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毛玉令嬢の幸せ結婚記

作者: CK

「なんでメリアは一緒に行けないの!」

「それはメリアが竜人族だからだよ。頼むからフェザリス、父さんを困らせないでくれ」

「お嬢様。メリアはそのお気持ちだけで嬉しいです。どうか、主様を困らせないで、馬車に乗ってくださいませ」

「いや! 絶対にいや! メリアが行かないなら私も行かない! ……うっうっう、びえええええええええ」


世の中の仕組みを知らず、理解しようともせず、ひたすら駄々こねて泣きじゃくっている8歳の少女。馬車に乗ることを拒否して、地面でバタバタしているのが、何を隠そう私である。

あー、恥ずかしい。

なんて恥ずかしい光景なのかしら。


竜人族の侍女、メリアが大好きすぎて、一緒にパーティーに行きたいってごねたんだっけ。赤毛の天然パーマの髪の毛には、大量に砂利がくっついてしまっている。ずいぶんとみんなに迷惑をかけたことを覚えている。

ああ、神様。どうかこの馬鹿な少女に鉄槌を。頭の上に石でも落としてやってください。

……そういえば、この後確かに頭に石が落ちて来たような!? すみません、神様。どうか少しだけ手心加えて下さいまし。


――。


「ねえパパ。あの綺麗なお角の人は誰?」

「彼は竜人のお偉い貴族様で、コウレウス様という方だよ。パパと大事な話があるからフェザリスは部屋で大人しくするんだよ」

「いや! 私あの方とお話したいの!」

「フェザー!?」


そう言って全力ダッシュでお客様にツッコんでいく10歳の少女、そう私である。

あーらら、すっかり目がハートになってら。

初恋を知ったのはこの頃だったのね。



――。


「何を落ち込んでいるんだい」

「コウレウス様には関係のないことです!」

「……婚約おめでとう。王家の素敵な男性と婚約されたそうだね。子爵様と仕事の話もあったのだけれど、実は、今日はそのお祝いで来たんだよ」

「……コウレウス様のバカ! 大バカ! 大っ嫌い!」


コウレウス様に当たり散らかしているのが、13歳の私。まるで青年のように若いコウレウス様は綺麗なお顔と、竜人族特有に立派な二本の角を生やしているが、ああ見えて58歳とそこそこの歳である。人の何倍も生きる彼らはあれでも若いのだけれど、数字だけを聞くと私がおじ専みたいだ。

好きな人と一緒になれず、顔も知らない王族との婚約に毎夜涙した頃ね。


竜人族の悲しい運命を知ったのもこの頃かしら。メリアがただの侍女ではなく、奴隷だって言うのを知ったのは。



――。


「君はいつも動物と一緒にいるな」

「はい! 私犬も猫も、馬も、牛も羊も、みーんなみーんな大好きなんです! だからみんなからは毛玉令嬢だなんて……へへっ」

「……まあそれはいい。ただ、社交の場では匂いに気を付け給え」

「は、はい……」

「それと獣人と竜人には近づくな。あんな下等生物たちと関わるなど、我が王国の沽券に関わる」

「……はい」


王子の嫌味に耐えている、15歳の私。他の令嬢とのお茶会に、馬やら羊やらの毛をくっつけて行ったのは申し訳ない。ルーア御令嬢の紅茶に毛玉が入っちゃったのは、本当に本当に申し訳ない!

けれど、私には私の好きな道があるのに、それを否定されるのは辛いことだ。私は動物が大好きなのだ。

それに、メリアとコウレウス様を侮辱したあの言葉、今思い出しても腹立たしいです。

……あのタコ助野郎!



