コモドの帰還56
町の門柱にサラマンダーの軍旗がはためいている。
ソルド兵士長や人々に見送られ、コモド隊は出立した。
輜重隊は少し遅れて来ることになっている。干し肉や乾燥したビスケットのようなパンなどの携帯食料は持っているため、切り詰めても五日ぐらいは補給無しでやっていける形になっている。
シグマの言う傭兵団、「狐」は動いているだろう。電撃的に次々守備兵の少ない村や町を落として来たが、これからはどうなるか分からない。今は誰も傷ついてはいないが、そうならないかもしれない。もしも、敵がこちらの数を上回っていたら。
行軍の最中、総大将コモドの悩みは尽きなかった。
結果として次に着いた村には敵兵の姿は無かった。何でも先ほど急に移動したらしい。コモドらの威のためだと村人らは賞賛し、ここでも温かく迎え入れられた。門柱にはサラマンダーの軍旗が翻った。
「狐が動いているようですね」
村の集会所を借りヌイが言った。
「おそらくは少しの間は、楽をできるだろう。だが、その分、待っているのは合力した敵兵達だ。数で優り、力で我らを襲おうとするかもしれない」
ウルフが進言する。
大隊長コモドとヤトの若き大将マサツネは互いに顔を見合わせた。
「俺っち、戦いと隠密行動は得意だけど、軍事関係には疎いのよね」
「そこを補佐するのが我々の役目。ヤトでは三人集まれば何とか知恵が出ると言います。ここには姫様もウルフ殿、イシュタル殿、それにシグマ殿もおります。考えましょう、計略を」
マサツネに言われ、主要な人物達が集った。
「まず、問題を整理しましょう」
ヌイが言った。
「それは敵が大軍で待ち受けているということでしょ?」
コモドが問うとウルフとマサツネが頷いた。
「正面から戦うのは回避したい。そういうことですよね?」
今度はヌイが尋ねた。
「かといって、兵を分散させて奇襲を仕掛けても岩に小石が当たるようなものだ」
ウルフが言った。
「敵を動かせれば良いというわけね」
イシュタルが続いた。
ウルフが頷き表情を明るくさせた。
「少ない兵ではどの道奇襲あるのみ。奇襲できる方向へ持っていければ良いわけだ。我々にとって命綱は補給だ。輜重隊こそいなくなれば戦が出来なくなることぐらいさすがの敵もお見通しだろう」
「物資を囮に使うというわけですな?」
マサツネが口ひげをしごいて応じた。
「その通りです。輜重隊と行動すれば自然と足も遅くなります。敵も焦れてどこかで奇襲を仕掛けて来るでしょう。ましてやこちらは半数以上が民兵。油断を誘えます」
結局シグマは一言も発しなかったが、一同がコモドを見た。
「分かった。物資を囮にして一旦逃げたと見せかけて、敵が略奪に夢中になっている間に反転して襲い掛かる。みんなが言うんだ、やってみよう。ね? シグマ?」
だが、不愛想な傭兵は頷きもしなかった。
こうしてコモド達は出立した。
ウルフの言う通り、村を二つ、町を一つと、敵兵は姿を消していた。
この辺りからだろう。
さすがのコモドも隠密的な勘でそう思った。
明朝、コモドとウルフとシグマはヤトの兵を百人、民兵を三百人率いた。三人は馬上の人となって先頭を並んで行き、抜擢された兵達には輜重を守らせた。大部分を民兵で組織したのは、逃げ足を早くするためと、敵の油断を誘うためだ。その結果か、敵は正面から地鳴りを響かせ、軍馬で馳せ参じて来た。
「多く見積もって八百! 各地に二百ずつ配置したなら大まかな数が合う」
ウルフが隣で言った。
「笛吹け! 撤収だ!」
コモドは大声を張り上げ、ウルフとシグマと共に馬首を巡らせる。輜重を守っていた兵達は左右の街道脇に悲鳴を上げてサッと姿を消した。コモドとウルフ、シグマも続いた。三人は茂みに身を伏せ、本来なら身も凍るような、悪魔の馬蹄を聴くところだが、勝算があるなら別だ。
「何だ、敵は何処へ行った?」
「物資だけを残して逃げ去ったらしい。殆どが民兵だったそうだ。各自、敵の荷を検めろ! 油断はするなよ!」
敵兵が広がり、散開し、輜重の続く限り、列が間延びになった。
「コモド殿」
ウルフが頷いた。
「よし笛吹け!」
コモドが身を上げ大音声を響かせると、左右の林木茂みの陰から逃げ去ったと見せかけた兵が飛び出し、敵へ襲い掛かった。
そこへ、笛の音を聴いたマサツネらヤトの本隊が駆け付けて来る。
その場は混乱状態となった。慌てて闘志を取り戻そうとする敵兵に、闘志満々の飛び込む兵達。あっという間に敵兵力を上回り併呑する。
「落ち着け! 敵を迎え撃て!」
敵将が声を上げる。
そこへ颯爽と馬を疾駆させイシュタルが戟を片手に駆けて来た。
「女だと!? だが!」
それが敵将の最期の言葉となった。すれ違い様に払われたイシュタルの横薙ぎの戟は敵将と五人の近衛兵を道連れに葬り去った。
「今のうちに前方を固めよう!」
コモドが言い、ウルフとシグマが続き、それぞれ馬に跨った。
シグマが先行して壊乱する敵兵を更に斬り進んだ。
不意に矢の飛ぶ音が聴こえた。
コモドが振り返った瞬間、剣が遮り、矢は叩き落とされていた。
「ありがとう、シグマ」
「狐がいるな」
コモドの礼にも傭兵は愛想無く応じたが、周囲を鋭く見回していた。
前方に回り込み、完全に包囲し迫った。
「我が名は解放軍の大将コモド! 降伏するなら命は助けてやる!」
コモドが声を上げて勧告すると、敵兵は武器を放り捨て、馬上の者は馬から下りた。
コモドらは百人ばかりの捕虜と、多数の軍馬を得て勝利を収めることができた。
偵察から戻った斥候が先の町では居残った二百程の敵兵達が逃げ始めていると報告した。誰も逃しはしなかったはずだが、どこかで狐が見ていたのだろう。
こうしてコモドらは隊を整えて堂々と町の中へ入り、人々を落ち着かせ、炊き出しを始めるとサラマンダーの軍旗を掲げたのであった。