11.
黒田縫李は、あまり派手に着飾ることは滅多にない。
ここ最近、過ごしやすい服装のみで過ごす日常。
寿司屋の時。厨房の制服を着て過ごす。
所謂、板前さん風である。
「寿司」。
「寿司」という印象価値観その他の「看板」通りに、どこでもいくか。
州、あるいは群、あるいは国。
特に服装から、印象というのは作られるもの。なのかもしれない。
縫李は髪型を、短髪で後ろを刈り上げ。
刈るのはたまに自分でだ。
いまの、走っている車の後部座席にて。
縫李の着ているのは黒のシャツ。
臙脂のゆったりしたボトム。
それとスニーカー。ただただ過ごしやすいために。
小回りが利いていて。
なかなか前を開けようとしない、車をちょいと越す。
楽々と、煽らずと。
ちょこまか小回り、そして走る。
横をたまにしか向かない運転手。
その「エラニ―」の顔立ちは、縫李の位置からだと判別がしにくい。
あまり独特の訛りのない発音。
縫李の耳にも、すっきり入って来る。
だが、エラニ―の英語は綺麗な英語とは言えない。
着ているものは、茶系統が多そうだ。
一方、数登珊牙。
青系統。シャツと濃い色のボトム。
スーツは脱いで、縫李の自宅へ置いてきていて。
数登が言った「ウェス・シーグレイが来ている」。
ということについて。
どこに、といって現在の目的地へ?
時々、縫李は会話を聞き取れない。
ヤシの木が左右並ぶ通りに出る。
そこから、緩くカーブを描く道へ。
車体が少し傾いて、カーブへ入り、やがて見えた。
建物外観。
白を基調に、筋の入った大きめの柱。
土台部分の丸い造り。そして縁には光るボールド基調。
長く白い石の段が、中央から斜めに続く。
土台から柱の上まで見ていくとぶつかるのが、建物の名前かローマ字。
形の縁どられた文字。
十月の今の時期。
歩きながら肌を覆う布の、少ない状態で闊歩する人々。
ときどきに見受けられる。
それは真夏の日と比べて今は減っている。
海の近く。
その各々の肌を覆う布というのは、極めて少なくなる傾向にある。
布よりも海なのだ。潮風と太陽と肌を触れさせる機会を増やしたい。
というのは人々の、性みたいなものかもしれない。
午後から夕方に差し掛かる時間帯。
ちょこまか各々のタイヤが動き回る、今の時間。
空はまだ明るく。
通りの人々の表情も、それに比例するか。
ヤシが作る木陰は、徐々に涼しいものに移ろい変わっていき。
ウィンカーがチカチカいって車は曲がる。
そのハンドルに合わせて動くタイヤは軋む音。
砂利をタイヤの溝で掴む音。
一度大きく曲がって道なり。
クラニークホテルすぐ脇の、駐車場へ。
今の時間でも、少なくないのが車の数。
赤い派手なオープンカー。
赤と黒。
車体の真紅。
車内装甲が真っ黒。
映画から飛び出してきたような、それも停まっている。
今は席にいない車の主まで輝かせるか?
その車体、脚光か空からの光を浴びてか。
数登はエラニ―へ声を掛けて、車を降りる。
単独だ。
一方、エラニ―が車を動かす様子はなく。
縫李はそのまた一方。後部座席へ収まったままである。
「どうなさいます?」
と運転席から。
縫李。
背凭れへ深かったのもあった。
どうなさいます、と言われてもだ。
宿代に追加と、数登へ言ったは良い。
良いものの、単独で行ってしまった。
数登という人物は。
自分の計画で人を介して動いている、のか?
数登とエラニ―の間で、何か予めの取り決めがあるとする。
であれば、その間に入る余地を、いまは見つけていないのである。
と縫李は思って。
「ここで待つんですか?」
と縫李は尋ねた。
エラニ―。
「一旦降りはしますがね」
車ごとの移動ということではない、か?
