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コモドの帰還  作者: Lance
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コモドの帰還59

 選抜された百五十のヤトの武者達は粛々と軍馬に跨り行軍を続けていた。

 ヌイやソルド兵士長が率いる三百の民兵と残った三百五十のヤトの兵達は距離を空けて埋伏することになった。囮の百五十が死に物狂いで力戦し、敵の気持ちに火を付ければそれで良い。退却する百五十を追って後は伏兵の罠に掛ける。囮部隊はその目隠しの意味もあった。

 隊列は街道いっぱいに広がった。四層の陣形となっている。街道を抜ければこれが広がり、敵を覆うように薄い一列になる。貧相だが、そこは何度も言うが覚悟の問題である。ヤトの囮部隊は命を捨ててはいない。命を賭けている。散々に勇戦し切り結び、退却し、計略の成功を見て喜ぶ。マサツネはそうコモドを諭したが、同道したコモドの方は正に命を捨てる覚悟をしていた。自暴自棄になりかけていた。やれるところまでやる。生き残れるところまで生き残る。ウルフやイシュタルも同様の気持ちだろうとコモドは思っていた。

 ソルド兵士長の精兵四騎のうち最後の一騎が合流した。敵は増援を受けて三千にまで膨れ上がり、こちらの到着を門前で待ち構えているという。伏兵の件が狐にバレなければというのが懸念だった。

 三列目でシグマと並んでいるコモドにも前方の様子が見えて来た。

 黒い影の塊だ。敵勢は大岩のように見える。小石が、いや、水が何度も打ち付けるように戦わなければならない。

 街道を抜けた。

「鶴翼!」

 マサツネが指示を出す。

 コモドを含め兵らが動き出し、薄い横一列になり、両端にかけて敵を包み込むように広がった。

 すると敵陣から一騎が躍り出て来た。

「そのような貧相な軍勢で何ができる! 諦めて降伏せい!」

 すると、ウルフが馬を進めた。

「貴様らに降り、三等市民になるなど御免被る!」

「その気概、いや、頭がおかしいのではないか?」

 敵将が言うと、ウルフが笑った。

 続いてヤトの武者達も笑う。マサツネもイシュタルも、コモドも笑った。シグマだけは笑わない。

「それ、かかれー!」

 マサツネの号令が轟き、地鳴りを上げて解放軍の軍勢が地を駆けた。馬蹄が重なり合い一つの重たい音になった。

「第一陣、前へ! かかれー!」

 敵側も一気に兵を繰り出してきた。

 こちらを圧倒する岩の塊。全てを弾き飛ばす岩の塊、コモドの目にはその恐怖がどんどん迫って来るのが見えた。

 騎馬同士の突撃でぶつかる音が次々続いた。

 コモドはクサナギノツルギを抜いて敵とぶつかった。鶴の羽の右側の真ん中あたりにいる。

 早くも陣形は乱れ、命の取り合いが始まった。

 ヤトの武者達の気勢を上げる声が次々木霊する。彼らはまるで片手で千人斬りをしているような凄まじい戦い方をしていた。

 やはり軍人は違う。

 コモドは兵糧と共に送られてきたヤトの黄金色の毛並みを持つ牡の馬、その名もヒャクシキに跨り、鞍を両腿でしっかり挟んで片手に手綱を持ち、剣を振るった。

 もう前方意外に何も見えない。自分がここまで不器用だったとは思わなかったし、思う余裕すらなかった。

 刃を折って切り裂き、時には籠手ごと腕を落とした。戦場の音はヤトの侍衆の咆哮だけが目立って全てを掻き消し轟いていた。コモドも声を上げた。インバルコの兵どもを本気にさせなければならない。この百五十の背を追い討つ決断をさせなければならない。

