう意気込み、その日はベッドに潜り、眠りについた。
枯れない恋を知らない彼女に
第12話 君の思いと私の想い
「じゃあ、お兄ちゃん頑張ってね」
翌日の朝、遂にその時が来てしまった。今日は黒澤と決着を着ける日。学校へ行く途中の交差点で止まりながら、琴音の激励を受け取る。
「おう、ありがとな」
そう琴音に返事をすると、琴音はこちらに手を振り、中学校の方へと自転車を走らせていく。
「うし、琴音に元気貰ったことだし、俺も頑張るか」
自分の頬を数回叩き、軽く喝を入れる。今日、俺には黒澤が逃げられない様にする為の完璧な作戦があった。通称"校門待ち伏せ作戦"。
学校に入る時は、当然だがどう足掻いても校門を使わないと通れない。だが、その校門には俺がいる。そうすると究極の2択を迫られるのだ。俺に捕まるリスクを背負い、校門を突っ切ろうとするか、その日は諦めてその場をダッシュで逃げるか。
「黒澤ならきっと─────俺を見たらすぐ逃げるだろうな」
最近までの黒澤を想像すると、きっとそうしてくる。その光景を思い浮かべると、自然と笑みが零れてしまった。
「いかんいかん、とりあえず、学校まで急がなきゃ」
俺は自転車に跨ぎ直し、ペダルを強く踏む。きっとここが、黒澤と俺の、運命の分かれ道だ────
「そろそろかな、アイツが来るの」
スマホで時刻を確認する。スマホの時刻は8時を示していた。俺達の予想では、遅くてもあと2〜3分以内。そこで黒澤を見つけ、捕まえる。
(来い……絶対、来るはずだ)
緊張と期待が入り混じる中、校門の向こう、角を曲がって駆けてくる人影が一つ。
「っはぁ……! っはぁ……やば……っ! 今日……ギリギリに……起きすぎた……っ!」
案の定、黒澤緋鞠だった。髪を無造作にまとめ、制服のリボンはつけ忘れている。寝癖もちょっとだけついたまま。
だがそれでも─────黒澤はやっぱり、俺の知ってる黒澤緋鞠だった。
「おっはよ、黒澤」
「っ─────! ……な、なにしてんの、赤城っち……」
息を切らして立ち止まった彼女は、俺の姿を見た瞬間、気まずそうに目を逸らした。
それでも俺は、少しだけ歩み寄り、笑って言った。
「会って話したいって思ってた。ずっと、言えてなかったからさ」
「……っ!」
黒澤は、踵を返し逃げようとする。だが、俺はそれを許さない。気づいたら、俺は咄嗟に黒澤の腕を掴んでいた。
「……赤城っち、腕、痛い」
「こうでもしねぇと、またどっか逃げちまうだろ、お前」
「……うるさいな、ほっといてよ」
黒澤は俯き気味にそう言い放つ。それに立て続けて、俺は黒澤へ頭を下げた。
「ごめん、黒澤。俺、青崎さんとばっかり話してたせいで、大切な親友の気持ちも考えられてなかった。きっと、光輝にも黒澤にも、辛い思いをさせたと思う 」
そう言って、俺は頭を深く下げた。
黒澤は驚いたように目を見開き、でもすぐにその視線を逸らした。
「……そんなの、ずるいよ。そうやって謝られたら、あたし……」
震える声。
気持ちを抑え込むように、唇を噛む黒澤の姿に、俺は胸が締めつけられそうになる。
「言ってくれたらよかったじゃん……あたし、赤城っちが変わってくの、ずっと見てたのに……隣にいたのに、青崎さんの方ばっかり見てて……そこに、あたしの居場所なんて無いんだって……寂しかったんだから……」
「……ほんとに、ごめん。俺、鈍いにもほどがあるよな」
言葉にならない気持ちを込めて、俺はもう一度深く頭を下げた。
しばらくの沈黙のあと────黒澤が、小さな声で呟いた。
「……それでもね、あたしは……赤城っちのこと、嫌いになれなかった。むしろ、どんどん好きになってくの、止められなかった」
黒澤の言葉が、秋風よりもやさしく、でも胸に痛いほど沁みる。
「青崎さんのことが気になってるって、わかってた。だから、2人の邪魔しないようにって、赤城っちから離れてたんだけど……それでも、ずっと……」
目をそらしたまま、ぽつぽつと溢れる言葉。
俺は、それを正面から受け止めるために、一歩踏み出して、黒澤の前に立った。
「黒澤……俺さ、今のところ、青崎さんのことを"そういう風"には見てないんだ」
「────え?」
「確かに青崎さんに興味はある。話してると楽しいし、青崎さんの知りたいことも増えてる。だけど、それが恋かって言われると、まだわからない」
黒澤の瞳が、ゆっくりと俺を見つめる。
「……だからさ、変に俺とか青崎さんに気を遣わないで、黒澤は黒澤のペースで俺と接して欲しい。俺になら、どんな気持ちをぶつけて貰っても構わない。だから、頼む。俺達から─────俺から、一生離れて行かないでくれ。これはお願いだ」
少しだけ顔を上げた黒澤の目が、じんわりと潤む。
「……それ、今になって言う? ……ずるいよ、赤城っち。……そういう意味じゃないって分かってても、期待しちゃうよ」
「ずるくてごめんな。でも、嘘ついたままにしたくなかった。……黒澤、お前のことだって、俺はちゃんと見てるから」
「……っ」
その瞬間、黒澤が小さく息を呑んで、一歩だけ近づいてきた。
「……じゃあ、これくらいのわがまま、許してくれる?」
「え? ……ちょっ!」
黒澤はネクタイをグイッと引っ張り、つま先立ちになって、そっと俺の頬に口づけをした。
それはほんの一瞬の出来事だったけど、時間が止まったみたいに、俺の心臓が跳ねた。
「これ、今のあたしの全部。ずっと言えなかった想いと、逃げたくなかった気持ちと、全部────キスに込めたから」
「……」
突然の出来事過ぎて、言葉が出ない。こういう時に、何か言える人間でありたかったと切に思う。
「負ける気ないからね、赤城っち。ちゃんと覚えといてよね」
そう言って、少し顔を赤らめながらもニヤッと笑う黒澤。それと同時に、外のスピーカーから、予鈴の音がする。
「……もう、これ遅刻確定じゃん」
黒澤は、そう言いながらも少し嬉しそうな表情を見せる。その姿に、思わず俺は意識してしまい、一瞬目を逸らして答えた。
「ほんとだな。……でも、いいや。今日くらいは、1時限目くらいサボっても平気だろ」
「えっ、マジで!? 赤城っちが授業サボるなんて、明日雪でも降るかもね」
そんな冗談を交わしながらも、俺の頬には、まだ黒澤の温もりがほんのり残っていた。
「恋、か────」
まだきっと俺は、"恋"というものが何かがあまり分かっていない。でも、堂々と、"恋はこんなもんだ"って語れる日が直ぐに来る気がする。
だからきっと、俺達の青春はここからが本番なんだ。




