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コモドの帰還  作者: Lance
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コモドの帰還7

 朝、夜明け前にクレハが出て行くのを感じた。

 コモドは二度寝しようかと思ったが、早朝の村を歩くことにした。

 カウボーイハットをかぶり、リュートを手にし、念のため短剣も忘れずに携帯する。アネーリオが起きるかもしれないので、羊皮紙に、気が向けば昨日の残りのカレーを食べるようにと書いて置いた。自分の達筆ぶりに感心し、コモドは機嫌よく外へ出る。

 小鳥の囁き、柔らかな朝日が彼を出迎える。こんな中をクレハはどんな気分で帰ったのだろうか。だが、仕方が無い。彼女は妹分だ。

 コモドは歩いた。ここは村外れ、東門の近くだ。夜勤の門番は誰だろうか。大人であろうことは確実だ。コモドは何と無しに村の中心、集会所へ向かった。

 後でウルフとイシュタルの様子を見に行こう。二人はクレハの父、村長ロベルトのもとに泊っている。ロベルトの妻は既に他界している。ロベルトは娘のクレハと二人きりで村を切り盛りしていた。村人は協力的で、他にも隠棲しているつもりの老師アメリアの手を借りることもある。

 何軒か、家を通り過ぎたが、まだ皆、夢の中のようだ。大きな建物である集会所に来ると、外に出ている木製のイスに腰掛ける。

 そしてリュートを手に弾き語りを始めた。エクソア大陸のゾンビ騒ぎの時はこんな余裕もほとんど無かった。傭兵として旧知のギルバート神官長にフラマンタスらに手を貸すように言われた。実際、予想よりも素晴らしい出会いをし、死線を潜り抜けた手放し難い友を手に入れた。

 コモドは結婚をした二人の友に捧ぐ歌を口にしていた。

 小鳥が集会所の屋根に集まり、猫が一匹足元に身を寄せて伏せた。トカゲは来なかった。

 コモドは五曲披露する。

「さぁ、終わりだよ」

 コモドが言うと、小鳥は飛び立ち、猫は何処かへ姿を消した。

 ふと、人の爪先が見えた。

 はだし?

 そこには一人の幼い娘が立っていた。

 新緑色の髪をした円い茶色の目をした女の子だった。春先でまだ肌寒いというのに半袖の白い衣を纏っている。傍から見れば生活に困窮しているような心境もにおわせた。

 だが、この村でそんな人は出さないようにしている。門番だって昼夜居るし、そうなると旅人の子供かな。

「やぁ、寒く無いの?」

 コモドは明るく声を掛けた。

「良い曲じゃったな。真心がこもっておった」

 女の子はまるで老婆か、あるいは王族のような語尾で話した。

 御姫様ごっこかな。鼻筋も通っている。将来、美人になるぞ。そのときゃ俺はおっさんか。

「ありがとう。結婚した友達の幸せを願って歌ったんだ」

 コモドが言うと、女の子はこちらを見上げて言った。

「お主は結婚しておらぬようだな」

「まぁね。縁が……いや、無かったわけでもないけどね」

 昨夜のことを思い出し思わず言葉が濁った。

「それより、お嬢ちゃん、お父さんとお母さんが心配してるんじゃないかな。お兄さんが送ってあげよう」

「それには及ばぬのじゃ。この村を頼むぞコモド」

 次の瞬間、そこに女の子の姿はなかった。

 夢でも見てたのか?

 コモドは目を疑った。

「ま、世の中には不思議なことはあるもんだよな」

 村の日常が始まる気配を感じてコモドは腰を上げ移動することにした。



 二



 村長ロベルトの家を訪ねると、屋根の上からクレハが跳び下りて来た。

「おはよう、コモドにぃ!」

 明るい声と表情は普段のクレハのようだった。昨晩のことをまるで気にしていない様子だった。明るいクレハ、沈んだクレハ、どちらにせよ、会うにはコモドもクレハも心を痛めただろう。前者は辛く悲しい気持ちを押し殺しての感情、後者はそのまま昨晩のことの正直な感情だ。クレハは前者を取った。

