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コモドの帰還  作者: Lance
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コモドの帰還71

 原野に一万と三千余りの軍勢が展開している。

 ヤトの侍衆と教会戦士団も加え、敵は今か今かと到来を待ち受けていた。

 隠れ潜むことの出来ない平原の向こうから土煙を上げ、地鳴りを響かせてインバルコの軍勢が現れる。王冠に三日月を頂く旌旗は、クルーの兜と太陽の旗とはまるで正反対だった。

 クルー王国は太陽が戦士を照らし、インバルコ帝国は三日月が皇帝を照らしている。これだけでも何が重要視されているのか、悟れるものであった。それにコモドには分かっている。あの皇帝は欲深い。この大陸の全てを欲し、権威を振るいたがっている。

 この機に攻めに乗じれば勝てるだろう。だが、今回ばかりはいずれの正義が勝つのかが分かる戦い。卑怯な真似はせず、例え敵が自軍を上回ろうとも陣列が揃うのを待つしか無かった。

 二千に分けた民兵隊の後ろで武将コモドはシグマと共に敵の様子を眺めていた。

 インバルコ帝国は陣列を整えるのに十五分もかかった。

 カツヨリが鼻で笑い大声で言った。

「どうやら本格的な戦は不慣れな様子だ! 勝てるぞ!」

 するとフリード王子がアインと名付けた白馬を進め、先頭に出た。

「インバルコ皇帝に物申す!」

 そう声高々に言った時だった。

 帝国側から一騎が走り出て来た。

「我が名はクウガ! 皇帝陛下が貴様らドブネズミにも劣る者達と対等に言葉を交わすと思っていたか、おめでたい奴め! 命乞いをして、帝国への忠誠を誓え!」

 すかさずイシュタルと三騎士が馬で飛び出した。

 フリード王子は三騎士に守られ、下がり、イシュタルだけが残った。

「ほぉ、先の戦いで猛威を振るったヤマンバとは貴様のことか。女だろうと容赦はせん! 前座を設けてくれよう!」

 クウガが槍を振るいながら言うと、槍先をイシュタルに向けて馬腹を蹴った。

 イシュタルは静止したまま、黙と戟を下げ、クウガの刃が迫った瞬間、得物を突き上げた。

「ぬおっ!?」

 クウガが間抜けな声を上げて落馬する。イシュタルが馬を進めようとした時だった。

「全軍かかれー!」

 敵勢から声が上がり、ラッパが鳴らされた。

「フリード王子!」

 カツヨリの声が聴こえた。

「カツヨリ殿、よろしく頼む!」

「分かった。法螺貝の音色を聴かせてやれ!」

 野太い音色が鳴り響き、ラッパの音を打ち消した。

「全軍、かかれ!」

 フリード王子の声が轟く。

 ヤトの侍衆が、教会戦士団が、そしてコモドも下知した。

「みんな、俺達の力を見せてやれ、かかれー!」

 天地鳴動。大地は揺れ、両軍の馬蹄と靴音が合わさり、甲冑が鳴り、そこに鬨の声が加わった。

 騎兵隊が、歩兵隊がぶつかり合う。コモドの正面は長槍を構えた歩兵部隊だった。同じ歩兵部隊を指揮していたのでありがたかった。騎兵の突撃を槍で止めることは可能だが、この薄い層なら何段かは崩され損害が出ただろう。それでも早くも悲鳴が上がった。

 敵の長槍が数人を串刺しにしている。

 コモドは早くも居ても立っても居られない状態になり、ヒャクシキの馬腹を蹴った。民兵達の間を進み、長弓を構えて、雲霞の如く押し寄せる敵勢に向かって、最前列の者から順番に射た。

 コモドの援護により中隊は威勢を盛り返し、長槍を繰り出し続けた。

 ふと、教会戦士団を見た。

 分厚い鎧を盾に徒歩で敵の騎兵の中を斬り進んでいる。先頭に立つ男は巨大でまるで馬に跨っているかのようだがそうではない。フラマンタスだ。二メートル五十という巨躯は彼に合わせて造られた教会戦士団の証である十字剣を薙ぎ払い、草葉を刈り取る様に敵兵の命を絶っていた。

 さすが、フラちゃんだ。

 コモドは向き直った。

 途端にシグマが前に出て剣を振るった。矢が襲ってきたのだ。矢はシグマの剣に弾かれて落ちた。

「コモド! 下がれ! 危ないぞ! 苦しいだろうが、分を弁えろ!」

 隣の中隊を指揮するロベルトが後方で言った。

 コモドは仕方なく下がり、列の後方で指揮を取った。

 程なくして矢が雨のように降りかかって来た。

「こちらも矢を放て!」

 ロベルトとその向こうのパパスが声を上げ、後列の兵達に弓矢を撃たせた。

 馬蹄は止み、今は幾重にも斉射される弓弦の音が重なって聴こえた。

 悲鳴は止まない。馬の嘶きが加わる。

 コモドは盾を構えながら落ち着かない気持ちだった。

 自分はこの中隊を預かる指揮官だ。しかし、こうして仲間や同志達が傷つき死に逝く様をのうのうと見てはいられない。

「落ち着いてコモドさん」

 隣で民兵を指揮するヌイが言った。

「お互い陣列が乱れ始めています。乱戦になれば我らもうかうかしていらない状況になるでしょう」

「死に逸るな、ヤトの姫。貴様は弱い」

 シグマが皮肉を交えて忠告した。だが、ヌイは顔を輝かせて頷いた。シグマの顔色は冷静なままだ。

「放てー!」

 ヌイの咆哮が戦場に混ざった。

 コモドも声を上げた。疲れ切った隊列を入れ替え、負傷者を運び出すようにも命じた。負傷者は痛々しいものだった。

 乱戦までの我慢だ。俺だって戦士の責任を果たしたい。もともとは俺の戦のはずだったのだから。聖人コモドの名に惹かれて集まった者達だけが傷つくのは見ていられなかった。

 だが、我慢だ。指揮官として。

 そう言い聞かせ、あっと言う間に千四百ほどにまで減った自分の隊を見ていた。

 両翼のヤトの侍衆と教会戦士団はさほど損害が出ていない。やはり生粋の軍人だけのことはある。

 総兵力では五分五分だが、陣中を訪れた時に分かったように敵は徴兵か募集に応じた民兵だ。練度は低い。だが、こちらの民兵にもそれは言える。同じような損害状況だった。

「来るぞ」

 シグマが呟くように言い、ヌイから借りた馬、ペケの上で左右の剣を抜いた。

 程なくして互いの陣列が食い合い、折り重なり乱戦へと発展した。

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