10.
立看板。
いつ作られたのかは不明だ。
家の前。
小さい玄関までの数段。
石造りの階段が数段。
そのすぐ脇に立っている看板。
どちらも粗末な造り、と言えるか否か。
石段、そして立看板。
どちらも年月が経っているのには、違いなく。
黒田縫李がこの家に来る前から、立看板はあった。
家の庭と。
それから玄関を出て、すぐの位置。
芝の緑の上に立つ、白く細長い角材。
年月を経た表面の、その木肌の剥け。
逆立った木の細い、黄褐色の繊維。
両隣もまた横長だ。
白系統の横長。
外観としては、縫李の家も同じような形状。
同じような形のもので、両隣。
それから間隔をあけて。
続きで建っている。
家のすぐ、道路向かい真正面。
長く続く、砂浜が見えている。
だが、海がここからすぐかと言ったら。
意外と近いか、というわけでもなく。
立看板に書いてある文字。
現在の時間に居る者が、読んだ場合は判然と、しない。
以前、例えば年単位で、以前の場合であれば。
読むことも。出来ただろうか。
だが木肌の表面の剥けで、時間の経過と共に。
読むに足る文字は変化が激しかったらしい。
どうやら、家の前の道路を案内している。
と縫李は勝手に思っていて。
家の前の道路は右から左へ。
一本道で、閑散としている。
正直、車を走らせるには。
あまり飾り気のない道路。
数登珊牙と縫李。
玄関を抜けて、しばし徒歩。
歩くのは家から見て左側を。
道路を真っ直ぐに。
連絡か……。
俺がまだ、話題へ出たカジノとやらに「行ったことがない」。
ということを。
この数登とやらは、あまり真に受けていない様子だ。
ソフトリーアズへ行ったことのないのは、仕方がない。
ただそれをどう判断するかは、数登の中では別なものとなる。
そもそも数登とやらの関心は、どこにあるのだろうか。
会って間もなく。
よく分からないのは無理ない、のかもしれない。
訊けば数登の地元も、こちらだそう。
サラソータかどうかは不明だ。
州としてなら、同じらしい。
なら、俺の所へ泊まるより。
周辺の、宿の穴場について詳しいだろうに。
そこもまた、数登とやらの独自の考えか。
それとも企みか。
第一、以前は零乃と何かあった、とからしい。
その「何か」とやらを、知ることは出来るだろう。
縫李としては面倒臭くもあった。
たぶん検索すれば出てくる類のものだし、と。
カジノのこと。
ソフトリーアズ。
トリーに連絡を取ってみるとして。
たぶんライブの日の前後に、クラニークホテルへお世話になる。
その可能性大。
あいつなら、そうするだろう。
と縫李は思っている。
零乃は以前、そのクラニークとやらに、お世話になったと聞いた。
ユーオロテとやらも、そうだったのだろうか?
トリーの活動。
数登の前で口を滑らせて、出た名前。
トリー・エーカの音楽活動と、呼べるか否か。
それ自体は、十二歳の時からだという。
以前、縫李は聞いていた。
つるんだ学校の同級生から始まり。
教会、カフェに屯する連中。
そいつら相手に。
自作の曲を披露していたのが、トリーの以前だそうで。
今はインディーズだが、インディーズになる前は更に小規模だった。
音楽や楽器に触れるのが早いうちに、自作の曲を作る。
楽器に触っていれば勝手に、頭の中で。
トリーにとっての「曲」が出来ていった、とか。
実際に形になったその曲。
それは周りからしたら、「曲」の形を取っているか、どうかは不明として。
だが。
例えば何か。
手で触れて耳で聞く、手を動かす、あるいは眼を動かす。
手で触って、次に実際に身体を動かす機会のあるものに触れる。
そんな環境に居て、子供は自然と何か作り出す。
のかもしれない。
統計を取れば、そこに居るという環境と。
その環境に居る子供が、勝手に何かを作るという、事実の相関関係。
とかグラフに出来そうである。
トリーの両親は、大型の楽器を扱うことが多い立場にあった。
トリーの両親の場合、仕事に。
演奏するというより、その楽器そのものに触れる機会。
いわゆる修理や解体の類だ。
そういう仕事をしていたから。
実際、今も店は続いている。
一方でトリー自身。
修理や解体に手を付けるわけでは、当然なく。
両親の元に置いてある楽器へ、勝手に触れる機会があった。
そう。手で触れて、手を動かす環境。
トリーとしては、なんの変哲もない環境。
だが周りとしては、違った視点で映るものだ。
それぞれ持つ違った変哲が各々造る、何かにより。
縫李は、スマホから顔を上げた。
家の前を左に折れ、車にとっての一方通行をひたすら歩く。
着いたのは、大通りへと繋がる辺り。
この辺の通りには、「ガーデン」と名の付くものが多く。
海からの潮風に強い花。
そんな花々を飾っている店々も多いから、かもしれない。
いや、今の風景と前が同じ、とは限らない。
そして実際には通りであって、ガーデンではないのである。
レンタカーと言ったはず。
数登とやらは、それで肯いていた。
了承という意味で?