――。


「君との婚約を破棄する! ……我慢の限界だ。君のような落ちこぼれ、僕には相応しくない。それに僕は真実の愛を見つけたんだ」

「ふふっ、そういうことよ。毛玉令嬢」

「……そんな。あんまりです。……ひっく。私だって、必死にオクト様に相応しい女性になれるように努力していたのに。それを結婚直前で破談にするなんて、あんまりです」

「馬鹿な女だ。そもそも君は僕に相応しくなかったんだ。どんな汚い手で両親に取り入ったか知らないが、真実の愛の前にはどんな障害も敵わない!」

「ううっ。ううっ。ひっく。うわあああああああああああああん」


あらあら。化粧を崩しながら大きく口を開けて号泣する、16歳の私。

あちゃー、アイシャドウが崩れて、お化けみたいになってるわね。あのタコ助、とんでもない場所とタイミングで婚約破棄してくれたわね。後から聞いたんだけど、王家と仲良くなったのは、裏で父がいろいろうまく立ち回ったかららしい。父は有能だけど、おかげでとんでもないクズ男を引いたものだわ。オクトのタコ助野郎!



――。


「あのタコ助めが! 我が娘を傷つけた挙句、悪評まで流しているらしい! うちの娘が犯罪者で、あばずれだと!? 慰謝料をたんまり請求してやる! 待っていろ、メリー!」

「パパ、もういいの。もういいのよ……」

「旦那様、王家からお達しが届いております」

「……なに? 『メリーの犯した数々の罪を黙って見逃すわけにはいかない。罪を償いで、竜人族の領主コウレウスとの婚約を命じる』だと!? 王家め、やりたい放題やりおって! 嫌がらせで竜人族と婚約だと!? うちの娘をなんだと思っている! コウレウスはいいやつだが……これではあんまりだ!」

「……へ?」


ああ、来た来た! 奇跡。

パパ、もう余計なことしないで! 抗議とかいらないから! 深夜に城に乗り込んで、王様相手に直談判とかいいから!

頼もしいけれど、私にとって奇跡が起きてるから!

結局慰謝料をたんまり取ったんだよね。ほんと逞しいよ、我が父……。



――。


「まさかこんなことになろうとはな。君には屈辱だろうが、今は王家の言うことには逆らえない。知っているだろうが、我が国は先の戦争に負けて、レーゼン王家には逆らえないのだ」

「ええ、仕方ありませんよね! うんうん。私も逆らえないと思います。うんうん」

「竜人族を取り巻く環境は厳しいが、我が一族は君を快く受け入れると決めている。君の父上にはお世話になっているしね」

「父上が?」

「ああ、こうしてレーゼン王国に来るたび、良くして貰っている。……我々は迫害を受けているのだ。宿すら見つけるのが大変なくらいだ。しかし、子爵だけが毎度我々を受け入れてくれる」

「……私、この国のやり方は好きじゃありません」


お父様がコウレウスたちを受けいれていたのは、彼らの角を得るのが目的だったみたい。

竜人族は定期的に角が生え変わる。その落ちた角を煎じて飲めば、竜人族のごとく長く生きられるという迷信がある。

というか、その迷信を広めたのが何を言おう、我が父である。ああ、情けない。何やってんだ、父よ。

その薬で王家に取り入ったらしい。ああ、父よ……!

しかも効果なんてないらしい。ああ、父よ……!


――。


「竜人族の国は寒いだろう?」

「ええ。でもこのドラゴンシープのコートのおかげで暖かいです! 雪も積もっていて楽しい。……それに」

「それに?」

「コウレウス様と一緒……」

「ん?」

「なんでもありません!」


うわあああああああああああああああ。叫びたい。恥ずかしくて、叫び出したい。顔が真っ赤になる。なんだ、この初々しい頃は! 熱い、顔が熱いです!

私、コウレウス様が好きすぎて、顔もまともに見れていない。ずっと腕にしがみついて、下ばっかり向いちゃっている。

父が竜人族のアルテミス王国で商売を成功させた頃でもある。


――。


「きゃっ。あっははは。コウレウス様! この子達ったら本当にかわいいです」

「君はミニドラゴンが気に入ったみたいだね。それに、彼らが人間に懐くだなんて珍しい」

「こんなに陽気で、無邪気な彼らが? ふふっ、なんだか嬉しい」

「……フェザリス」

「……はい?」

「僕たちの結婚は不思議な縁だったが、今は素直にこう思う。君と結婚出来て良かった」

「えっ? ええーと。はっはぃ! わっわたしぃ! もそうおもいましぃ」

「綺麗だ。フェザリス。こっちにおいで」


うひょおおおおおおおおお。どひゃあああああああああああ。

この記憶で、飯が三杯行けますわ!!


