7.
航空機。
大人しく気流に任せて揺られて。
空中を移動する。
羅列。
紙の一枚一枚。
繰られて行くのは文庫本。
手元の文字の羅列を追う。
その眼。
その様子。
紙のページを捲る手つき。
隣の人物。
その視線はたまに。
紙を一枚一枚とページを繰る、数登珊牙へ向かう。
だが何も起こらない。
そう。
何も起こらなかった。
エンジンと気流の生み出す妙な音。
機と機内は、その中を大人しく進む。
珈琲。
機内にて隣は既に受け取っている。
数登も同様に。
栞は、隣へ行ったあと。
隣の手元からはなくなり、そのまま。
何処へ行ったのか。
小冊子。
落ちて来た。
なにげなく。
それとも?
新聞の間からである。
数登の足元すぐその傍へ落ちた。
数登は繰る手を止めた。
手元の文庫本へ向いた目線は下方へ。
小冊子の表紙へ。
手を伸ばす。
首元へ手をやって引っ張り出す。
その先へ付いていたのは、小さいケース。
数登は蓋を開けた。
中に破片。
ごく微量の砂粒ほど。
黒田零乃が、数登の元へ送って寄越した物。
手で繰る対象。
変わって、今度は小冊子だ。
中を捲って「フィガロの結婚」と大きくある。
劇だろうか?
舞台だろうか?
随分と大昔のタイトルだ。
それから、小さい見出しでの枠と広告の文字。
何か劇場の宣伝であろうか。
女性の腰から花開くように。
コルセット。
ドレス。
何やら古めかしような。
それでいて、新しいような。
劇場というと演劇であろう。
タイトルである「フィガロの結婚」はドタバタ喜劇にあたるものだ。
零乃が数登へ送って寄越した破片。
「ソフトリーアズの舞台上の物」として。
零乃の真意のほどは、さておき。
恐らく数登自身にも、それは分からない。
数登の眼線はしばしその破片と、写真の舞台を交互に。
読んでいた新聞。
隣の拡げていたそれは、徐々に面積を縮めていく。
畳まれてコンパクトに。
だが何も起こらない。
隣は前の座席にある、その画面を見つめ始めた。
予めのヘッドホン。
映画。
字幕はあるか?
ないか?
機内座席から。
再度の通路を抜けて。
ただ、その感覚は機内へ入る時と出る時とで。
大きく異なるものである。
連結したその道を抜けて、脚を踏みいれるは。
天井の果てしなく高い空間だ。
通り過ぎる車輪。
電動の作業車数台。
手荷物は傍に。
検査、税関、荷物。
タグ。
“Aviation”の文字。
天井の線と線。
その格子。
乗り継ぎ時間。
通常で四時間を見る、とか見ないとか。
数登や九十九社の今の場合。
実際にはもっと時間があった。
長い乗り継ぎ時間になった。
乗り継ぎ中継地点。
サンフランシスコ空港は広い。
とても拡い。
空間規模面積人数その他。
九十九社の二、三名、彼らは“Bart”へ向かうという。
数登は、先を行く彼らの背中を見ていた。
隣は単独で、何処かへ向かって行った。
九十九社と同じコースへ向かうか。
あるいは。
一方、単独で行動の数登。
歩き回る。
ラウンジに寄るか否か。
で。
コーヒーショップへ立ち寄った。
テーブルについて、甘くした珈琲を飲み干す。
それから空港内ミュージアムに。
シャワールームと来て。
歩く人々の歩み。
様々な色がある。
歩き回る内に過ぎる時間にも。
スーラは固定電話の音真似をしている。
例えば、誰か人物の声真似もそうだが。
あらゆる方面から音を吸収するかのように、再現してみせるのだ。
九官鳥が真似をする音についての再現性。
九官鳥という鳥類の、聴覚のためかはたまた。
喉の造りのためか。
音の真似は本物と寸分違わないように、黒田縫李の耳には聞こえている。
数登にはどうだか分からない。
「カリフォルニアロールは?」
と縫李。
数登。
天井を見ていた。
それから調度品に眼をやった。
誰が揃えたか知らないが。
ティーセット一式。
この場の雰囲気には合わない。