縫李。
「ちょっと、俺も降りていいですか?」
「ええ」
縫李は降りた。
エラニ―も車内から出る。
茶系統の服装は、その見えた感じのまま。
黒髪に青い眼。顔の頬骨辺りの皮膚は肌理が粗い。
その肌理の粗さがある一点か、線のようなものに沿って集中しているように見えた。
何か、怪我の名残だろうか。
エラニ―の青い瞳は、縫李を見て灰色に変わる。
ともすれば赤くも見える。
虹彩の色素。
それが豊かなのだろう。
ヤシの木は、ここにも一本。
車と車の群の上、聳える一本。
地面から幹へ一直線にグッと立つ。
地面に近い木肌が草木と擦れて、音を立てている。
縫李はトリーへ、連絡してみることにする。
連絡して。
トリーの第一声はこう。
「悪いけれど。俺がクラニークホテルに泊まるのはその人らに、黙っていてくれないか?」
つっかえるような喋り方で、縫李には聴き取りにくかった。
縫李。
「黙っててくれないも、なにも。やっぱり泊まるのか?」
「てことは言っていない?」
「いや、口からちょっと滑って出ちゃった感じで」
「基本的にライブ云々に関することは。あまり口外するなって言われているんだが」
やはりつっかえるように言う。
トリー。
「ちょっと今、それどころじゃなくて」
「何?」
「システムがこのところ、イカレやすいんだよ」
イカれる、か。
大方、仮想通貨方面と検討はつく。
縫李。
「どのシステム?」
「何か挙動がね。電力的な問題だろうか」
一方。
ヤシの木。
道路。
青い空。
アメリカって言えば。
テレビなんかでよく見るのが、ニューヨークの街並み。
ニュースやバラエティーや。
タイムズスクエアの、あのネオン色と様々な画面と。
アイラブニューヨークのTシャツ。
空は暗い。
時差を考えても、よく分からないもので。
杵屋依杏は、いま布団の中である。
眠りに落ちるその瞬間、意識は今しがみつく現在から。
遠く遠く。
だから時差のことも、頭の中から遥か遠い。
空はいま暗く。
数登がいるフロリダ。
恐らく無事に着いているであろうフロリダの、時間より。
数時間日付が変わるのが速い、とか。
ということしかよく分からない。
依杏の見た画面上や紙面上では、そうなっていた。
体感としたら。どうなのだろう。
結局、いまの時間になるまで。
葬儀屋の九十九社としては客も、そして依頼も少ない日になった。
それで、依杏の頭の中では。
次呂久寧唯や八重嶌郁伽と共に調べた、とはいっても検索で、だった。
その時に調べて出た。ギター型の青いのが忘れられず。
頭の中に残っていた、のでそちらはあまり頭と遠くはならない。
日本だと、あまりカジノと呼べる場はない。
と依杏は思っている。
思っているというだけかもしれない。
探せば、あるのかもしれない。
そういうのはきっと、ネットを検索しても出て来ないだろう。
数登からの連絡というのは、今はまだなく。
その日、九十九社を出たのは夜の八時頃。
ネットで検索して、出て来ないと言えば。
動画でのバーチャルな感じ?
