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コモドの帰還  作者: Lance
52/73

コモドの帰還52

 音が、声が大きくなっていく。大通りはたくさんの兵達が詰め、城壁に上がり次々掛けられる梯子からの侵入を防ぐために遮二無二動いていた。

 シグマと二人、出て行ったところで誰もこちらには目を止めない。

「従ってやる。どうするんだ?」

 シグマが言った。

 兵達は突かれる門扉の音に怯え、焦り、慌てふためき、それでも何もできずにいた。

 滅んだクルーもインバルコも戦争らしい戦争はしたことが無い。ただ大陸の両端に二つの国家が成り立ち、気付き、牽制し合い、冷戦を続けていたのに過ぎない。兵の練度もたかが知れたものだ。

「別動隊が進入路から来る。それまで兵を混乱させよう。ひょっとすると外への対応も弱くなるかもしれない」

「ただここで暴れるだけか」

「そだね」

 シグマとコモドは兵達の間近まで来ると、それぞれ一人斬り殺した。

 突然のことに気を取られる兵もいたが、何が起きているのか分からない様子だった。僚友の亡骸を踏み拉き、兵達は階上にあがったり、城門の補強を急いでいた。

「つまらんな」

 シグマはそう言うと兵の死体から長剣を一本取り出した。左右に一本ずつ持っている。

「二刀流できるの?」

「見ていろ。お前の望み通り殺し合いに導いてやる」

 シグマは兵達の間に入るや、両手の剣を振り下ろした。兵が血煙と共に斃れる。

「何だ、お前は!?」

 兵達が驚いたようにシグマを見た。

 だが、シグマは無言で躍りかかり、次々剣で敵を切り刻んでいた。血と肉、兜と剣が落ちる音が続いた。

 コモドは圧倒的なシグマの強さを見て驚愕していた己に気付いた。シグマが強いのは初めて会った時から分かっていたことじゃないか!

「間者見参なり! アンタらの敵はここにもいるぜ!」

 コモドが声を上げるが混乱する兵らには届いていなかった。仕方なくコモドは敵兵の間にスラリと入った。

「やぁ」

「何だ?」

 それが敵の最期の言葉だった。辻風のような音を発し剣閃が煌めくや、首が胴から落ちた。

「あ、ああ! て、敵だ! ここに敵がいるぞ!」

 側の兵士達が慌てて狙いをコモドに変えて襲い掛かって来る。

 クサナギノツルギを薙ぎ払い、武器が折れると敵は表情を変え、慌てて引き下がった。

「何だ、つまらねぇな」

 コモドが言った時だった。

「我が名は武器屋のゴードン! 聖人コモド殿に御加勢する!」

「同じく防具屋フランクル! 聖人殿に御加勢いたす!」

 すると方々から次々名乗りが上がり、鬱屈していた人々は今こそ鬱憤を晴らし故郷と平和を取り戻す時と声を上げて呼応した。

 男、女、老いも若きも人々が手に手に時には武器らしくない武器を持ち、敵兵へ打ちかかって行った。

「貴様ら、弱いくせにでしゃばるな! 何故、動く!? 引っ込んでいろ!」

 シグマが一喝するが人々には届かない。その目がこちらを見た。

「シグマ! 一手を頼む! 俺がもう一手を引き受けるから!」

 するとシグマは両手の剣を振るい血の風を巻き起こし、肉を散らかしながら、敵の中を抜けて民衆と合流した。

「聖人コモド殿!」

 民衆の大きな一隊がコモドの後に続いた。

「みんな、ありがとう! 今こそ、この地に平和を!」

「応っ!」

 コモドと民衆は敵兵へ躍りかかった。

 もはや城門を補強するどころではなかった。この状況を知らない城壁の兵らだけが梯子を蹴倒し、弓を射て自分達の仕事をしていた。

 民衆と一体化したコモドと、シグマの隊は敵の中を掘り続けた。悲鳴と断末魔、剣戟の音が鳴り、血と首と汗が飛ぶ。

「ええい、何をしている!? 愚民どもを押し返せ!」

 敵将が声を上げる。シグマがその眼前にスラリと出た。

「愚民が! 頭が高いわあっ!」

 敵将は剣を振るうがシグマが片方の剣で受け止めると、もう片方の剣で軽々喉を裂き戦いを終わらせた。

 コモドは熱に浮かれていた。戦が、戦場が好転している。人々の呼び声。絶えることの無い、「聖人コモド」の呼び名。コモドは覚悟を決めていた。カンスケとフラマンタスを説得し、クルーの地を取り戻す。三等市民などという蔑称と地位は願い下げだ。人々は平和で生き生きしていれば良い。

 隠し通路から来たと思われるヤトの武者達が合流し、コモドは民衆に下がる様に訴えた。傷ついた者も見受けられた。だが、コモドコールは止まない。

「コモド殿、どうやらここは制圧できたようですね」

 コウサカが側に来て言った。そして残る兵に降伏勧告を出した。敵兵は次々投降した。

 城門が開かれ、教会戦士団を先頭にヤトの武者達、ヒューリー、グロウストーン、グミ村の民兵達が入城してきた。

 戦いは終わった。いや、始まったばかりなのかもしれない。



 2



 旧クルー城はさほど荒れてはいなかった。主はいないが、城勤めの人間達は通常通りの勤務に戻った。給料は忍び衆が見つけた国庫から出すことになった。誰が出すのか、彼らに約束をしたのはコモドであった。そのため、城内の兵士、侍女、料理人らはコモドを新たな主として仰ぐようになってしまった。コモドは町の人達の期待も背負い、その小さな背は逞しかったが荷が重すぎると感じていた。だが、中途半端ではやめられないところまできてしまったのだ。

