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16.

暗い中。

施術ブース内。

そこは、中の照明が眩しいというか。白い。

これも演出なのかもしれない。


施術ブース内側で身体(からだ)、主に腕への施術を受けるプレイヤーと、その施術師の姿。

それらが黒い姿となって見えるのでも。

いま施術ブースだけが、カジノ「ソフトリーアズ」内にて。

明るい状態であるのが、黒田縫李(くろだぬい)には分かった。


現に、監督(ぜん)としているウェス・シーグレイ。

その眼鏡をかけた丸い顔と、黒い髪と顎鬚が白く照らされている様子でも。







縫李と、通称エラニーは聴衆を()き分けて。

シーグレイの居る方向へ。

歓声が上がる。

大画面。

「00:07:00」。

巨大な赤い数字が、浮かび上がっている。


一試合終了したということを示している。

流石に縫李も分かった。


事前に彼の集めていた、ニッカトール・ダウナーの情報。

その頭の中にある情報と、実際のプレイにおける大画面がつながったのは、これが初めてだった。

試合終了のことなど。

その(ほか)は、システム(とう)全然分かっていない。

気がする縫李。







叫びが歓声と怒号の二つへ、分かれる。

()ったか負けたか。

シーグレイは歓声のほうへ、共感したようだった。

拳を上げて、その顎鬚の下の口を、ニカッと開きかけたところで。

エラニーが彼の元へ辿り着く。


鳴ったゴング。


シーグレイ。


「どっちへ賭けたんだね」


と言ってエラニーを見つつ。

その表情が決して穏やかでないことに、縫李は気が付いた。


「賭けたか、あるいは見ていたか」


「いま来たばかりですよ。あなたにお話を伺おうと、思っていたところです」


「私のほうから話すことは何もない。特に」


と言って眼鏡越しの、その眼。

エラニーを見つめている。

そのまま、しばし沈黙が落ちた。


エラニー。


「勝って嬉しいのですか? それとも、今の勝ちはあなたの、想定の範囲内だったか」


「ゲームに関しては、レナルドのほうが詳しいよ。開発ではなく私は、演出のほうだからな」


「存じています」


ゴングの音に続き。

ドッと上がったのはまた歓声。

賭け額かプラークか?

聴衆から一人出て、賭場主任の方へ向かって行った。

それが縫李には見えた。


一方で席を立ち、その一試合を終えたプレイヤーの表情。

その表情全体としては、あまり変化も特徴も見られない。

暗く、ネオンの多いカジノの中。

その照明が、白く人物を照らした瞬間だ。


今はその、勝ちの空気に包まれたプレイヤーである。

顔立ちに主な特徴はない。

どことない達成感のようなものが、彼の鼻のあたりを目立たせていて。


七分間、されど七分間。

例によってか彼も、その脚を進ませる先は、自身の腕のためだ。

賭場主任の方へ向かった聴衆の一人のほうが、今は。

その()周囲の関心を、強く引き寄せている。







腕のためかプレイヤーは、その脚の近づく先はエラニーとシーグレイ。

つまり縫李たちの、居る辺り。

施術ブースに。


その顔立ち。

特徴は、やはりない。

薄く、すぼまった唇。

勝ちの雰囲気に、唯一左右されていないのは眼だ。

らんらんと輝く、底光り。

そのプレイヤーの眼を見て縫李は、視線を()らす。


施術師は、脚を向けている彼の来るのを見越していた。

すぐさま立ち上がる。

そして招き入れられたプレイヤー。


腕を回してブースから、出てくるもう一人。

そいつもプレイに出るのだろう。

何試合目か。

とにかく次か。


「では実際にゲームプレイする方々に、関してはどうでしょう」


シーグレイの眼の色。

若干の変化。

それ以外の表情は無。


「さっきの君の話に、あくまでも(こだわ)るつもりか」


「以前。今のこの場だけではない。そして以前の、その場ではあなたのお顔もお見受けした。そして彼の顔も」


逆光。

黒い影法師と、そして周囲の明るさ、意図した光の照明だ。

白と黒。

施術を受け始めるプレイヤーの姿。


エラニー。


「ゲームに関してもお話を伺いたい。ですが今は、賭けの話です。賭けの場合あなたご自身も別名義で、試合の場へいらっしゃることがほとんどだと。お見受けしましてね。以前からです。実際、先程私が伺ったクラニークホテルでも同じでした」


「名前を隠すのは、何も珍しいことではない」


とシーグレイ。


「仕事上に、支障のない範囲で必要に。迫られてというのはあるだろう。時に」


周囲の音量が上がった。

つられて声の音量も。


「あんたの名前だがな」


「《ダスク》」


とエラニー。


「彼の以前のプレイは《ダスク》というキャラクター名で。お見受けした記憶があります」


「いま私は、あんたの話をしようとしたんだが」


「あなたのご記憶にもあるはずです。今日は特に割のいい、アカウントに賭けが出るからこそ。あなたはこの場に居る。以前は、eスポーツの大会の場で。でしたか」


再度、上がる叫び。

いつの間にかプレイは始まっていた。

周囲の音は、エラニーとシーグレイの会話の音量より。

明らかに大きい。

だが縫李の耳には、気になる話題のほうが把握しやすかった。

のかもしれない。


「賭けのための腕は、入用のはずです。ゲームの開発にも、ゆくゆくは影響を及ぼすでしょう。開発のためには情報も入用でしょうからね」


少々シーグレイは身を引いた。

顔をしかめているのは、ネオン下でも明らかで。


「アカウント売買であれば、多少の情報のやりとりがあるというのは。周知だろう」


「ええ。割のいいアカウントを増やすためにも必要なことが、それです。情報を得たプレイヤー側も、賭けに有利になる。という構造」


効果音。

何かゲーム内で決まる時に出るものだ。

縫李はこの会話の、前後になる前に。

何回か聴いていた。


その縫李たちの(そば)

大量のプラークを持ったボーイが、通り過ぎる。


シーグレイ。


「有利というか。それが開発をより、良くする(うえ)でも必要になることがある」


「しかしその割のいいアカウントを、賭けにおいて使った際の勝率が。ある程度の一定性を保っているとすれば?」


とエラニー。


「流出したものが勝率に影響し。賭けに勝つ率と、更にプレイヤーのゲームへの貢献度。それによる利益等々。そうなれば《多少》という言葉では収まらない。違いますか」


アカウント売買だけが問題なのでは、なさそうで。

賭けること、そのものに不正を起こさせているとすれば、どうだろう?

いずれにしろ。

エラニーは、何か知っているというより。

情報(つう)それ以上なのだろうと縫李は、思って。

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