絵は花柄で、あらゆる花が載っている。
カップに皿に。
その縁取りも華やかで、波のような形だ。
調度品にはマホガニー調、が多い様子である。
数登の通されたのは、ダイニングキッチンのある部屋だ。
ソファに腰掛けていた数登は、縫李へ眼をやった。
スーツケースにその他一式。
数登の傍の脚元へ。
倒されて置かれている。
「距離的に」
と数登は言った。
縫李。
「歩いたんだな」
「ええ。それでカリフォルニアロールは食べていません」
「あなたは一人だけなの?」
縫李。
グラスにコーラ。
注ぎながら言った。
数登。
「各々宿を取りましてね。僕だけはこちらに」
「そう」
「乗り継ぎまでの残り時間。仮眠のためシャワーを」
「そこへほとんど居たってわけだ。ある意味賢明かもしれないね」
数登は苦笑した。
縫李。
彼はフンと鼻で笑う。
家の窓。
そこから見える庭の芝生。
乗り継ぎ時間と。
さらに時間がぐるっと一周。
その午後から夕方にかけて。
数登が主に散策していたのは、サンフランシスコ空港にて。
ターミナルAにあたる。
ターミナル間移動の“AirTrain”。
利用せず。
全て徒歩だった。
空港中心から見て、ターミナルGの先の方。
そこのカリフォルニアロールの店。
数登は脚を向けなかったのである。
縫李としては聞きながら。
惜しいことをしている奴だ、と思っていた。
数登が空港内散策と、仮眠に時間を費やす一方。
その他、九十九社の面々。
彼らは街の方へ出たという。
「トルマル内に居るのは、九十九社では僕一人ですね」
と数登。
乗り継ぎ後に一緒に来た面々は。
タンパなど、要所へ行きやすくかつ。
安価な宿へ、泊まるということで。
隣の人物。
その後を数登は見ていない。
栞は今も隣の手元だろうか?
あるいは?
縫李。
「じゃ、すぐ出るの?」
白葡萄酒。
コーラのグラス。
それぞれ縫李は運んできている。
促すので、数登はソファを立った。
「すぐには出ません。葬儀屋同士の会合は後日に」
「じゃ今日は。とりあえず宿へ落ち着くための日。だということだね」
「ええ」
蟹と白葡萄酒。
数登は一瞬ポカンとなった様子だ。
で。
「お土産があります」
と言って。
黒い粒の大きなその群。
キャビアだ。
縫李は笑う。
「なにこれ」
「食べ物です。言うなれば魚介類」
「それは分かるよ。何か入っていないだろうね」
「何も。周辺で買った物ですよ」
コーラは縫李が飲んだ。
多少ウィスキーもあった。
ソーダで割り。
呑み。
縫李の捌いた蟹は、キャビアと共に白飯の上へ載った。
それが二人分で食事をしつつ。
これがイクラなら、完全に和食だな。
と思って、縫李はかっこんでいた。
「会合はタンパで?」
「U-Orothéeの自宅で。ということになっています」
と数登。
鳥類に甲殻類を食わせていいものだろうか。
その辺りは定かではない。
スーラは縫李が摘まんで寄越した少々の蟹に、興味深々。
「すでにユーオロテの自宅は。警察も葬儀屋連も調べた後で。ということにはなる。ただこれと言って眼を惹くものは見当たらない。ということです」
「でもさ。自宅で死んだわけではないんでしょう?」
「そう。ソフトリーアズの舞台で倒れた。亡くなったと確認されたのは病院です」
「なんで死んだんだろうな」
縫李は一度立ち。
それから。
手書きになんやかんやを持って。
テーブルへ戻る。
「零乃の所は?」
「寄るつもりです。零乃さんが何か知っていること。あるかもしれません」
「ユーオロテの死んだことについてか」
「ええ」
「そうだな。まあ一応。零乃も舞台で怪我して、というか今は病院だし」
「ここから近い?」
「そこそこね。車で行く?」
「ええ。それも後で」
蟹と黒い粒へ向かう両者。
かっこむ。
正直、縫李はイクラを食いたい。
数登については、どうかは分からない。




