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コモドの帰還  作者: Lance
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コモドの帰還50

 六日経っても狼煙は上がらない。聖人コモドは、三等市民の英雄だった。だが、コモドの心境は複雑だった。自分達はこの民達を見捨て、自分達の自治権さえ得られればそれで良いと思っている。だから、今のままだと三等市民とされた彼らを見捨てることになる。

「俺のやってることは偽善だな」

 コモドはそう呟き、心中穏やかでは無かった。インバルコを本気で圧するなら兵力が足りない上に、他国の兵をあてにすることになる。そんなものはとても自分達の戦だとは言えなかった。

 ふと、城壁に上っていた兵士に化けた忍び衆の一人が下りて来た。

「狼煙が上がりました」

 待ち焦がれた合図にコモドは今は全力を尽くすことだけを考えた。

「何だ!? 軍勢が! 西から軍勢が攻めて来るぞ!」

 城壁上が俄かに慌ただしくなる。兵達が血相を変えて西門前に集結してくるが、コモドは声を上げた。

「東門だ! 敵は西門を攻めると見せかけて東門を狙っている!」

 少数だった西門の兵士達がその言葉に色めき立ち、東門へと急行して行く。

「コモド殿」

「よし、門を開けよう!」

 コモドと忍び衆が作業に取り掛かろうとした時だった。

「コモドォォォ……ウガアアッ!」

 前方から剣を振り上げ、髪を振り乱し、狂人シグマが突進してきた。

「シグマ!? こんな時に!」

 異臭たっぷりの汚れた外見の哀れな姿になったシグマは剣を振るい、コモドと忍び衆を襲ってきた。

「何だこいつは!?」

 忍び達が身構える。

「俺っちのファンだ! 今はファンサービスしている暇は無いのよ! シグマさん!」

 剣をかわしていると、外の只ならぬ騒ぎに気付いた敵兵の影が次々こちら集まって来るのが見えた。

 シグマは突進し、戸惑う忍び衆らをも妨害した。

「こいつの相手は俺っちが!」

 間合いを瞬時に詰め、短剣を振るうが、シグマは飛び退いて避けた。そして口元を歪ませる。

 こいつ、まさか、正気に?

「シグマ、聴こえるか!? 今は争う時じゃない!」

「ウガアアッ! コモドォォォッ!」

 コモドの見当違いだった。シグマは狂気に飲まれたままだった。

 クサナギノツルギは支給品の武器とは明らかに違うのでコモドは出さずに、短剣でシグマと打ち合った。

 シグマさえ殺せれば、こんな苦労することは無いのに、何故、こいつを殺せない!?

「急いで門を開けろ!」

 忍び衆らが懸命に門の巻き取り機に取り付こうとしたが、遅かった。

 城壁上の兵らが合流し、この顛末を目撃してしまった。

「門を開けようとしているぞ! 裏切り者だ! 内通者が出たぞ!」

 拭かれる鋭い笛、打ち合う剣戟の音、忍び衆も仕事ができずにいた。そして兵達が街角のあらゆるところから殺到し、あっという間にコモドらを取り囲んだ。

「時間切れです」

 槍を突き付けられ忍び衆らが鎧のベルトを切って身軽な黒装束になる。コモドも真似して軽装になった。

 門が打たれた。総攻撃が始まったのだ。

「コモドオオオッ!」

 シグマが剣を乱雑に振るった。そのため、敵兵までもが後退した。

 ここで忍び衆が言った。

「目くらましをさせます!」

 言った瞬間、濃い灰色の煙が周囲を厚く覆った。

 コモドは誰かに手を掴まれ引っ張られた。

 そのまま煙を抜けると、忍び衆らがコモドの前後左右を警護して駆けていた。

 城壁の脇を駆け、路地に入った。

 忍び衆らが周囲を警戒していたが、聴こえるのは門を打つ低く重い音と、兵達の慌てふためく声だけだった。それも遠い。

「難が過ぎるまで何処かへ身を潜めるしかなさそうです」

 忍びの一人がコモドに言った。

 そうするしかないのか。この中で一番この町の地理に詳しい俺が何も思いつけないのか。何か、何か思いつきたい。

 ふと、コモドの脳裏を黒い扉が過ぎった。道は、おそらく知っている。

「皆さん、俺っちにあてがあります! ついてきて!」

 コモドは駆けた。

 


