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コモドの帰還  作者: Lance
73/73

コモドの帰還73

 総勢千五百、傷だらけの兵士達が戦場の真ん中に集った。騎兵が先に後には歩兵が続く。

「コモド殿」

 ウルフに名を呼ばれ、コモドは己の役目を理解した。

 みんな、聖人コモドの名の下に集まった人達だ。

「これから敵本陣へ突撃を仕掛ける! ただ声を上げて駆け抜けるだけで良い、皇帝を怯えさせてやろう!」

 コモドの声に人々はいたずら小僧のような顔になり唱和して応じた。

 戦場を見る。ヤトと教会戦士団目掛けてまとまった敵の兵力が注がれている。皇帝の陣はがら空きだった。まばらに敵兵が残っているが、彼らは個人だ。まとまっていない。おそらくこの千五百には怯んで手を出さないだろう。

 イシュタルを先頭にウルフ、ヌイ、コモド、シグマ、ロベルト、パパスが列の先頭に着いた。

「よし! 仕掛けるぞ!」

「応っ!」

 コモドの声に皆が力強く応じる。緊張感が漂う戦場に一つだけ希望に満ちた部隊がある。それがこの隊だ。馬は駆け、歩兵が負けじと続き、皇帝の陣の横腹に向かって突撃する。

 鬨の声が重なり合い、皇帝を守護する部隊が気付いて、陣形を固めようとする。だが、遅い。あまりにも動きが遅い。戦の直前にカツヨリが鼻で笑った理由が今でも良く分かる。インバルコは戦い慣れていない。そこに同じく戦い慣れていないクルー王国再興軍の民兵隊がぶつかってゆく。

 イシュタルを先頭にコモドもすぐに敵部隊の中へと入った。

 そのまま駆け、ただ茫然とし手出しできず、まるで道を譲る様に慄く敵の将兵の間を抜け、皇帝の前を横切って行く。

 だが、コモドはそれだけでは済まさなかった。流星鎚を懐から取り出し、振り回して愕然と佇立する間抜けな老人目掛けて鎖を放った。鉄球は見事に野心の権化の老人の黄金の兜に衝突し転倒させた。

「陛下!?」

 近衛達が慌てて声を出す。

 民兵達は最後まで声を上げ続け、駆け抜けた。そのままグルリと、カーブを描いて敵勢の前に陣列を敷いた。

 敵部隊はバラバラに壊乱し、恐慌をきたしていた。こんなはずでは無かったのだろう。皇帝も将兵も。一度勝った国相手に負けるとは思わなかっただろう。そこにヤトと教会戦士団が合流し、三つの陣が肩を並べた。近衛隊が合流し、列の中を三騎士に守られたフリード王子が歩んで最前列へと立った。