それ以外で眼に触れる機会の少ない活動。
それもまた、しかり。
どの活動に成るバーチャルでない部分の動き、とか。
インディーズというのが、そもそも意外だった。
自分の周りの例として。
自分も含めてバーチャルから生身へ転身する。
それにはリスクがありそう。
というのは、とある一意見。
とあるバーチャル活動を行う人の一意見。
生身への移行はバーチャルからの、現実感とのギャップがありすぎる。
そのため今までついていてくれた人々から持たれていた、印象。
イメージ、出来上がった価値観。
そういったものを崩しかねないというリスク、そんなのがあるのに。
とか。
こちらもあくまでも一意見。
その方面の一意見。
そもそもバーチャルな存在として、活動していたのが。
現実とか真実とか生身の方へ、視聴者の視線を持って行ってしまうのは。
アイドルとして、どうなのだろう。
とか。
こちらもその方面からの一意見である。
U-Orothéeに対する印象。
その他バーチャル活動を行う人々からの意見。
ユーオロテ。
彼女はあまり、大々的に目立つようなバーチャルアイドルではなかった。
という印象を、依杏は持っていて。
事務所ひっくるめて、自身もバーチャルアイドル枠として。
何故か物騒なことに巻き込まれた、賀籠六絢月咲の意見としても。
そのようで。
夜の八時頃に、九十九社を出た。
それ以前の時間で。
数登がユーオロテの死んだ現地へ行っている、現在。
じゃあ自分たちはどうする、となって。
依杏と郁伽は、違う意味で一、二時間。社を抜け出していて。
宣伝カタログと案内の仮受付という名目。
それで、絢月咲に話を聞きに行っていた。
依杏と郁伽。
絢月咲。
「割と物騒ね」
「そう。割と物騒」
肯いた二人。
「私の周りが物騒だっていう意味で、言ったの」
と絢月咲。
今回紅茶は、なし。
絢月咲が、仕事で赴いていた通称「鰐ビル」の。
とある一室、「インパッシVA!」のラジオ版で来ている。
ということだった。
インターネット配信版はデバイスを介する。
音声だけでなく何らかデバイスで視聴の場合。
絢月咲のバーチャルアイドルとしての姿が、アバターとして画面に映る仕様らしく。
音声のみの収録および録音のほうは、依杏と郁伽が来た段階では既に録り終えていた。
あとは編集なり、ということだった。
生配信ではないという。
一方。
宣伝カタログといっても、いつもの葬儀関連のようなもの。
とは限らないので九十九社から、絢月咲の所へ赴いた名目。
依杏。
「これは半分、生身のような感じ。ではないですか?」
と依杏。
楽屋。
郁伽も、社から持ち出したカタログ数冊を持ってきながら。
椅子へ。
そのパイプが鳴る。
「ラジオが音声だから?」
と絢月咲。
「ネット配信ではアバターも出るよ」
喋っている今の絢月咲は、生身である。
アバターではない。
髪の毛を結い、少し早い寒さ対策か。
首を覆うタートルネックの薄いセーター。
それとロングのスカート。
大きめのチャームはルビーレッド。
依杏と郁伽は一方でスーツである。
「声も私の声のままではないの。あくまでも、TーGarme的に編集する」
絢月咲。
アバターではない人間としての、ドロテア・A・ローチャと面識はないという。
「私も一応警察で話を、訊かれたことがあったでしょう」
と絢月咲。
「割と物騒だし、私もちょっと。そのあとの活動には気を付けていた部分が、あって。アバターの方が有名だからね。だからこそ気を付けなくちゃならないの。Se-ATrecの件みたいに人が、殺される事件に巻き込まれるんだったら。特にさ」
「あんたの言いっぷりからしてだ」
と郁伽。
「あまり。ユーオロテのインディーズ活動を、よく思っていなかった。とか」
「うーん。私以外のアイドルとかだったら。そういうのも当てはまるかもしれない。私はとにかく、ガルメを何とかしなくっちゃ。ならなかった」
と絢月咲。
苦笑して言う。
「エクセレっていう私たちの事務所から、生身とバーチャル両立タイプ? が出るっていうのは。そりゃ珍しいことだし新鮮味がものすごくある。事務所としては、それでいけると思ったのでしょう。でも、その反面で同じ事務所からユーオロテをよく思わない人が。居たとしてもおかしくはない。ただ、どう思う思わないは私界隈の話。ユーオロテはだって、亡くなったのは場所がさ」
そう。
時差のある、数登が無事着いたか。
アメリカで、なのだ。
郁伽。
「ユーオロテに関する情報、あんたはどのくらい知っていた。とかはある?」
「正直。私は生身どころか活動。今の場合はバーチャルのことで」
「うん」
「そっちの方すら、ユーオロテとはあまり接触がなかった。実名もいまだに知らない。国籍も」
絢月咲の巻き込まれた、殺人に関する件から。
事務所では更に、アイドルの取扱いについて。
アイドル同士の接触は特に、情報という観点から、縛りのあるものにしていた。
とか。