――。



「彼女はもう助からない」

「そんな! そんな! 私をかばったばっかりに……」

「君を守るのがメリアの仕事でもある。まさかレーゼン王国から襲撃があろうとは」

「ごめんなさい。私なんかのために。本当にごめんなさい」

「フェザリス様……謝ることなんてありません。二人に仕えられて、私は幸せ者でした」

「フェザリス。……なんだ、その輝きは!?」

「フェザリス様!? その……力は……」


私が聖女の力に目覚めた18歳の冬だ。

100年に一度の奇跡の力。それがまさか国で毛玉令嬢と蔑まれていた私に宿るなんて。まさか、まさかよね。おかげでメリアは助かるし、竜人族に大きな恩恵があったはで、最高だったんだけど。人生って本当に分からないわよね。

父は聖女印の、御団子とか売り出してたわね。我が父は逞しい。


――。


「もうレーゼン王国との戦争は避けられないな」

「……やはりそうなってしまうのですね」

「ああ、これ以上の暴挙は許されない。我々は自由を求めて戦う。君を、そして私たちの子供を守るためにも。皆のもの、立ち上がるぞ!」

「……わかりました。では、私も前線に行きます。聖女の力を存分に使ってください!」

「ダメだ。危険すぎる」

「いいえ! 行きます! 行くって言ったら行きます! 絶対に行きます!」

「……君ってやつは」


相変わらず強情ね。10代の頃から全然進歩してないじゃない。……恥ずかしい。

でもおかげで、この戦いに勝って、私たち竜人族の国アルテミスは自由を勝ち取ったのよね。今は差別もなく、対等な立場で国の関係が修復されている。

獣人も竜人も幸せに暮らしていける時代がようやくやってきたのだ。

一方、父は大商人になっていた。


――。


「フェザリス様。敵軍より王太子のオクトを捕らえました。処遇はいかように」

「捕虜にしなさい。いずれ取引材料になるでしょう」

「おや? 君はまさか、毛玉ちがっ。フェザリスか! 私だ。元婚約者のオクトだ! 昔良くしてやっただろ! どうか助けてくれ! なあ!」

「捕虜の規則に従って扱って下さい。しかし、今回の愚かな戦争を起こした主犯です。我々は誇り高き竜人族ですが、怒りや悲しみの感情を持つ者です。感情に任せて、彼に何かをしたとしても、咎めないことを付け加えておきます」

「……フェザリス! フェザリス! この毛玉令嬢の分際で、俺様に立てつくのか!!!」


哀れな人。


「ぷはっ!」

「フェザリス様、今回はずいぶんと長く潜っていましたね」

メリアからバスタオルを手渡され、私は体を拭く。

記憶の洞窟から汲んできた水をお風呂に浸し、そこに潜り込むことで過去の記憶を見ることができる。


今回は長く見すぎたかもしれない。

だって、コウレウス様との結婚10周年だもの。


「ママ?」

お風呂から出ると、可愛らしい角を生やした私の息子が寂しそうに立っていた。

一人で寂しかったみたいだ。


「コウレウス。いらっしゃい」

抱き上げると、嬉しそうに笑う。その笑顔は、今や国の英雄と称えられる、この子の父親そっくりだ。

今はいなくなったあの人の名前をこの子につけた。

あの人と同じく、逞しく優しい人になるように、そう願って。


「メリア様、今日は独立9周年です。国母様である、メリー様が姿を見せるのを国民が楽しみにしておられます」

「支度するわ」

今は私も立場ある人間だ。聖女として、国母としてやることは多い。

「……寂しいですか?」

「……少しだけね。でも強く生きなきゃ。私は今やただの毛玉令嬢じゃないもの。……毛玉国母よ!」

「ふふっ。毛玉国母様、一生あなたにお仕え致します」

「ええ、ついてらっしゃい、メリア!」


あの方、コウレウス様はもういない。けれど、私の幸せな結婚記は決して無くなることはない。未来永劫。

父は、レーゼン王国を裏から牛耳るほどの大物になっている。


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