 会議室にはコモド、コウサカ、フラマンタス、ロベルト、パパス、ラックフィールド、ヌイがいた。

「インバルコに噛みついたわけですが、敵はこの城と引き換えに自治権を認めてくれるでしょうか」

 開口一番はラックフィールド町長であった。

「それは分からない」

 ロベルトが応じた。

 コモドは落ち着かなかった。誰もがこの件は終わりに近いと確信しているだろう。教会戦士達もヤトの武者達も、上から下まで、あとはインバルコの動き次第だ。

 しばしの静寂の中、コモドは覚悟を決めて立ち上がった。

「みんな、聴いて欲しい」

 コモドが言うと全員が注目した。

「俺は、もっと多くの人々を助けたい」

「と、おっしゃると?」

 コウサカが訝し気に尋ねてきた。

 その時、会議室の扉が勢いよく開かれ、黒い甲冑武者が入って来た。

「申し訳ありません、我らは止めたのですが」

 廊下の見張りの兵が頭を下げて詫びた。

「良い、気にするな」

 そう言ったのはコウサカであった。

「さて、そろそろ本来の役目に御戻りなされ。あなたの号令無くしてヤトの武者は動きませんぞ」

 コモドには分かったが、他の誰もが顔を見合わせ、黒い甲冑武者カンスケを見ていた。

 コウサカさん、見破っていたんだね。

「ははは、そうだな。その通りよ」

 甲冑武者が顔の面を外すとそこには若いヤトの国主の姿があった。

 コウサカは落ち着いた様子でイスから下り、床に片膝をついて平伏した。

「カツヨリ殿!?」

 ロベルトが驚きの声を漏らす。

「兄上!?」

 ヌイも続く。

「カンスケの正体がカツヨリ殿だったのか!?」

 パパスも声を上げて瞠目していた。ラックフィールド町長だけが珍しく冷静だった。

「勇者コモド、いや、聖人コモド。市井の人々は貴公をまだまだ必要としている。貴公の戦は終わってはおらん」

 カツヨリが言いコモドは頷いた。

「せめて元の領土だけは取り戻したい。三等市民だと虐げられている人達を助けたいんだ。フラちゃん、ヌイさん、コウサカ殿、村長、パパスさん、ラックフィールドさん」

 コモドが胸の内を明かすと、ラックフィールドが暗い顔で応じた。

「負けたらまた余所へ避難することになります。せっかく自治権を取り戻せる用意はできたのに、それ以上欲張ってどうするのです!」

 ラックフィールドの言葉が尤もだった。それが最初に掲げて来た最終目標だったのだから。帝国と相対する道を選び、全滅したら。誰もが考えることだ。ラックフィールド町長が立ち上がって一同を見渡して言った。

「コモドさん、皆さんも、そのために戦ってきたのでしょう!? 冷たい話ですが確実な勝機が無い以上、我々が平和ならそれで良いじゃないですか。自分でもどれだけ冷たいことを言っているのかは理解しているつもりです!」

 コモドはラックフィールドが臆病者だとは思わなかった。このまま戦を続けて行けば傷つき死んでゆく者も出るだろう。だが、それでもコモドにはなぶられ、虐げられている人々を見捨てることはできなかった。今、それをできるのは他ならぬ自分達だけだからだ。

「ラックの意見も分かるが、インバルコを攻めて元の領地を取り返すのなら今しか無いだろう」

 ロベルト村長が言った。

「ラック、俺達には逃げ道があるが、他の多くの人々にはそれすら用意されていない。俺はコモドの意見に賛成だ。カツヨリ殿が手を貸してくれると言うのなら尚更賛成だ」

 ロベルトが続けた。

「そうだな、自分達だけ平和ならそれで良いというわけにもいかんだろう。俺達には手段がある。違うか、ラック?」

 パパスが言いラックフィールド町長は表情を硬くした。

 ヌイが頷くのを見ると、コモドは沈黙を貫いているフラマンタスに目を向けた。

「フラちゃんはどう? 手を貸してくれる?」

 教会戦士団を率いて来た猛者は腕組みしていた。

「コモドが言うなら最後まで付き合う。君がかつて俺に手を貸してくれたように」

 全員がラックフィールド町長を見た。彼は震えていた。そしてテーブルの上に突っ伏し、拳を何度も叩いて叫んだ。

「せっかく平和を手に入れたというのに! ああ、実際あなた方はどうかしている! 分かりましたよ! 私らだけ行かないというわけにもできないでしょう、ヒューリーも最後まで共に付き合います!」

「意見が一致したな! よし、まずはコモドの名で志願兵を募ろう!」

 ロベルトが力強い笑みを浮かべて言った。

「そういうわけだ、今後は私は部隊を指揮する側に回らなければならん。シグマ、今度はコモド殿の隣はお主に預けるぞ」

「貰った金の分だけは働いてやる」

 カツヨリが言い、シグマが応じた。

 こうして聖人コモドの新たなる戦いの道は決まったのであった。

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