20.
ストーキングの話題。
そして、ソフトリーアズというカジノの舞台。
どちらの話題についても引き出すことが出来たなら。
ただ、共感は、ウェス・シーグレイ自身も言った通りで見込めそうになかった。
件のデルフィナ・レナルド。
そのことについても、言い終わらなかった。
唯一、ストーキングで共感出来るとすれば、レナルドじゃないか?
と言ったのはシーグレイ自身だった。
彼女がカジノ内のどこに居るのかは、シーグレイは言わずじまいで。
彼がバーから去った後、奥から出て来たバーテンからも、何かを引き出せそうにはなく。
残ったのは、読むものとしては扱えないらしい手紙らしきものと封筒。
数登珊牙はひとまず、手紙については警察へ預けることにすると。
確かにその方がいい。と黒田縫李は思った。
第一に、数登が見つけたという点がある。
一応ユーオロテの死に、数登は葬儀屋として携わっている、という点において。
その上で手紙を見つけた。
実際預けた方が、「誰によって書かれたものか」も正確に判定し得るだろうから。警察の公式な何かにより。
エラニーは指先で、くしゃくしゃのその紙の一端を弾いている。
カウンター上を滑らせて、くしゃくしゃのそれは縫李の元へ来た。
警察へ預けるのはそうだが、実際どこまで預けるのか。
縫李には疑問だった。
「額」というその手紙のニュアンスから始まり、縫李は咄嗟にスマホを開けていたわけで。
で、開けたスマホから、何人かに連絡しようかと思っていたりいなかったりだった。
少しずつバーには、活気が出てきた。
活気を抑えていた影響といっては、シーグレイの影響下。
ユーオロテが死んだことに対して、葬儀屋の数登は完全に無関係というわけではない。
ただ、どこまで、なんだろう。
と縫李は思っていた。
そして、エラニーは?
どこまで影響があるか?
エラニーは彼で、そもそも彼の名前から気になるのが、縫李の現状。
レナルドを見つけることはこの日は、叶わなかった。
訊けばクラニークホテルの棟は、いくつかあったらしい。
数登の行ったらしい「四月の思い出」棟は、並んで建つ棟から数えて五番目。
その十二階。
ユーオロテが使用していた部屋があったとか。
知名度といっては、ユーオロテはコアなファンを除くと、それほどでもなかったとか。
クラニークホテルに、泊まったり招かれたりする宿泊客。
そこには本当の意味での有名人も、ちらほらいるとか、いないとか。
ニッカトール・ダウナーのゲーム開発側であるレナルドの名前も、シーグレイの口から出たわけで。
探せばホテルにも、彼女は居たのかもしれなかった。
しかし人払い状態から、少しずつ客の入りが見え始めたバーを出たあと。
数登とエラニーと縫李は、「四月の思い出」棟には、脚を向けず。
カジノからホテル、あるいはホテルからカジノへ続く通用路。
縫李とエラニーがホテルから、カジノへ通って来た通路は比較的何もなかった。
しかし、その他いくつかある通路は、何もないわけでもなかった。
造りとしては、大きい空間の造り以外では。
賭博用、その他スロットなど、そして音が眼耳に入る位置に必ずある。
その周りをこれまた眼を惹く、装飾が囲む。
通路は、カジノ内の外れにあるロビーから、いくつか出ているものと。
カジノの裏口へ出るのが一本。
最初、縫李とエラニーが通ったのは後者である。
裏口へ行かない代わりに、三人はその外れのロビーからホテルへ戻ることになるのだが。
レナルドの居所を探したのは、カジノ内に限った。
縫李は、クラニークホテル内で最初に見たのを同じような水の、流れるエリアを眼にする。
独特の匂いが増す中。
「いっそ直接舞台へ、行ってみた方が良くないですかね?」
数登とエラニーのどっちに尋ねたか、縫李自身もよく分からないが尋ねてみる。
たぶん行ったところで「入れない」と、言われるのがオチだということも分かっている。
「そもそもレナルドがどういう人物かっての、俺よく知りませんしね」
「一度フロントに寄りましょうか」
とエラニー。
「予定があるって、そういうニュアンスでしたよね。手紙」
と縫李。
「ええ。どなたかが舞台へ立つ予定があるということは、これも正式にカジノ側へ確認すれば分かることですが。ソフトリーアズの舞台では、ステージが何らかあり、一方ニッカトール・ダウナーの賭けは、賭場主任が居る空間で行われる。今後、デルフィナ・レナルドにはどちらかで遭遇する可能性はあります。ところで、その」
と数登。
示した指先は縫李のスマホに。
「何か心当たりでも」
あるにはあった。
喫緊ではまずトリー・エーカが、ソフトリーアズの舞台へ呼ばれているから、という理由だけ。
更に一つは黒田零乃だ。
ユーオロテの泊まっていた部屋から見つかった手紙。
その文面には日付もなければ、いつ頃書かれてどのタイミングで、という確証になるものが何もない。
だから、喫緊のことと繋がりがあるかどうかも、正確には不明である。
「予定がある奴に心当たりがあるんで、何となくですけれど」
賭けは人が死んだとしても普通に行われるが、さすがに舞台はどうなのだろう?
カジノの予定が今後、狂わないとも限らないわけだ。
賑わいだったロビーからホテルへ入り、先程のフロントへ向かったエラニー。
屈強な男も今はいない。
ちょっと一騒動ありそうだったボーイとは、違うボーイがフロントに居た。
確かに喫緊のことと、縫李の心当たりみたいなものが、繋がりがあるかは不明。
しかし心当たりがあると言った以上、なんか話を出してみて流れを作るというのも。
大したものが返って来なかったとしてもだ。
ただ最も心当たりのある奴というのは縫李の中では、零乃くらいしかいなかった。
トリーもいるが、彼がユーオロテと面識があるくらいの、知名度だとは縫李には、到底思えず。
その点考えるならば、零乃の退院後の予定を把握してはいないけれど、とはいえ経過観察だが。
ソフトリーアズの舞台と関わる予定があるのかくらいは、零乃へ話題を出してもいいんじゃなかろうか、とか。
エラニーは数登に。
「残念ながら少し前にホテルを出たとかで」
「レナルド氏ですね?」
「ええ。ですが今後カジノへ来る予定があるそうです」
ちょっと一騒動あるかないかで接触のあったボーイは、エラニー側になっていた様子。
実際、今の彼の手には紙片がいくつか。
数登へ渡しながら言っている。
縫李は人の姿に気が付いた。
駐車場。
暗いのには変わらず、かつ照らす側。
駐車場全体への明かり。
その人はエラニーのタクシー近くに居た。
座っている。
呑み過ぎたか、賭けに負けたか、何らかの物思いか、そんな感じだろうか。
とか縫李は思った。
数登も少しそちらを見るようにしたが、すぐ車へ向き直る。
「体調を崩したか、あるいは別の何かか」
「は?」
「彼はそれで座っているのかもしれません」
そう言われると気になる縫李。
ちょっと、数歩だけ、近づいた。
その人は動こうとしない。
一点をじっと見つめている。
その一点を縫李も見ようと努めた。
嘔吐の痕。