 2



 閉ざされた娼館からは女達が恐々と窓越しに外を覗いている。コモドはそのまま駆けた。知っている道だ。

 路地を曲がる。物乞いの男はそこにいなかったが、ここで間違いない。

 壁に埋もれた黒い扉をコモドは見つけて、開いた。

 煙幕ほどではないが、煙草の煙が充満していた。

「コモド殿、ここは一体?」

 忍び衆らが尋ねてくる。

「みんな入って、扉を閉めて」

 コモドの言葉に忍び衆らは従った。

 盗賊達は焦る様子もなく思い思いのイスに座ったままだった。

「静かな殺気を感じる。油断するな」

 忍び衆の誰かが言った。

 コモドはカウンターまで歩み寄ると金貨を五枚置いた。

「盗賊の皆さん、お願いです、外へ出る道を教えていただけないでしょうか?」

 沈黙が漂った。

 すると、奥から足音もさせず、黒いフードを目深にかぶった老人が現れた。

「坊主、また来たのか」

「ええ、あなた方なら王都の地理に精通しているはず! どうか、俺っちらを外に導いてはくれませんか?」

 沈黙が少しだけあり、忍び衆らが前に出て、懐から金銀を置いた。

「ヤトの忍び衆か」

 老人は落ち着いた声色を変えずに言った。

 カウンターの上は蝋燭の薄明かりにでも充分に煌めく硬貨だらけだった。

 老人は右手へ顔を向けた。

「ビリー、案内してやれ」

「ちっ、俺か。分かったよ」

 男が立ち上がった。痩せている男だったが、手にはボウガンを持ち、幾つもの投げナイフが腰の左右に提げられていた。

「よろしくお願いします。俺はコモド」

「お前らなんかに興味はねぇ。俺は煙草が吸いたいんだ。とっとと行くぞ。ついて来い」

 盗賊ビリーが扉を開けた時だった。

「コモドオオオッ!」

 剣が振り下ろされ、ビリーは前に転がって避けた。

「何だ、こいつは!?」

 ビリーがボウガンで狙いを定める。ヤトの忍び衆も素早く展開し刀を抜いた。

「コモド! コモド! コモドオオオッ!」

 シグマは幾度も咆哮を上げ、額の傷口が割れて血が噴き出した。

「ウガアッ!」

 シグマは剣を振り回した。

「どうすんだ? お前らの連れじゃ無いんだろう?」

 ビリーがボウガン越しに尋ねる。

 コモドは選択を迫られていた。

 ここで終わりにしよう。自分のためにもシグマのためにも。

「みんな、先に行って。俺っちはこいつを相手にする!」

「コモド殿を捨ててなど行けません!」

 忍び衆らが頑と応じた。

 ビリーが溜息を吐いていた。

「皆さん、よく聴いて。ここから出られるルートがあるということは、それは逆に攻め込めるルートにもなる。それをコウサカさん達に伝えて! 戦が有利になる! 開門には失敗したけど、これでチャラにできるよ」

 コモドは姿勢が曲がったまま下を向き、不気味に沈黙しているシグマを睨みつけながら声を上げた。

「……分かりました、コモド殿。すぐに援軍を呼んできますのでそれまで御無事で!」

 忍び衆が言った。コモドは頷いた。

「話が決まったんならとっとと行くぞ! めんどくせぇ」

 ビリーが苛立たし気に声を上げ先導する。忍び衆らが名残惜しそうに去って行く。

 コモドは前傾姿勢でうなだれるような狂人に声を掛けた。

「さて、シグマ。思う存分相手になってあげるよ」

 コモドはクサナギノツルギを抜いた。シグマがゆっくり顔を上げ胸を反り返らせる。

「コモドオオオオッ!」

 シグマは咆哮を上げ得物を振りかぶり襲い掛かって来た。

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