と縫李は記憶していた。
つい数分前か、あるいはのこと。
レンタカーで移動して、数登が考える目的地に行く、と。
縫李の家からは大分、歩いてから距離自体は遠くなった。
この所謂「ガーデン」の多い辺りまで来れば。
通りという意味でだ。
小回りの利く道が増えていき。
実際に車をレンタルするか、否かという店は増える。
郡から郡を、越すのにも車を利用する場合がある。
数登は連絡を終えたようだ。
個人的に?
スマホを持っていた。
だから数登は、スマホ向こうに連絡を取っていたと、縫李は判断していた。
一方で、縫李の方はまだである。
トリーに連絡するか?
否か。
そのまま立ち止まり。
動かない。
あれ?
何故立ち止まった?
縫李は数登を見た。
レンタカーをご所望なのだろう。
なら、今の位置ならば向かいに店があるだろう。
レンガ造りの、これまた四角い店だ。
縫李は目顔で言ったが、数登の視線は遠く。
何故遠い眼をしているんだ。
縫李は数登と並ぶと、頭半個分低い。
だが目線の高さは。
レンタカーの店が見えるか否かについて、あまり関係のないことである。
縫李は示そうとした。
今度は目顔でなく手振り。
数登は視線を動かさないまま。
ソフトリーアズになら呼ばれやすい。
というかトリーなら可能性は高いだろう。
縫李には、なんとなく想像がついたことで。
これに関しては、取引の話とはまた別だ。
最近だと、ウォレットを置く場所を変えようとか。
いろいろ心配しているように見える。
トリーがである。
直接、ソフトリーアズの舞台で、演奏の機会をもらったと。
そんな話題を出すようになったのは、結構日が浅い。
そして彼の活動の話に及んだのも、最近である。
割と。
呼ばれやすいというのは面識の上で。
ウェス・シーグレイ。
演出という仕事には。
音楽も、その一端を担うとか。そうでないとか。
縫李は、あまり自分で調べていない。
おもての華やかな音楽。音楽家。
様々色をつけていく、おもてと、その裏。
つまり楽器などの道具、そのものに携わる部分。
トリーの両親も所謂、裏ということになるのだろう。
楽器など、そのものを扱うがゆえ。
かつ、トリーの両親にとっては、幸いなことに。
支店に増えていく最中だったという点も、挙げることが出来た。
演出家その他数名と、関わりの持てる機会。
そういうのが、トリーの居る環境にて。
ごくまれにだが、あったらしい。
なんの変哲もない中の、ごくまれで。
レンタカーではなかった。
立ち止まっていたが、その結果は出ていた。
結果?
その結果は、乗っている。
移動はしている。
だが数登と縫李は実際、立ち止まっていただけである。
要するにレンタカー以外に乗っている。
という結果に落ち着いていた。
何故だ。
と縫李は思っていた。
午後からの吹く風。
徐々にひんやりしてきている。
少々窓が開いている。
その窓を伝って車内へ来るのは、大体が熱気を帯びた大気。
だが今の時間では、熱気を帯びた潮風ではなくなっている。
潮の成分が多いのには変わりない。
運転席の男。
少し横を向いた様子。
「そちらは?」
という声が聞こえる。
数登へ尋ねたのだろう。
「ええ。宿を貸して下さっています」
「なるほど」
「ウェス・シーグレイが来ていると」
と数登。
「ええまあね」
運転席の彼は言った。
来ているって、なんだ。
どこに。
と縫李は頭の中でツッコんで。
「冊子で見たでしょう」
と運転手。
「ええ」
数登と縫李は隣で、後部座席である。
「なんとお呼びしましょう」
と数登。
運転手に訊いたのだろう。
「なんでも」
と言って。
笑った様子。
「エラニーなんてどうです?」
「エラニーね」
と数登は苦笑。
内側から見てもタクシー。
それは外側から見ても、同じく。
内観外観、タクシー。
何の変哲もない。
そうか?
