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13.

何棟。

どのあたりの(とう)だろう。

そして数登珊牙(すとうさんが)の向かったであろう、そこはクラニークホテルの。

何階だろう。


小規模である。カジノとして。

更に、ソフトリーアズより大規模なカジノで、その併設のホテルもまた。

いまより豪勢であるとするならば。

収容人数(にんずう)分かその装飾分か、棟の数もその(ぶん)多くなるのかもしれない。

とか。


何棟か分からないのは、黒田縫李(くろだぬい)もいまは同じだ。

だが本当に分からないのは縫李のほう。

知識量として?

そこまでいくかは分からないから。

タクシー運転(しゅ)であれば知識量は、周辺に関しては縫李よりもあるはずだ。


何かしらは知っていると思われる。

だが、縫李はエラニーに関しての知識を持っていない。

だから、どこまでその考えが至っているかどうか。

至っていてかつ「適当」となるか。

それについても分からない部分含め。


いまエラニーの話したことから考えるに。

クラニークに関して、詳しくはなさそう。

というふうに縫李は思ったが。

縫李はいま、その「ホテルが何棟か」という点について。

それとは別方面で話を持って行きたかった。


「何も聞いていない」


と縫李は言ってみる。


エラニー。


「ええ、そう。ただ見当ならつきます。死んだアイドルについて何か()きに行ったのだろう、とかね」


数登珊牙。

数登に関しては縫李も、彼の目的を少々ながら分かったような。

分からないような。大部分、()からないが、多少(はなし)はしたから。

U-Orothée(ユーオロテ)の死について、葬儀屋である彼は(たずさ)わるつもりだ。

だがエラニーはそれに携わるつもり、なのだろうか。


「死んだアイドル……あなたも知っているんですか」


「泊まっていたことがあるそうですよ。今のホテルにね。界隈ではそういう情報がある。それとシーグレイも今、来ているという情報。私としてはそちらをいろいろ考えています」


エラニーは言った。







そちらをいろいろ考えている。


数登とエラニーの車内での会話を聞いていて。

主な話題としてはシーグレイが、今のクラニークへ来ていることに関してだった。

ユーオロテ、というか死んだアイドルも、ここへ?

確かに。

それを聞いても違和感、というのは、いま特に持つこともなく。


というのはソフトリーアズという小規模カジノを、誰彼(だれかれ)が利用するにあたり。

仕事でも、あるいは賭けそのものでも。

シーグレイしかり、トリーしかり。

利用するにあたってはクラニークに部屋を取っていたとしても。

話題からして別段違和感はない、ということである。


棟の(はなし)自体は、いまの場合ホテルについての細かい点である。

細かい点だったから。

縫李としては別方面の話を求めた、つもりだったのだが。

数登がどの棟に居て、という話になるのであれば、意味はまた違ってくるもので。







掛けた足を石段から進ませていて。

縫李とエラニーは建物「要塞」のその。

実際に建物内部に入って行く、その「(ガワ)」の部分の要塞を、徐々にだが通り抜けている形で。


四つの柱から、上部へ上がって行く(すじ)

それが上へ行きつく先の白。

頑丈な石膏か、セメントかで覆われているか。

平らで真っ白で真四角。

顔を前へ向ければ白い石段と、その実際の入口との距離。


クラニーク。その。

どの棟へ果たして、数登が向かったか。

ということは、今もホテルの部屋で。

ユーオロテがかつて泊まったままのものが残っている、ということだろうか。


そう思った。

そう思って。

縫李はしばし茫然となった。

脚が止まる。

エラニーはどんどん進んで行く。


残っている。

残っていれば。

それならば必然的に自分は。

単に数登へ宿を貸すだけに(とど)まれていないことに、ならないだろうか。


ユーオロテの死?

死んだアイドルの情報?

俺から遠い新聞なり報道なりの話。

それが眼の前にある感覚。

俺はどうすればいい。







エラニーは白い石段を、上がり切ろうとしている。

やはり、長い石段。

脚をかけながら、縫李はそう思っていた。

大きな要塞と小さな、人間が通る内部への入口。


駐車場に、少なくない車がそこへ()まっていたこと。

その期待を裏切らず。

入口のガラス扉は回転しては、誰彼が行き。

そしてまた回転しては。


その回転のたびに、内部の照明を金属部が反映して明るく光る。

だが、それは回転扉の向こうへ行くか。

それとも内部から、外へ出る人の行動を反映して光っているにすぎない。


零乃が泊まっていたことのあることは確実だ。

実際に零乃と、ソフトリーアズの話もした。

クラニークの話もしたし、実際に聞いていたことだったから。


だけれど今はどうだ?

ユーオロテに関して零乃は何か言及したこと、あったか?







縫李は脚を進めた。

会合は後日?

ユーオロテの自宅で?