「おは、クレハ。ウルフさん達どんなもんかなと思って」

「二人なら食事してるよ。アタシが腕を振るったからね」

 クレハは得意げに腕を組み声を上げて笑う。コモドも微笑んだ。

「畑の方は一段落したし、アタシは今日は民芸品の彫り物でもやろうかな」

「そか。とりあえず、出直すわ。ウルフさん達が落ち着いた頃にまた来るよ」

 コモドは踵を返した。

 と、その背に声が掛けられた。

「アタシはまだ諦めてないよ、コモドにぃ」

「うん。ただ、夜這いは駄目ね」

 おそらく真面目な顔をしているだろう。だが、彼女は自分にとって妹分だ。

「分かった」

「じゃあね」

 コモドは家路についた。

「お帰りコモド兄ちゃん。カレーだっけ? 余ってるよ」

 食卓にアネーリオが座り、朝食をとっているところだった。

「あいよ。クレハのカレー美味いだろう?」

「うん、このうん……じゃなかった、カレーってなかなかいけるね。こっちじゃ主流なの?」

「香辛料が色々取れるからね」

 コモドも自分の分をよそって食べ始めた。クレハのカレーは美味しいが、やはり、自分の作ったカレーには及ばない。カレーとお菓子作りには自信があったし、おそらく村一番だろう。たまにはケーキでも焼いてみるか。この村でケーキ屋でも開けば少しは観光客も増えるのかな。

 食事を終え、片付けると、コモドはアネーリオを引き連れ、再び村長の家に赴いた。

 だが、ロベルト村長はウルフとイシュタルを連れて彼らの家を建てる候補地を見せに出て行ったらしい。もちろん、居残っていたクレハに言われた。

「じゃあ、アタシも工房に行くから。コモドにぃはその子連れて老師のところでも行ってみたら? 武者修行に連れに来たんでしょ?」

「うん、そうするわ」

 コモドはアネーリオと共に村長の家を後にし、墓地へと向かった。

 墓守で墓の奥に住んでいるスミスじいさんが墓石を拭いて清めていた。

 物腰柔らかく穏やかな老人だが、クルー王国の引退兵士だ。その実力は今でも衰えていないだろう。長剣を腰に引っ掛けていた。

「そちらの少年はコモド君よりも良い体格をしてるね。鍛えれば、鍛えるほど、強くなれるよ。頑張って」

 スミスじいさんはアネーリオを励ました。スミスじいさんは見抜いているのだろうか、目の前の三百十二段の階段をアネーリオ少年が息一つ荒げないで上って行けることを。

「大変な時は声を掛けてね、スミスじいさん」

「ありがとう、コモド君。アメリア老師とヌイ殿によろしくね」

 二人は階段を上がり始めた。

「今日はどうするの、少年?」

「アメリア老師に挑戦する。本気でやるつもり。そうじゃなきゃ、勝てないよ」

「だね」

 階段を上がりきると、子供達がいた。

「ヌイさん、ペケに乗せてー!」

「ぼくもペケペケに乗りたい!」

「ペケペケちゃん、あたしもー!」

 八歳ぐらいのまでの子供達がヌイのもとに列を成していた。

「大盛況だね」

 コモドは対応に追われてあたふたしているヌイを見ながらそう言い、縁側に腰かける老師のもとへ歩んだ。

「おはようございます」

 アネーリオが先に挨拶をした。

「おはよう、アネーリオ」

 老師は落ち着いた声でそう言い茶を啜った。刹那、湯飲みが舞い上がり、老師の姿はコモドの前面にいた。掌底がコモドの右胸をとらえようとしたが、コモドは間一髪避けた。だが、追撃の回し蹴りが襲って来る。素晴らしい速さだ。

 コモドは避けきれず片手を掲げて防御した。全身の骨が軋むほどの衝撃が伝わった。

 老師はというと、縁台に戻り、放り上げたお茶を受け取り、ニヤリとして啜っていた。

「やっぱり速い」

 アネーリオが驚きの声を漏らした。

「コモド、反応速度が鈍ったね」

「まったく、油断も隙もいないね、老師ったら。相変わらずお茶目さん。そういや、スミスじいさんがよろしくってさ」

 コモドは微笑んだ。

「そうかい。そら、アネーリオ、武器を構えな。アンタを立派に鍛えてやるよ」

 老師は湯飲みを置いて歩んで来た。そして短剣型の木製の模造剣を左右それぞれに持った。この模造剣は民芸品の一部である。精巧な彫りと、繊細な色付けで、王都に持って行くと生意気盛りの少年達が目を輝かせて我先にと買いに来る。それだけ本物を思わせる出来栄えで有名なのだ。

「老師、よろしくお願いします!」

 アネーリオは両手持ちの剣を慌てて抜いた。

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