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コモドの帰還  作者: Lance
64/73

コモドの帰還64

 敵側が築いた櫓や門扉を逆に利用しない手はない。

 ウルスラグナ平原まで二日。

 一行はここを拠点にしばし骨休めとした。

 町の人々にとって自分達は三等市民から解放してくれた英雄達だが、それでも余所者である。その辺りを弁え、兵士らは外に天幕を張ることにした。

 カツヨリやフラマンタスは上手くいっているだろうか。ロベルト村長らは今どの辺りだろうか。

 輜重隊が続々と入って来る。インバルコの横暴に飢えていた民衆は食料の気配を感じ取ったようで顔を見せ始めた。

 だが、搬入の途中で斥候から急報が入った。

 インバルコ帝国軍約五千、こちらに急行中。

「輜重の搬入急がせろ!」

 ソルド兵長が声を上げた。

 兵らも外で広げた天幕を畳んで指示を仰ぐようにこちらを見ている。

 コモドはグリーザとウルフ、マサツネと顔を突き合わせて、外で整列する兵士達を見ながら話し合った。

 こちらの戦力は約八百。対する敵は五千。正面で向き合っても到底勝ち目はない。

「ここを放棄するわけにもいかん。民に二重の苦しみを与えたくはない」

 マサツネが堂々と言った。

 その命を捨てる覚悟をした目を見てコモドは頷いた。

「籠城し、ロベルト殿達を待つのが上策か。一万人の民兵がこちらへ向かっているはずだ」

 ウルフが言うと話はそれで決まった。

 解放軍は兵を収容し鉄の頑丈な門扉をゆっくり閉じ始めた。四方は高く厚い壁に囲まれている。

「各櫓には五名の弓手が立つべし! 我と思わん者は櫓へ上れ!」

 マサツネが言った。

「誰か、伝令を! ロベルト殿に急ぐように伝えよ!」

 戦場を指揮するマサツネは見事なものだった。

 しかし、コモドには気になることがあった。粛々と急いでいる解放軍を見ている民衆の目だ。何処か憎悪や怨嗟の様な冷ややかさ感じる。ここを戦場としたことに憤慨しているのだろうか。

「コモドさん!」

 イシュタルの声がした。

 コモドが兵の合間を抜けると彼女は鬼気迫るような顔つきで待っていた。

「どうしたの?」

「ヌイさんが、人質になったわ」

「何だって!?」

 駆け付けると男がヌイを後ろから抱え包丁を彼女の首に当てていた。

「何でそんなことするの!?」

 コモドは思わず声を上げた。

「動くな! お前が、コモドだな。武器を捨ててこっちへ来い、女と交換だ!」

 民衆は怖い顔をしてこちらを睨み付けていた。

「そうだよ、俺がコモドだよ。どうしたんだい?」

「これは我々の総意だ! お前達、解放軍を捕まえてインバルコにもう一度降伏する。手土産があるんだ、今度は三等市民なんかにはされんだろう」

 民衆は頷き合った。

「コモドさん! 私に構わず、この者達を!」

「どうしろって言うのさ、ヌイさんも皆さんも俺っちは殺すわけにはいかない」

 コモドの頭の中は真っ白だった。このままではマサツネやウルフにも知られてしまう。そうすれば、彼らは町民を駆逐するかもしれない。この非常時だ、それが正解だとコモドも思う。

 だけど、俺っちらはこういう人達を助けるために兵を挙げたんだ!

 どうすれば。隣を見るとイシュタルも緊張の面持ちでかぶりを振るだけだった。

「ウルフを呼ぶわ」

 イシュタルが言った時だった。

 コモドの隣を力強い足取りで歩んで行く者がいた。

「シグマ! 駄目だって!」

 コモドは思わず声を上げた。

 シグマは立ち止まった。

「ヤトの姫、今すぐ死ぬ覚悟はあるか?」

 低い声で問い質される。その一言が周囲を魅了し、黙らせた。聴こえるのは離れた場所で配置に就く兵士達の声だった。

「ええ、いつでも死ぬ覚悟はできております」

 ヌイが力強い双眸を向けて言った。

「小うるさいだけの弱者だと思っていたが、貴様を少し見直した」

 シグマはそう言うと左右の手に剣を握った。

 民衆が動揺する。

「く、来るな! 本当に殺すぞ!」

 包丁を持った男の手が強張り、ヌイの首から微量の血が流れた。

「シグマ! 駄目だ!」

「シグマ殿! いけません!」

 コモドとイシュタルは思わず声を上げたが、そこにシグマの姿は無かった。

 彼の姿は空にあった。人間離れした跳躍力で距離を詰め包丁を持った男の背後に降り立った。

 あっと、言う間にことは起きた。

 シグマが剣の腹で男を殴打した。ヌイは解放された。

「ヌイさん!」

 イシュタルが駆け、ヌイを抱き留めると戟を民衆に向けた。隣ではシグマが二刀流を陽光に煌めかせ、無言の殺気を放っている。

「皆さん!」

 コモドは駆け付けた。そして民衆に呼びかけた。

「確かに我が軍は心許ないです! でも、必ず勝ちます! この町をインバルコの手には二度と触れさせません!」

 コモドは思いつく限りの決意を述べたが、自分でも嫌というほどわかる。民衆は納得していない。手に手に武器らしくない武器を持ち、少しずつ詰め寄って来る。

 俺っちにはみんなを納得させる威光や威厳なんかない。どうすれば良いんだ。

「静まれ!」

 突如凛々しい声が上がった。

 振り返れば騎乗のグリーザと三人の精兵が歩んで来た。

「我は騎士グリーザ! 聴け! クルー王国の騎士として、この剣とこの魂、皆の命に誓う! 悪逆なるインバルコを斃す手助けをして欲しい! インバルコを退けた暁には二度とこの地で干戈を交えぬことを約束する!」

 グリーザが兜を脱ぐ。その美麗で逞しい若者の姿を見て、民衆は呆気に取られていた。

 これが村民コモドと王族フリード違いだろう。コモドには無いものをこの若者は間違いなく持っている。

 民衆は武器を下した。

 コモドには見えなかったが、きっとこの王子は輝くほどの微笑みを浮かべたに違いない。

 民衆から声が上がった。

「力になりましょう! 我々にご指示を!」

 こうして窮地に陥るその途上で民衆の心をどうにか掴むことができた。

「インバルコの連中に二度とこの地を踏ませるな!」

 民衆らは声を上げた。

 コモドは王族の威光とやらが如何に民を安堵させるものか思い知った。そして、やはり国を継ぐにはこの王子の方が相応しいと痛感した。多少は悔しかったが、気ままに村で家族とケーキ屋を開いている方が性に合っている。

「コモド殿」

 馬上でグリーザが振り返った。

「さすがです。助かりました」

「いいえ、共にこの苦難を乗り越えましょう!」

 差し出された手をコモドは握り返したのだった。

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