数登が話していたことだ。葬儀屋としての仕事らしい。


情報の量が少なすぎる。

縫李の知識量は明らかに足りない。


零乃(れの)からもう少し訊き出すことも、出来るのだ。

いまスマホで連絡を取ればいい。

たぶん病室で様子見だろうがなかろうが、今は経過観察中だから零乃ならスマホを取るだろう。


宿ならむしろ、数登はクラニークホテルへ取ればスムーズだったんじゃないか。

いや。()えて。

敢えて零乃が俺と近いからそうしたのか。

いや……。







縫李は、足早に石段を駆けた。

エラニーは回転扉へ入らず、その脚を止めている。

石段を見つめている彼。


数登珊牙。

彼は宿というよりもユーオロテの件に、黒田の俺を巻き込みたい。とか。

そんな感じなのだろうか。







回転扉。

くるくる回る様子が、いよいよ近くなってくる。

縫李は階段を、上がり切ってしまった。

数登とやらもまた、この回転扉を(くぐ)ったのである。

潜ったのであろう。

今も内部の、エラニーは何棟あるか知らないというが。

内部に数登が居るとして。


「あなたは目的が、あくまでもシーグレイですか?」


縫李はエラニーへ尋ねていた。


対して何も言わず、エラニーは行ってしまう。


縫李にとっての回転扉の、その向こうは全くの未知。

零乃に何も話を訊いていないまま、クラニークに来た。

そして今も、クラニークにはユーオロテの居たとされる空間が、そのままになっているとするならば。


亡くなった、という事実。

俺は果たしてどうすべきか?

宿代に追加どころか、縫李にとっては未知の領域。

事件か事故か?

実際に舞台で怪我をしている零乃すら通さないで、いきなり関わっていることになる。







検索は役に立つ。

確かにそうだ。

ともすれば情報は、全部検索を掛けて出れば十分だ。

なんて思ったこともかつては、あった。


でも、ユーオロテの情報となると。

そうもいかない。

何故また検索をかけているのか。

第一に。

縫李にとっては未知の領域へ一歩。

つまり回転扉を(くぐ)ったからである。

要塞だった外観を潜り抜けて、最初に縫李が覚えた感覚は動揺だった。


どっちを向いたか見当がつかない。

例え自分の視線であっても。

小規模でも、カジノを(かん)するからにはそれらしく。

回転扉の外側のそこここへ、明るく反射していた物々(ものもの)の、その内部。


たぶん、固定概念というのが。

そうさせたのもあるのだろう。

縫李には眩しかった。







動揺で検索へ走るか?

特に、自宅がどうなのかという情報が、縫李には気になったのだ。

当然、出るはずもなく。

出たのはまた別のポップアップウィンドウくらいだ。

望みは薄い。

数登に訊いたほうが速い。

何故なら「後日の会合でユーオロテの自宅へ赴く」と数登自身が、縫李に話していたからである。


検索の次は、当然「文字列を変えてみてください」的な表記。

何かしなければならないという気持ちと、動揺が裏目。

トリー、ルロイと連絡を試みる。

だが、声にだした連絡ではなくメッセージだった。


個人情報がネットに()っている可能性はまず、薄いだろう。

特に、というか仮にも。

ユーオロテというバーチャルアイドルの自宅なんていうのは。







上方(じょうほう)に案内板。

植物の多い内観、そして水の流れ。

流れはエントランスロビーから細い、脇を通って建物中央のほうへ向かう。

それは流れだけのようだ。


中央に位置する水を(たた)えた水盆のような、オブジェと。

そのオブジェの上部から滴っていく水と、草木。

流れる水は、中央へ向かったあとオブジェを迂回し、更に方向を変え。

流れる二つの水流。


オブジェから少し離れて、ぐるりと丸く背凭(せもた)れのない、大理石を思わせる部分。

クラニークへ来ている客たちだろうか。

あるいは仕事か。各々目的があるのだろう。

その数人の各々の尻は、その大理石部分の上へ。


最初眩しかったが、縫李は眼が慣れてくるにつれて分かったのは。

絵画の存在。

案内板の次に気が付いた。

オブジェに水があるくらいだから。

案内板によればプールも完備している、らしい。


エラニーは歩き回っている。

縫李の視線。

一方で絵画のほうは、その下のタイトルの文字を読むことが出来なかった。

言語の羅列なのは、分かる。

だが発音出来るものかというと、そうではない。


いま、縫李の見ているものの中で発音出来るものは。

スマホの画面の文字くらいか。

ただ発音出来るといっても、あまり良い返事でもない。

どちらも。トリー、ルロイ。

当然っちゃあ当然だ。







やっぱりアイドルの自宅を、ネットで検索なんてのには無理がある。

オーカーなら、どうだろう?

だが俺らが知ったとして、それでどうする?

どうするんだろう。

縫李は動揺から検索に走っただけである。

さて。

どうするんだろうか。

それこそ、情報を手に入れて何かするのか?

数登の話題に少しでも踏み込むためか?

知ってどうする。

縫李には分からなかった。







とりあえず案内板からホテルの、棟の情報を探すのが先だ。

だが、縫李の眼は再び絵画に戻っていた。

タイトルの文字。

相変わらず読むことの出来ない、謎めいた文字である。

検索で一時期候補へ、上がってきていた「ヴォイニッチ手稿」と。

いまの文字がなんとなく、似ているということくらいしか。分からない。


読むことは出来ないが。

何かしら意味は持っているのでは?

という、謎の文字と。

謎の絵。

こっちの絵画も女性像だ。

あの手稿にも女性の絵が多かったような。


こちらは二名の女性、上下に二人。

一名は逆さに配置され、多くのトランプも絵の中で構成されている。

抽象なのか、それとも現実の事象の絵なのか。

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