コモドの帰還9
その夜、アネーリオに留守を任せると、コモドは墓地を右手にした長い長い階段を歩んで行った。
老師の屋敷の前には燭台が爛々と燃え上がり、ペケが堂々とガーゴイルの銅像のように勿論四つ足で佇立していた。
「よぉ、ペケ」
コモドが言うと老師の家の玄関の引き戸が開いた。
「コモド殿、老師と村長殿達が御待ちです」
ヌイが顔を出した。そして外に出る。
「ヌイさんは?」
「有事の際、私はこの村のために戦うつもりはありますが、今はまだ込み入った部分まで聴ける資格はありません。ただの異国の旅人。席を外させていただきます」
「真面目なのねぇ」
コモドはそう感心し笑いかけると家の中に入った。
土間があり、囲炉裏を三人の人物が囲んでいた。
「来たかい」
アメリア老師が言う。他にはロベルト村長、何故か墓守のスミスじいさんまでいた。
「お晩です、皆様」
コモドが挨拶すると背後で引き戸が優しく閉められた。
ロベルトが席を勧め、スミスじいさんはニコニコ笑っている。コモドの正面はアメリア老師だった。
「コモド、王都に様子を見に出たいそうだね」
アメリア老師がまず言った。
「ああ。ちと、気がかりじゃん、情勢とか。こっちには全く情報が入って来ないし」
コモドは新緑色の幼女のことを話そうかと思ったが止めた。幻だったとは思えない、ならば何だと問われても困るが、あの幼い女の子はこの村にとって大きな存在なのだろうと自分なりに予想していた。そう、神がかった話だ。そうそう聴いて納得してもらえるものではない。
「で、何でスミスじいさんが?」
コモドは気になっていたことを尋ねた。
「スミスじいさんは王国の退役軍人だからな。そのツテをあてにできないかと思ったのさ」
ロベルト村長が言った。
「私は将校だったからね。今の三、四十代ぐらいの兵士なら大体、私のことを知っているとは思う。中には昇進して国政に近い立場になった者もいるかもしれない」
「なるほどね」
コモドは頷いた。
「だけど、そう簡単に国家機密を話してくれるもんかね?」
ロベルトが言った。
「言わないだろうね。だからコモド、アンタが探るんだよ。目と耳と足を使ってね。手を使う事態にはならないことを祈るがね」
アメリア老師が言った。
「コモド君。私のことは偉大なる左手のスミスと言えば、通じるだろう」
スミスじいさんが言った。偉大なる左手とはまた物凄い呼び名だ。スミスじいさんは只者ではなかったらしい。
俺っちの目も節穴かな。コモドは苦笑し、頷いた。
「偉大なる左手のスミスね。分かったよん」
その日の夜、こうしてコモドが王都へ出ることに決まった。外に出るとヌイが満天の星空を見上げていた。
「ヌイさん、終わったよ」
「そうですか」
ヌイはゆっくり振り返った。
「コモド殿、何があるか分かりません。ペケを連れて行ってもらえませんか?」
「ペケを?」
コモドは少し驚いて偉丈夫の馬を見て応じた。この馬脚なら頼りになる。
「遠慮なくお借りするよ。ありがとう、ヌイさん」
「では、明朝に下まで連れて行くので」
「うん、よろしく。悪いね」
「いえ、私も死に場所はこの村だと決めているので微力でも力になりたかったのです。ペケは脚力があり、丈夫で頭が良い、最高の馬です」
「分かった。ヌイさんだと思って大事にするよ」
コモドが微笑むとヌイは頷いた。
そうしてコモドは家へと引き上げた。
二
「少年」
「何、コモド兄ちゃん?」
まだ寝るには早く、剣を磨いていた手を止めてアネーリオは振り返った。
「都見物に行く気はあるかい?」
「え? あ、うん」
合点がいかなかったように応じた後、アネーリオは頷いた。
「見聞を広めに来たんだからね」
少年はそう言った。
「よしよし。二人でコソコソするよ」
「コソコソ?」
「そう、俺っちに遅れないようにコソコソ動くんだよ」
「う、うん、分かったよ。こそこそよりは堂々の方が好きだけどな。フラ兄ちゃんみたいに」
フラマンタス。彼がいればどれほど心強いか。コモドは自分が怖じ気付いていることに気付いた。もしも戦争になって村が巻き込まれたら……。
「明日は何時に?」
「そうだな、四時半起き。飯食って、ヌイさんと待ち合わせ」
「ヌイさんと?」
「ああ、ペケを貸してもらえることになったんだ」
「ペケを? それは凄いけど、二人で乗るの?」
「そうだよ。ペケの脚力についていけるのはたぶん、ロベルト村長のところのロッシだけだと思うけど、念のために残しておかなきゃね」
「一人で乗りたかったな」
アネーリオがぼやいた。その肩をコモドは叩いた。
「まぁまぁ。そうだ、設定は俺達は兄弟だからね。そこ忘れないように」
「うん、分かったよ。コモド兄ちゃんのことは本当の兄ちゃんみたいに思ってるから問題ないよ」
「嬉しいね。それじゃ、寝よか」
三
朝、定刻通りに二人は起きて食事を済ませた。
そのまま墓場まで来るとペケを引き連れたヌイと、それとスミスが待っていた。
挨拶を交わした。
「それじゃあ、ヌイさん、ペケをお借りします」
「ええ。ペケ、しっかりね」
「任せてよ」
コモドは腹話術で答えた。ヌイが周囲を見回した。
「ペケ、お前、言葉まで」
彼女は口元に手を当て驚き、そしてどうやら感動してしまっていた。
「ほっほっほ、今のはコモド君のいたずらですよ」
スミスじいさんが言った。
「まぁ! コモドさん! 私てっきり!」
「めんごめんご。ちょっといたずらしたい気分になってね」
「道中、十分お気をつけて」
ヌイの目が真剣なものになった。
「ありがとう、ヌイさん」
「戻ってきたらまた勝負してください」
コモドとアネーリオは異口同音に答えた。
そして村の東門まで来ると、門番のジェイクという壮年の村人が言った。
「今日は朝早い人が多いんだな」
「そう?」
コモドは首をかしげて門を抜けた。
そうして目にした光景に驚いた。
「やっほー、コモドにぃ!」
愛馬ロッシを連れてクレハがそこに待っていたのだった。