コモドの帰還68
グリーザの力を知らぬ者達とは別にまずはソルド兵士長が止めた。
「フリ……いや、グリーザ、リュウ将軍は家柄こそ貧しく声望は低かったがそれでも名うての剛の者。特に槍に置いては比類なき武を発揮する。ここは一騎討ちに逸らず、援軍が合流するまで待つ方が賢明な判断だ」
ウルフらは同意するように頷いた。
だが、グリーザはリュウ将軍を見詰めている。その目がコモドへ向けられた。
「総大将、どうか、このグリーザに一騎討ちの許可を頂きたく思いますが、いかが?」
バイザーの下りた顔からは何も読み止れないが、グリーザがやる気に満ちていることだけは伝わって来る。それにコモドは間近で敵将ジオウを凌ぐ覚醒したグリーザの力を目の当たりにしている。これも祖国を復興させるための王子としての洗礼の道なのかもしれない。若い亡国の王子はそう思っているだろう。
「分かった、許可する」
コモドが言うとマサツネが反論の声を上げた。
「納得できません、ソルド兵士長の語るところリュウ将軍なる者、油断できぬ相手です。総大将はグリーザ殿をみすみす死なせるおつもりか?」
「騎士なら戦場で死ぬことこそ本懐。それは敵も同じ気持ちでしょう。戦士としてその心意気に応えてやりたいのです」
グリーザが応じた。
その言葉を聴いてマサツネは顔を渋くした。彼も武者だ。グリーザの言葉に僅かにでも心が打たれたのだろう。
「どうした!? 怖じ気付いたか!?」
リュウ将軍が槍を振り回し怒号する。
「今行く! コモド殿、見届け人として同行して貰えませんか?」
「馬鹿な、総大将を連れて行くというのか!?」
マサツネが再び声を上げた。
「俺なら大丈夫。シグマも来るから。行こうか、グリーザ殿」
「はいっ!」
若き王子の声が応え、三人は櫓を下りた。
2
民兵が巻き取り機を動かし、鉄門を開く。
ゆっくりゆっくりと両の扉は開き、差し込んで来る陽光の筋が太くなる。
リュウ将軍は待っていた。
グリーザが馬を進め、コモドとシグマが続いた。
「ほう、三人がかりか?」
馬を止めた一行を見てリュウ将軍は嘲笑った。
「リュウ将軍。こちらは仕合の見届け人だ。神聖な一騎討ちに手は出さない。さぁ、相手になろう」
グリーザが白馬を進め、槍を扱いた。
リュウ将軍が槍を一振りする。鋭い風の音色が響いた。
コモドは内心では焦っていた。ソルド兵士長の言うことが本当ならリュウ将軍はとんでもない豪傑だろう。グリーザを失うことになるかもしれない。そうなったらどうする?
コモドの答えが出ぬまま、両者は馬を駆けさせた。
交錯し、互いに背を向けた二人は馬首を巡らせ、槍を突き出した。
リュウ将軍の持つ槍は重そうだった。見るからに頑健な槍だ。そして日頃から慣れ親しんでいる。グリーザはどうか。槍は支給品の物だ。また、彼が槍を手にするのをコモドは初めて見る。その実力は如何ほどか。
鉄同士がぶつかり合う音が響く。
リュウ将軍の気迫の声が轟く。
鋭く突き出される一撃をグリーザは難なく捌いた。
「ほう、俺の槍を弾くとはやるではないか!」
リュウ将軍が感心するような声を漏らすが、その声は嬉しそうだった。
「だが、こいつを避けられるか!?」
リュウ将軍の乱れ突きが襲うが、全てグリーザは槍で受け止めて弾き返す。そして一閃した。
攻撃は外れたが、穂の切っ先がリュウ将軍の頬を掠めたらしく、血が流れた。
「こいつは、面白い。雑軍の中にこれほどの使い手がいるとはな!」
リュウ将軍が槍を旋回させ、石突きでグリーザを打とうとする。グリーザは槍で受け止めるが、瞬時に石突きは戻り、敵の気合いの一撃が振り下ろされた。