 声を滅茶苦茶に上げながらコモドは次々現れる敵を正確に貫いた。油断すれば全てを見失うだろう。捨てた命だが、惜しいものは惜しい。コモドは己のペースで敵を迎え撃った。

 馬から落ちた敵兵が剣を振り上げ、縋って来る。

「使え」

 不意に長槍を渡された。シグマも両手の剣を鞘に収めて槍を操り敵を刺し貫いていた。

「でええいっ!」

 クサナギノツルギを収め、コモドは気迫と共に槍を繰り出し、敵兵の喉を貫いた。槍を戻し、新手へ槍先を向ける。

 槍は扱ったことが無いが、四の五の言ってはいられない。今はこれが一番この場に相応しい武器だ。

「はあっ! でやあっ!」

 コモドは槍を突き出し、振り上げ、切り裂いた。

 甲冑に弾かれ、幾度も心臓が凍るような寒気を感じた。何度も自分は終わりだという思いをした。

 気付けば敵の第一陣は崩れかけ、第二陣が入れ替わりに前進してくるところだった。

「我らに退路は無いと思え!」

 マサツネの怒号が聴こえ、武者達は咆哮を上げて応じた。何人生き残っただろうか。斃れているのがどちらの兵隊なのか分からない。甲冑で区別できるはずだが、分からなかった。

 第二陣が勇躍して津波のように押し寄せた。

 旌旗サラマンダーが舞う姿をコモドを思い起し、声を上げた。

「みんな、行くぞおおっ!」

 第二陣がぶつかって来た。

 文字通りのぶつかりあいだ。ヒャクシキは持ち堪え、クルリと回って通り過ぎた敵を追った。迫る凶刃を槍で落とし、コモドは両手で柄を持ち上げて突いた。敵は首元を貫かれ、目を見開いた。これで死んだはずだ。そう確信するしかない。

 コモドは前方へ向き直って迫る槍の穂先を避け、逆に突き落とした。槍は敵の甲冑を破り、身体に食い込んでいた。それを引き戻し、再び新手と向き合う。

 ヤトの武者の咆哮の中、マサツネの声が遠くに聴こえる。叱咤激励している。

 本当に片手で千人斬らなければならいほどの戦いだ。疲れはない、ただただ脳は興奮で冴えるばかり、心は冷静だった。

 だが、敵の表情まで見ている余裕はなかった。斃せば新手が来る。

 コモドの繰り出した槍が敵の胸に深々と突き立った。敵が斃れ、そのまま槍を持って行かれた。

「ちいっ!」

 コモドはクサナギノツルギを抜いた。

 一息入れる。

 新手はいない。敵の第三陣、千五百名余りが表情を青くしてこちらを見ていた。

「退けえっ! これはかなわない! 速やかにひけえっ!」

 こちら側が次々背を見せる。

 さぁ、どうだ、来るか。

 緊張の一瞬だった。

「追撃せよ! 今ならこ奴らを蹴散らせる! 全軍、出撃! 小うるさいハエどもを背後から圧し潰せ!」

 敵側から声が上がった。

 軍馬が地を踏み鳴らしこちらを追ってくる。

 よし、来た!

 コモドの左隣でヤトの甲冑武者が馬から落ちた。

 コモドは思わず止まった。

「コモド殿、行って! 私はこれまでです。さぁ!」

 武者の身体には槍や剣が突き立っていた。

「来い」

 シグマがヒャクシキの手綱を掴んでコモドを引っ張った。

 ごめんよ。

 コモドはそう詫びて前へ向き直った。

 ズシリと疲労を感じた。腕の筋肉が悲鳴を上げている。腰も痛い。足も腿がしびれて感覚が無かった。

 解放軍の乗り手達は次々街道へ入り込んだ。後は逃げるのみ。

 悲鳴が幾つか聴こえた。

 敵の馬蹄はすぐ後ろに迫っている。長槍で背を貫かれるかもしれない。

 街道を疾駆すると、背後から鬨の声が上がった。

 コモドは振り返った。

 左右の森から伏兵が現れ、敵の横合いに喰らい付いた。

 やった。

 コモドは疲れた笑みを浮かべ、他の者に倣って馬を反転させた。

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