運転席にいる、運転手。
「エラニー」?
ギデオン・C・エスター。
それが彼の名前のはずだ。
車内表記にそうある。
そのエラニーが言った。
「クラニークホテルで?」
数登が答える。
「ええ」
「栞のほうはどうします?」
「いえ。そちらで使っていただいて構いません」
トリーとシーグレイ。
支店が増えていった、トリーの両親の店。
演出家と音楽の関係。
演出とは?
シーグレイもまた直接の楽器に触れる機会。
そういうのを自身設けていたと予想出来た。
でなければ、トリーの何の変哲もない環境に。
ごくまれというのは、起こらなかったはずだ。
両親の店なり。
支店なり。
楽器とその環境の中で、勝手に楽器に触れているトリー。
演出家と音楽の関係。
恐らくそこで、何か世間話から入ったか。
そんな変哲のない会話と、楽器と。
栞?
クラニークホテル?
「機内で一度、お会いしましてね」
と数登。
エラニー。
「なるほど。だがそいつと私は、既知であって別人です」
「ほう」
縫李には分からなかった。
当たる潮風を緩めるため。
背凭れへ深く座る。
栞ってなんなんだ。
トリーが、ソフトリーアズへ呼ばれやすい理由。その一。
シーグレイとの関係。
今のこの、エラニーと数登の関係は?
会ってまもなく、というのではなさそうだ。
ということしか、縫李には果たして。
分からなかった。
クラニークホテルは、数登との間で話題に出たことだ。
「栞」とは?
どの時点の話題だ。
数登とエラニーはまだ話している。
縫李は窓を見つめた。
その二。
トリーがソフトリーアズへ呼ばれやすい理由。
つい最近知ったことである。
つい最近が割と多い縫李だった。
アカウントを所有している、ということらしい。
「ニッカトール・ダウナー」。
つまりカジノのソフトリーアズで言うところの。
“アカウント売買ゲーム”。
そのアカウントを、トリーは所有していると。
縫李はアカウントを持っていない。
コミュニティで検索すれば意外に、簡単に出て来た。
トリーのアカウントと紐づくキャラクターが、である。
実名では、登録していなかった。
トリーの場合。
「エラニー」。
彼はどうだろう。
なんの変哲もないタクシー。
ギデオン・C。
Cだ。
声の感じからして、「ギデオン」という感じでもないし。
縫李は頭を巡らせる。
エラニーはどこから出た。
Cからエラニーは無理がある。
何かミドルネーム?
いや。
声の感じは「エラニー」とも違う。
だったらなんだろうか。
あくまでカジノ内でおこなっている。
ゲームとしては。
アカウント売買があろうが、なかろうが。
ゲームとしてプレイ出来るものとして、完結している。
それで成り立っている。
カジノの売買と、ゲーム自体はまた別の物。
アカウント売買というのは本来なら、ゲームとは別物だ。
トリーは、というと。
ゲームプレイのほうでは、そんなに強くないとか。
だから賭けのための、アカウント売買に一歩。
脚を踏みいれるであろう可能性は極めて低い。
それは言える。
そもそも。
縫李は思っていた。
たった一、二分で陣地内の隠れた敵を見つける?
それは可能か?
出来るのだろうか。
「ニッカトール・ダウナー」でカジノの場合だとプレイは、一回七分。
その七分でなんとかする。
出来るのか?
トリーには無理だったよう。
数登に縫李はゲームについて、説明したものの。
そのプレイするであろうゲーマーの手さばき。
縫李は、想像がいまだに出来ない。
仮にゲームをやったとして自分も、トリーと同じことになりそう。
とか思う。
タンパへ行けば。
カジノの豪勢さは凄いものになってくる。
ソフトリーアズは一方で規模は小さめ。
位置的にはタンパ寄り。
だがタンパまでは入りきらない場所にある。
通りがだんだんと派手になってくる感じ。否めない。
赤と黒。
トラントエカラント。
サイケデリックな装飾の施された建物。
道路に敷かれた色まで派手なものが目立ってくる。
辺りが暗くなれば。
この色合いが夜の街を赤やら青やら。
染めていくのだろうか。
で。
レンタカーではなくこのタクシー。
話題に出たクラニークホテル。
いま向かうは、そこだ。
「栞」がなんだか、縫李には分からない。
だが。
いま向かう目的地の話題には、ついていったつもりの縫李。