受け止めたグリーザの槍が儚い音を立てて二つに折れた。
「今のも受け止めるとはやるな。さぁ、どうする? 降参するか? それとも腰の剣を抜くか?」
リュウ将軍が嘲笑し、言うと、グリーザは長剣を抜いた。
頭上高く掲げられた剣は陽光に煌めいた。まさしく、太陽の剣だ。
リュウ将軍の顔色が変わった。瞠目している。
「貴様、その剣を何故? まさか」
するとグリーザはバイザーを上げた。
「あっ!?」
リュウ将軍が驚愕の声を上げる。目を丸くしグリーザを凝視している。
「い、生きておられたか。噂は本当だったとは」
「久しいな、リュウ。お前は私の武芸の師であり、兄であった。女癖が悪いところは尊敬でき無かったが、それ以外では最高の男だと私はずっと憧れていた」
「フリード王子……。だが、だが、今更昔語りなど!」
リュウ将軍が槍を振り上げる。凄まじい烈風を巻き起こし、槍が振り下ろされる。グリーザは避けて言った。
「リュウ、こちらへ来ぬか?」
「行くものか! インバルコ帝国は私の命を取らずに、貴様の父親、愚かな王のため最後まで戦った私を認め、軍権を預けてくれた。私はインバルコ帝国の将だ!」
リュウ将軍が叫び、槍を振り回す。騎士グリーザ、いや、フリード王子は剣でそれを次々捌いて反撃した。
「ぬうっ!?」
顔面を狙った一撃をリュウ将軍は槍を戻して辛うじて受け止めた。
「リュウ、私と共に来い。インバルコはお前を飼い慣らそうとしているだけだ」
「どのように扱われようが、私は帝国に恩を感じている! クルーへの節義はあの戦いで果たしたのだ!」
リュウ将軍が槍を振るい、王子の剣を払った。
「我が名はリュウ! 帝国の騎士なり!」
リュウ将軍の気勢を上げた攻撃がフリード王子を襲う。
「私は諦めぬぞ、リュウよ! お前が必要だ、我が師、我が兄よ!」
王子が剣を突き出した。槍と剣が衝突した。
槍が押され、リュウ将軍の手から飛んだ。
「王子、よくぞ、ここまでお強くなられた。本当にいつの間に私を凌ぐほどの力を付けたのやら」
「リュウ、もう良いだろう。私の勝ちだ。これからは王国再興のために我らと共に歩もう」
王子の言葉にリュウ将軍は笑った。声を上げて大声で笑った。転げるかというほど笑った。目からは涙が滴り落ちていた。
「フフッ、フリード王子。見事にクルー王国を再興して下され!」
リュウ将軍はそう声を上げると、短剣を引き抜き自らの喉に突き立てた。
「リュウ!」
「おさら……ば」
リュウ将軍は馬から落ちた。
「リュウ……。最後の最後によく戻って来てくれたな……。そなたの思いも背負い私は生きる」
フリード王子は無念そうにそう言い、コモドに向き直った。
コモドは頷いた。以前の振る舞いからリュウ将軍には愛想を尽かしていたが、彼の生き様に、その最後には目を見張るものがあったのは事実だ。コモドも無念だった。
「全軍集結! インバルコの兵どもを打ち払え!」
コモドが言うと、門からマサツネとイシュタルを先頭に兵達が出て来る。
「退け! 退けえっ!」
残ったインバルコの兵達は背を向け逃れ始めた。
「追撃なさいますか?」
マサツネがコモドに尋ねて来た。
「いいや、良い。戦いの連続でみんな疲れてるだろうからね」
コモドはそう答えた。
フリード王子はバイザーを下ろし騎士グリーザに戻った。
「コモド殿、この者を丁重に葬りたいのですが」
リュウ将軍の遺体に朱色の外套を被せ、グリーザが言った。
「そうだね……。グリーザ殿に任せます」
「ありがたきお言葉」
グリーザが言うと、ソルド兵士長と三騎士が歩んで来た。
そして四人がかりで忠勇の士の亡骸を担ぎ上げてグリーザと共に町の中へと戻って行った。




