コモドの帰還6
ヌイはアメリアの家に居候し、ウルフとイシュタルは家ができるまで村長のロベルトの家に滞在することになった。
コモドはアネーリオを連れて久々の我が家へ帰り道を歩んでいた。留守の間、ペットの世話だけはしっかり頼んでおいた。
村の東門近くにコモドの家はあった。二部屋だけの狭い家であったが、アネーリオが滞在する分には充分だ。
「コモド兄ちゃん」
子供達が姿を見つけると駆けて来た。
「よぉ、坊主ども。カラカラの面倒、ありがとな」
コモドが言うと子供達は頷いた。
「ちゃんと冬越しさせて、この間、目覚めたところ」
「そっか」
「今度、夏になったらカブトムシ取りに付き合ってね」
「おうさ」
コモドが言うと夕暮れも間近で子供達は駆け去って行った。
「カラカラ?」
アネーリオが問う。
「ああ、俺っちが飼ってるトカゲの名前」
「トカゲ? コモド兄ちゃん、トカゲなんて飼ってるの?」
「なんてなんて言うもんじゃない。トカゲは可愛いぞ」
「俺はマリアンヌ姉ちゃんの方が可愛いと思う」
「トカゲと比べるのはどうかと思うよ」
コモドは直情的な言葉に苦笑いし縁側の台に置いてある鉄の蓋のガラスケースのところへ来た。今は夕暮れのためによく見えないが、カラカラは黄褐色の小さなトカゲで幼少期は尻尾が青色をしている。ガラスケースの中で素早く動き回る影を見てコモドは安心した。
今度、春コオロギを捕ってきて餌にしないとな。
扉を開けると、中は明るかった。燭台に火が灯っている。
「やっほー、コモドにぃ。先ほどぶり」
クレハだった。先回りしたのだろう。だが、食事の準備をしてくれていたようだ。
「しつこい」
アネーリオが言うとクレハは笑った。
「そ、一途なのよ。少年、アンタも雑用手伝って。コモドにぃは座って待ってるだけで良いから」
クレハは鍋をかき回していた。この胃を刺激し、唾液が分泌される香りは、コモドの大好きなカレーだ。
「うわ、何、このうんこみたいなの」
「うんこじゃないわよ。ばっちぃわね」
「ばっちぃって何?」
「もう、汚いってことよ」
クレハは半分呆れたように諭した。
「少年、それはカレーって言うんだ。色んな香辛料が入ってて美味しいぞ」
「そ、特にこのクレハお姉さんが作ってるんだから余計に美味しんだぞ」
クレハが得意げに言った。
その言葉通り、クレハのカレーは美味しかった。久しぶりのカレーということもあるかもしれない。ただコモドならもっと美味しく作れる秘訣を知っていた。内緒のレシピなので誰にも言うつもりはない。
「クレハ、ロベルトさんには言って来たのか?」
「うん、こっちでコモドにぃ達と食べるって言って来た」
「そうか。カレー御馳走様な」
「うん」
三人で皿洗いをした。
そしてクレハが家に帰ろうとするとアネーリオが慌てて進み出た。
「おい、一人で帰る気か?」
「え? そうだけど。心配してくれてるの? 意外と優しいじゃん。だけど、同じ村の中だし、アタシも武芸積んでるから平気だよ。じゃあね、少年。またね、コモドにぃ!」
クレハは暗い中を一人で帰って行った。
「俺らも寝ようか」
コモドはそう言い、気配が屋根に戻って来たのを感じていた。
2
アネーリオとは別の部屋で寝ることに決めていた。手作りの重厚なベッドの上に、クレハが洗ってくれたのだろうか、清潔なシーツと肌掛けがある。それに挟まれてコモドは横になっていた。
それにしても頑張るな。
コモドは屋根の気配が未だにあることを感じていた。アネーリオ少年が眠りに落ちるのを待っているのだろう。
闇の中でコモドはあくびをした。
屋根の気配が入り口へ動いた。引き戸はきっと音も立てずに開けられたことだろう。そろそろか。
気配が部屋へ入って来た。
「クレハ、ダメだよ」
コモドは気配に向かって言った。
「分かってたんだ」
馴染みのある声がした。
「でも、アタシ、ずっと、コモドにぃのこと好きだし、十五だから大人になったよ」
「それでもダメなの」
コモドはベッドに横になりながらクレハに言った。
「俺っちにとって、クレハは妹以外の何にでもないよ。もっと周りを見て御覧、世界を旅して御覧、意外と好い男っているもんさ」
するとクレハがコモドのベッドの上に覆い被さった。
「コモドにぃ、暗くて見えないから言うね、アタシ今、裸なの」
「服を着なさい」
「嫌、コモドにぃとの赤ちゃん欲しい!」
クレハが肌掛けを剥ぎ取った時だった。
「コモド兄ちゃん、起きてるの? 水飲みたいんだけど何処?」
戸の開いた部屋の入口でアネーリオが言った。クレハは素早くコモドの肌掛けに潜り込んだ。
「ん? 食器棚の隣に水袋ならあるよ」
「分かった。起こしてごめんね」
アネーリオが去って行くと、クレハがベッドの中で聴こえない嗚咽を漏らし始めた。
「コモドにぃ。朝になる前に出て行くから、このままで良い? 今日はもう何もしない」
「うん」
コモドはため息を吐きたい気分だった。女の子を泣かせてしまった。こんな自分のことを好きだと言ってくれる娘を。だが、言葉通り、彼女は妹のような存在だ。年だって十以上も開きがある。自分はどちらかと言えば女好きな方だが、それでも今まで本気で好きになった異性はいなかった。どうしてだろうか。
悩みつつ、密着するほどすぐ隣から聴こえる寝息に罪悪感を覚えながらコモドは眠りに就いたのであった。