18.
「カジノの舞台」という単語が出た。
ウェス・シーグレイとしては、彼の食って掛かる表情を、実際に態度へ移すこと。
そして、その場から立って離れることも、彼はどうやら不利と見たらしい。
いまだ、情報流出や不正の類の話については非を認めない。
そうはいうものの、カジノの舞台となると話は別だ。
何故なら元来が、演出業界の人間だからである。
カジノの舞台にも彼が関係しているであろう。という予測はつきやすい。
小冊子を示している、数登珊牙の指の先。
その指の先にある情報は、ソフトリーアズの舞台とは違うもの。
ただ先の情報も舞台なのだから、演出関連の話題で進めることに。
変わりはなく。
「なるほど。ではあなたがウェス・シーグレイであると」
と数登。
「こちらにお名前がある方と。同じ方である、ということになりますね」
周囲は、相変わらず客の居ないバー。
上に照明を受けて反射するグラスが、かすかに立てる音。
数登は、黒田縫李の横に席を占めた。
シーグレイとは、多少なりと離れている。
その数登の動きに反応してか。
上のグラスがかすかに、音を立てるのか。
シーグレイが言う。
「次から次へと。ゲームの話かと思ったら、今度は舞台か。確かにな。関わりがない、と言いきることは出来ない。今更。ただ私が知るのは、あくまで舞台のみについて。その亡くなった、女性とやらに関しては協力……。協力というのもおかしいか。亡くなった、というのはカジノに来ていた女性客が、ということか?」
協力「出来かねる」というニュアンス。
「ええ」
と数登。
「レナルドと仰る方も今。このカジノ内にいらしている、ということでしょうか。あなたの口ぶりでは」
シーグレイは一瞬、相好を崩す。
たぶん、いつまでも態度を硬直させていても意味がない。
とか思ったのだろう。
とか縫李は思った。
そして今のバーだ。
「情報流出」だの「不正」だのという話を、こういう場でしていても。
シーグレイの権限のほうがでかい。
カジノはその権限により場所を提供している、という感じなのかもしれなくて。
だから人払いもされているし、実際会話だけで終わっている。
「ああ、そうだな。今更言い逃れはしないが。レナルドも今日は居るはずだがね。お互いに打ち合わせ予定とかではない。私はゲームの方メインで、今日ここへ来ている」
「なるほど」
と数登。
「一部、面白いと言っていいかは。分かりませんが。こんなものが」
取り出したは封筒が一つだ。
その表面、宛名も何も書かれてはいない。
洋封筒。縒れてひどく皺のよったもの。
数登の手に、それが一つ。
「その封筒は部屋から?」
とエラニー。
数登。
「ええ。中身がある。確かレナルドとは、話題にのぼった《ゲーム》開発者の方」
と振った先は、シーグレイへ。
「その封筒とレナルドとは何か関係がある、とでも言いたいのか。私にも分かるが。宛名も、何もないように見えるがね。そして手紙として成り立つとは思えないな。その状態では。今の話の流れからして、あんた自身レナルドに関しては何もない。と言ったばかりじゃなかったか」
「ええ。そう舞台の上で、亡くなった女性についての話題です。レナルドという方の話ではない。今は」
「今は?」
シーグレイは、数登の方を見ずに声だけで、そう言った。
縫李は、シーグレイの表情を追うのをやめた。
ゲームの話か舞台の話か。
デルフィナ・レナルドと。
今、数登がクラニークホテルの一室から、取って来たという封筒とか。
なんやかんやの話は、関係ないのかもしれないが。
ゲーム、この場で当てはまるなら、つまりニッカトール・ダウナー。
それと舞台とどっちの要素も、シーグレイには関係している。
「ゲームということ」
と数登。
「今のカジノ内には、ゲームの要素と舞台の要素で二点、あります。演出という点から見て、どちらの要素でも顔を出してくるのが。あなたのお名前ですね。ウェス・シーグレイ」
小冊子。再度それを示しつつ。
カウンターの上には、皺のよった封筒ともう一方、小冊子。
数登の居る位置からだと、その示しているのを見るには、シーグレイの位置からは若干距離がある。
数登が空港から来て。
縫李の家へ来たときに持っていたものと、同じ小冊子。
載っている舞台、その他演出は「フィガロの結婚」のもの。
「そしてゲームの方メインで、あなたはここへ来ていると」
「そう。確かに舞台の演出と言えば、私と結びつけるのはあまり、悪いとも言えないが。だからといって、亡くなった女性のことに関して。私が何か協力出来る要素があると、言えるか? 何もないな」
「宛名はありませんが、中身で。何か伝える文面であることは明白でしたね」
と数登。
次は封筒を手に取り。
「室内のクローゼットのハンガーに。一本か二本、その他のものから見て太い幅、の物がありました。細工が施されていた。この封筒は中身を伴った状態のまま、そのハンガー内に収まった金属部へ、細かく巻かれて。収まっていました」
「なんか隠してあった……とかですか?」
と縫李は尋ねる。おずおずと。
手から手へと封筒は、エラニーの手へ渡っている。
その指先が、すでに開いている封筒の縁へ触れる。
数登。
「そう。隠してあったというより、その部屋でクローゼットは探されたが、しかしハンガー部分は探されなかった。と言う方がいいかもしれません。実際、彼女の部屋をとっていた《四月の思い出》棟の、どの部屋でも。殺人が起こったというわけでもなければ。亡くなった人が部屋で出た、わけでもない。実際に彼女が亡くなったのは」
「ここの舞台なんですよね……その、ライブとかなんとかやる」
「ええ。そう」
「棟の部屋が《四月の思い出》とか言ったな」
とシーグレイが言う。
態度の尊大さが戻っている。
「録音とかそういう類は、なかったのか」
「彼女は翌日のライブのために、《四月の思い出》棟へ部屋を取っていました。その部屋への防犯機材。例えば録音のような類というのは。起こり得る何かへの抑止以外の目的では、クラニークホテル側でなかったとしています。廊下に関しては別、ということです」
「何も渡せる証拠がホテル側でも、ないと。頼りない話だが、頼りないと言っては。私も同じかもしれない」
シーグレイは、口角を上げつつ。
「何せ。私は、その件の彼女について、詳しくはないから。女性はアイドルか何かだろう? 確かに少なからず、ここの舞台へ立つ者なら。何かしら情報は耳に入るかもしれないがね。私は直接彼女と会った経験はない。一度もな」
エラニーは、渡った封筒の中から紙片を取り出している。
数登の言ったように、数登が見つけた、あるいは。
取り出した、その段階で巻かれていたからか。
美しい状態とは、言えない封筒と中身の紙。
件のハンガーの、細工の中で押し付けられたままの。
長時間の影響であろう痕が残っていて、紙に濡れたような跡こそないものの。
読むのにも扱うのにも、手で拡げるだけでは、足りない状態。