「インバルコ皇帝! これで戦を終わらせよう。両国は共存し、共にこの大陸で繁栄の道を歩もうでは無いか」

 敵の隊列が不規則に割れ、近衛兵二人に肩を借りたインバルコ皇帝が離れたところに見えた。兜は落ちていた。

「わ、分かった。共存共栄を約束しよう」

「未来永劫に」

 フリード王子が声高に言う。

「そ、その通りだ!」

 インバルコ皇帝は泡を食った口調でそう応じると、フッと意識を失いその場に倒れた。

 気分は高揚していた。インバルコに勝てたのだ。

「よろしい。ならば我々は引き上げるぞ。このことを民に知らせねばなるまい。諸将、兵士諸君、参ろう」

 フリード王子が背を向け白馬を進ませる。クルー王国はここに再興した。

 良かった。本当に良かった。払った犠牲は大きいが、彼らの意思に応えることができた。

 コモドは自分の気力がいつの間にか限界に来ているのを感じた。頭がグラグラする。身体が寒い。汗が冷たい。歩んで行くうちに意識が明滅し始めた。

 ごめんね、クレハ。二人でケーキ屋さんできないかもしれない。

「コモドさん、本陣へ戻ったら治療を!」

 ヌイの声が聴こえた。

「ああ、そうだね。大丈夫。先に行ってて」

 コモドは馬から落ちた。



 2



 ここは偉く穏やかなところだ。丈のある草の上に寝転び、微風が優しく身体を撫でる。淡く心地良い太陽の光りが寝転ぶ彼を優しく照らしていた。

 キラキラと朧気に輝く世界。いつまでもここで寝転んでいたい。コモドは幸福感に包まれているのを感じた。全てから解き放たれた心地良さというのはこういうものだろうか。

 誰かが歩んで来る静かな音が聴こえた。

 その人物は三十半ばほどの男前の顔立ちをした。兜をかぶり白銀の鎧を着ている。

「ようこそ、はざまの世界へ」

 相手は溌溂とした魅力的な声でそう言った。

「はざまの世界?」

 コモドは寝ころんだままオウム返しに尋ねた。

「そう。死せる者が来る最初の世界だ」

「死?」

 コモドは思い出す。意識が朦朧としていたことを。狐の頭領の毒矢がついに命を奪ったのだろう。

「信じられないだろうが、君は死んでしまったのだ」

「信じられるよ。俺、コモド。あなたは誰?」

「私はバルバトス。時折、ここに現れる死せる者がいないか見回りに来る」

「ようやく、俺にも長い休憩が与えられたわけだ」

 戦に翻弄され続けた自分の本心を思い出す。慌ただしかった。ただ、残念なのはクレハを残してきてしまったことだ。

「村へ行こう。私の仲間達もいる。きっと歓迎してくれる」

「なら嬉しいね」

 コモドが起き上がろうとした時にバルバトスが少し驚いたような顔を前方に投げ掛けた。

「おや、コモド殿。あなたはまだ死ねないようだぞ」

 顔を起こしてバルバトスの視線の先を辿る。

 そこには緑色の髪をし、白い衣を纏った幼い容姿の女性が立っていた。

「精霊神様」

 コモドが言うと精霊神は頷いた。

「コモド、ようやった。お主の働きで大陸に永遠の平和が訪れた。だがな、お主がまだこちらへ来るのは早い。戻ろうぞ、グロウストーンへ」

「そっか、戻りましょ、グロウストーンへ」

 コモドは起き上がった。

「バルバトスさん、またいつか会いましょう」

「そうだな。悔いの無い生をコモド殿」

 バルバトスは微笑んでそう言った。

「行こうぞ。コモド」

 精霊神が手を伸ばした。コモドはその手を掴んだ。




 3



 鉈を振るう。薪が二つに割れた。

 家の裏でコモドは溜息を吐いた。散らばった薪を集めなければならない。

 あの後、戦友達に囲まれた中でコモドは息を吹き返した。「やぁ、元気?」と、問うとヌイがその身体をきつく抱き締め嗚咽を漏らしていた。

 シグマが初めて驚いた顔を見せていたのは傑作だった。あの偏屈鉄仮面の度肝を抜いてやったぞ。そんな気分だった。

 それから一年が過ぎる。

 カツヨリらとフラマンタスは帝国を威圧するように少し残っていたが、敵意無しとみて故郷へ引き上げた。その時にクルー王国、ヤトの国、教会戦士団で同盟が結ばれた。

 戦友達もそれぞれの道をさっそく歩み出していた。

 ウルフとイシュタルは、フリード王に才を請われ、城勤めの身となり、城下に居を置くこととなった。

 シグマは旅に出たのだが、その旅にヌイが無理やりついて行くことになった。

 ルナセーラはジェイクと孤児達と共にウルフらが住むはずだった家に身を置き強く優しいお母さんをしている。

 アネーリオ少年は決戦に参加できなかったことを悔やんでいたが、今はエクソア大陸で教会戦士見習いとなった。お金を稼いでマリアンヌ姫と一緒に住みたいという手紙が送られてきた。

「村長さん!」

 声を掛けられ振り返ると、村の少年が一人立っていた。

「どうしたの?」

「これ、見て」

 少年が手を広げるとそこには一匹のトカゲがいた。いや、見間違うはずがない。

「カラカラ!? え? どうしたのこれ」

「やっぱりカラカラだった。老師様の石段の上に居たんだ」

「そっか、ありがとう。でも、元の場所に返してやってくれるかな?」

 コモドは優しく言った。カラカラはもう老齢のトカゲである。最後に自由を謳歌し、自然の中で天寿を全うして欲しかった。

「うーん、村長さん、嬉しくないの?」

「いや、物凄く嬉しいよ。カラカラは御老人だからもう会えないと思っていたけど。最後は自由にしてやりたいかなって」

「そっかー。元居た場所に逃がしてくるね」

「うん、ごめんね、ありがとう」

 コモドがそう言うと少年は走り去って行った。その背を見て思った。

「早いかもしれないけど俺も二人目が欲しいな」

 コモドは少年の背が見えなくなるとそう呟いた。

 その愛しい妻が小柄な身体に赤ん坊を抱いて現れた。

「ほら、ジュニア、お父さんだよー」

 クレハが言うと、二人の子供、コモドジュニアは声を上げて泣き出した。

「お父さんのこと嫌いみたいだね」

 クレハが笑った。

「傷つくようなこといわないでよ」

 コモドはガクリと肩を落とした。コモドジュニアはお父さんの姿を見ると泣いてしまうのだ。ただし、それは祖父であるロベルトにも言える。男の子なのに男を見ると怖くて泣いてしまうらしい。

 ロベルトと言えば、グミ村のパパスもヤトの忍び頭チヨと結婚した。時折夫妻で来てパパスは妻にデレデレぶりを見せ付けてくれる。

「ジュニア、おっぱい飲もうか?」

 クレハが言った。

「あ、お父さんもお母さんのおっぱい欲しい!」

 コモドが言うとクレハが笑った。

「だーめ。お母さんのおっぱいはジュニアのものだもん」

 その言葉にコモドはガクリとうなだれた。

 するとクレハが耳元で囁いた。熱い吐息が耳に掛かった。

「今晩ね。だから薪割り頑張ってね、お父さん」

 クレハが家の中へと引き上げて行く。

 コモドはまるで彼女に再び恋をしてしまったような気分だった。

 いや、何年経っても何回でもクレハに再び恋する自信はある。それだけうちの奥さんは可愛いし綺麗だ。

 さっそく下腹部が熱くなり、コモドは勇んで再び薪割りを始めたのだった。



 fin

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