19.
「やっぱり取らない方がよかったって、今更後悔しているけれど」
書き出しで書かれている内容は、そんな感じだった。
書かれている紙の文字は、手で拡げるだけでは、読むのには足りない。
足りないというのは、しっかり読むことが出来ないということ。
だから、ニュアンス。
ニュアンス的にはそんな書き出しで始まる文面。
「取らない」というのは、今のこの場で、しわくちゃの文面を読んでいる場合なら。
「取る」とすればアカウントぐらいなものだ。とかいう想像。
ニッカトール・ダウナーの、ゲームという場で使うアカウント。
取るか、否か。
紙という作りであり長時間、探されずに巻かれていたことによる。
ヨリにスレに、読むだけ困難にさせるのには十分な要素が、手紙の上には沢山だった。
黒田縫李は英語が得意ではない、というのもある。
ただ、アカウントという単語については分かった。
ソフトリーアズにて、賭けるゲームのアカウント。
このくしゃくしゃの紙にまだ巻かれた痕がなかった時点で、書き手が書いた。
とすれば、「賭ける」ゲームに当てはまるのはニッカトール・ダウナー、そのアカウントに関する”何か”を示したい?
のかもしれない。
先走り感は否めない。
「賭けに参加した経験はないのに。後悔している。――はどうなの? 賭けに参加したりすることはある? 今の部屋なら、たぶん安全だと思って書いている。でも、怖いのよ。そういえば――は参加したことがあるってこの前、言っていたんだっけ。だとすると自分のアカウントの一人歩きみたいな現象にも、慣れているかもしれないね」
ニュアンス的にはこう続いている。
「受け取れるのは」
とエラニー。
「恐らく今、この場の話題へ上がっているゲームと、情報流出の件へ少なからず踏み込んでいるようにも、この文面から読み取れる点でしょうかね」
「あくまで、ですよね」
と縫李は言った。
「たぶん《賭け》で《アカウント》だから、想定し得るはそれしかないですけれど……」
ウェス・シーグレイは何も言わない。
「亡くなった女性に関しての要素」という点では、先程彼の言った「何もない状態」とも、今は言い切れない。
ユーオロテの書いたものとするとしても、というか筆跡も何も本人のものかどうだか、分からない。
とか縫李は思ったりする。
クラニークホテルの一室へ、ユーオロテが泊っていて。
手を付けられず残っていた《四月の思い出》棟の、彼女の部屋から封筒および手紙、らしき残骸? が見つかったのだとして。
アカウント、ニッカトール・ダウナーのだ、をユーオロテが所有していたと。
そう手紙の文面から、勝手に受け取るとして?
書き手がユーオロテだったならだ。
「あの舞台もなんだか怖いのよ。――は平気なの?」
書かれている文面上の相手「――」に対して、ニュアンスは続いている。
書き手が当てた人物であろう名前は、書き手が書いたその後かどうか。
黒く塗りつぶされ、それもペン先で何回も、ぐるぐると巻いたように。
とすれば本当に、手紙を書いたその後は、書き手は「――」宛に出す気でいたのかもしれない。
しかし、実際には当てて書いたとしてもこの状態では。
手紙としては成り立たない。
名前の部分のペン先跡を、追えば多少何かは分かったかもしれない。
ただ裏側から判別しようとしたとしても。
後からの筆圧が強かったのであろう。
その跡をすっかり覆っている。
「怖いというか、――にも関係することだから書いている。私は賭けには参加していない。でも舞台はそれとは別だから。関係なしというわけには出来ないでしょう。立って以降変なことばかり起こっているの。――は何もない?」
「ニュアンス的に」
と縫李が沈黙を破って言う。
「《安全》とか《怖い》とか繰り返しているあたりで、賭けにいい印象を持っていないのは、そう受け取れるんですけれど、あと……」
「あと、何か」
と数登珊牙。
「なんか動揺というか酷く、怖がっていません?」
「そうですか」
「何かあったんですかね。例えば」
「ええ」
「ユーオロテ自身が書いたものだとすれば、《安全》とか《怖い》とか書きつつ手紙も出さなかったとすると、用心していた? 追われるっていうか……うーん……なんでしょうね。実際に実害があったとするなら執拗な、悪質な《追う》みたいなのは、ありそうですけれど」
女性的な表現をするなら「ストーカー」みたいなやつ。
縫李の兄の、黒田零乃の場合。零乃が輝かしく活躍していた時期。
主に日本でだが、追っかけは侮れないと零していたのを、縫李は聞いていた。
手紙のニュアンスから何となく、その《追う》というものに似た感じがすると判断するに、至り。
「伝えておきたいことがある。あの舞台での予定があるのでしょう? あまりはっきりとは、教えてくれはしなかったけれど。でも私は立つのが、今回が初めてではないから。予定があるならまず、気を付けて欲しいの」
でも、何を?
何に気を付けるのだろう。
「アカウントについて。こっちは非難が今より表側に出れば、何らか動きはあると思う。でも例えば場所自体に、特に異常がないなら、このまま動きがあるかも分からない。今回書いている舞台もその類。個人的にスタッフ数人には言ってみているけれど、立って以降変なことが続いているのは事実だから。書くのも変かもしれないけれど、急に額が合わないことが増えた。これは画面上」
そこで途切れる文字。
何か所か黒いぐるぐる巻きが書かれ、続いているのはそれだけになった。
画面上? 合わない?
何が?
何の額か?
縫李は「額」というその文字、いや正確にはそうではない。
声に出して誰かが文面を、読み上げたわけでもない。
全てはニュアンスだ。
しかし咄嗟にスマホを開けていた縫李。
何故か、縫李には他人事ではない気がしていた。
何かを書こうとした跡が残っているだけ。
その先は文字が何もない。
「額」、か……。
と縫李は思う。
この場合の「額」なら出演料とか、そのことかもしれない。
ソフトリーアズの舞台で、ユーオロテが仕事をする上での。
と考えるなら、やっぱりユーオロテ本人が書いた可能性は低くないわけだ。
「――」宛に書いて、そこへ手紙を出すかそれとも、出す気がなくなったのかは。
今では推測の域を出ない。
彼女が「追われる」となって「額」の話がもし、金や賭けに結びつくものだとしたら。
手紙が「――」宛に出され、それを「――」という彼なり彼女なりが受け取ったという事実が、この後に続いた場合だったなら。
その場合「――」はどう反応しただろうか。
そもそも「――」は誰なのか。
いずれにしろ、書いた文面。
そしてそのペンの先の書き手の文字は、怯えつつ頼りない状況に受け取れた。
ニュアンスからも、受け取れた。
「やはり、私とは関係のない領域としか。受け取れない」
シーグレイは立ち上がって言った。
「何が書いてあるのかすら、意味不明だろう。ただ、その書き手が追われるだの怖がるのということに、共感出来る人物が居るとするならば。書き手が女性と捉えるなら、適任はそういう人物だな」
「なるほど」
と数登。
「デルフィナ・レナルドは今、どちらに?」
シーグレイは肩をすくめてみせる。
「ストーキングの話題なら、レナルドもよく耳にしているとは思うよ」




