コモドの帰還58
村近くの木立の中に身を置き、様子を見る。
逃げ帰った狐が報告したためか、村の前は敵兵で溢れていた。兵力を知るには好都合だったが、その数は予想を遥かに上回っていた。
「総勢千と二百といったところか」
ウルフが渋い顔をして知らせた。
「各地で反撃の狼煙が上がっているのを察知して本国も動いたと見て良いだろうな」
ソルド兵士長が傷跡だらけの顔を歪めて言った。
「これに合流する軍勢も現れるかもしれない。小さい火の内に我らを消そうと動くかもしれない。コモド殿、一大決戦になるかもしれないぞ」
ウルフが振り返って伝えた。
コモドは震えていた。イシュタルがそっと肩に手を置いてくれた。
ついに誰かが死ぬ戦がやってきたということだろう。
「誰も失いたくないよ……」
コモドは知らぬ間に呟いていた。
「ひまずは戻ってマサツネ殿と話し合いましょう」
イシュタルが言い、ウルフが頷いた。
ここを精兵四騎に見張らせ、一同は帰途についた。
2
報告を聴いたマサツネも渋い顔をしていた。ヌイもだ。二人揃って決死の大戦を生き残るすべを考えている。
コモド、ウルフ、イシュタル、ソルド兵士長が同じく悩んでいた。街道の幅はどうだったか。狭いなら誘い込み一気に火攻めで殲滅できないか。などと、意見が交わされた。
「やはり誘き出すしか手は無いように思う」
ウルフが言った。全員が彼を見た。
「少数の軍勢で文字通り決死の戦をさせる。敵を翻弄し、脅威に思いこませる。そうして反転し、街道を駆け、後は言わなくても察しがつくと思うが、残った軍勢を伏せて置き、一気に叩く」
ウルフが言うとコモドは反論した。
「少数でそんな戦い方をしたら、死ぬ人も出るかもしれない」
「戦の常です」
そう応じたのは両眼を閉じたマサツネだった。彼は目を開くと頷いた。
「その策略で行きましょう。コモド殿、犠牲の出ない戦は無いのです、今までが恵まれ過ぎていた。本来はこのような状況を何度も潜り抜けてこその戦争なのです」
マサツネは諭すように言った。年はコモドよりもずっと若いというのに武者としての重い貫禄のある言葉であった。
「何か他に作戦は無いの?」
コモドは縋る思いで一同を見回した。
「大将、決断を」
ウルフが言い、一同が逆にコモドを見詰め返してきた。
「待って、夜襲を仕掛けたりとかは」
「村の者に要らぬ迷惑を掛ける。それにあの軍勢を前に我らは小石のようなものだ。夜襲で減らせる兵力も期待通りにはいかないだろう」
答えたのはソルド兵士長だった。
「ヤトの五百から百五十を出し囮としましょう。民兵よりはもつでしょう」
マサツネがコモドを見た。
傷つき死ぬのが他国の兵だから良いというわけでは無い。コモドが反論しようとするとヌイが言った。
「敵だって死にたくは無かったはずです。我々は既に血塗られた道を進んでいるのです。ヤトの国を統一するために私達は多くの敵兵の死をも背負ってきました。コモドさん、戦争をするということはそういうことです。敵味方問わず人の死を背負うのです。その罪は一生消えません。罪を感じながら死んだ者達の分も掴んだ平和を噛み締めるのです。そして恥じることなく生きることです」
ヌイが言い、コモドは今まで自分が戦で人殺しをしてきたことに初めて罪悪感を覚えた。
何のための死だ? 平等な平和を掴むための死だ。俺はそれを掲げて進んで行かねばならないのだ。
「ウルフさんの策で行こう」
「承知」
コモドの言葉にマサツネが頷いた。
「ただし、俺っちも出る。戦慣れしていないから名目上はマサツネ殿の副官として」
シグマ以外、全員が異論を挟みそうな顔になったがコモドは頑として応じた。
「これだけは譲れない。もしも俺っちが死んだらそこまでの男だったってことだよ」
すると、ウルフとイシュタルが進み出た。
「イシュタルさんあなたもか?」
「ええ、コモドさんだけに責任を押し付けるわけにもいかないもの」
ウルフの問いにイシュタルが応じた。
「そういうことだ、コモド殿。我ら二人もお供する。獅子奮迅の活躍を期待あれ」
ウルフが言いコモドは頷いた。
「ありがとう。ヌイさんとソルド兵士長は伏兵の指揮をお願いします」
「分かりました」
「畏まった」
二人が返事をし、コモドは頷いた。