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コモドの帰還  作者: Lance
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コモドの帰還5

 そこに現れたのは女性だった。

 こちらでは馴染みの無い服に身を包んでいる。色は白で、真ん中で分かれ、右が前に折り重なるように着ているようだ。スカートも整った折り目が並び、まるで神経質そうな印象を与えるものであったが、女性は美人だった。

 たっぷりとした黒に近い青色の髪からは二本の角が突き出ている。だが、オーガーではない。ただの額の防具の金色の飾り物であった。目は切れ長で、冷静な雰囲気を醸し出している。

 イシュタルといい、美人二人に逢えるとは今日の運勢を、いや、全人生の分を使い切ってしまったかもしれない。そう思うコモドであった。

 いやいや、俺っちはまだまだ世界中の美人を見るよ。

「コモドと申します、レディ」

「ヌイです。お初にお目にかかります」

 挨拶を交わす。

「老師、薬草を積んで参りました」

 ヌイはアメリアに手籠を渡す。だが、コモドの視線はその首筋から膨れ上がった御尻を見ていたわけではない。ヌイが片手に持っている長柄の得物は見たことが無かった。木製の柄の先に戟とも槍ともとれぬ片刃の大きな刃があった。

「これは薙刀と申します」

 ヌイはコモドの視線に気付いた。

「ナギナタ。ウルフさん御存知?」

「初めて見るな」

 コモドの言葉にウルフが応じた。

「あなたの戟の扱い見事なものでした。お手合わせ願えませんか?」

 ヌイがイシュタルに言った。

「相手になるわ」

 イシュタルは静かにそう答え、ウルフから離れ間合いを取った。

「師範、申し訳ありませんが審判をお願いします」

「良いだろう」

 アメリア老師が腰の後ろに手を組み歩んで来る。戦う二人は互いに間合いを取り、開始が告げられるのを待っている。イシュタルに動揺は無いが、ヌイは構える時から力が入り過ぎているような印象を受けた。

「お手並み拝見と」

 コモドはそのまま縁側の廊下に座って茶を啜った。

「どっちが勝つと思う?」

 クレハがコモドに尋ねた。

 コモドは少し両者を見て悩んだ。ヌイも武芸者だろう。紹介は無かったが、異国からわざわざアメリア老師のもとへ学びに来た。といったところだろう。

「イシュタルさんだな」

 そう答えたのはアネーリオだった。少年はコモドの隣に立ち、この一戦を見逃すまいとしているようだ。その修練を積んだ観察眼がコモドは嬉しかった。

「気が合うね少年」

 コモドは頷いた。

「フン、二人ともヌイさんを応援しないならアタシが応援するもん」

 クレハが憤慨するように言った。この直情的で情に厚い娘は、もはや、自分で言い出したことすら忘れてしまったようだ。

 ペケが嘶いた。

「始め!」

 アメリア老師の声が響き渡る。

 両者微動だにしなかった。だが、イシュタルが戟を携え、ヌイの眼前にあっという間に踏み込んだ。

 真剣だ。戟の刃はヌイの鼻先で止められた。

「ま、参りました」

 ヌイが瞠目しながら言った。

「勝負あり。しかし、イシュタル、お前さん、もしかすればこの里一番の動きをするかもしれないね」

「御謙遜を」

 イシュタルは冷厳な表情を崩すことなくそう述べた。だが、驚いたのはウルフもだったようだ。

「私以上だな」

 コモドも同意した。コモド以上の腕前だと素直に認めた。まるで影を残さず、ヌイの眼前に飛び込んだ動き、あれは何だ。この里では短剣術が主だが、長物でそれ以上の動きをされた。少し悔しかった。

「私はイシュタルさんを守るつもりでいたが、その必要も無いのかもしれないな」

 ウルフが言うとアメリア老師が軽く笑った。

「良いから、守ってやりな。好いてるんだろう?」

「はい」

 ウルフが頷くとそこで初めてイシュタルの白い両頬が赤く染まった。感情が沈んでいるわけではないらしい。

「良いなぁ、イシュタルさん、強くて美人」

「でも、料理はできないのよ」

 クレハの言葉にイシュタルが静かに返した。

「強くて美人は否定しない!? まぁ、とりあえず、料理なんてものも修行です! 花嫁修業! アタシ、手伝いますよ!」

「僭越ながら、私も。時々、稽古の相手になってくださればと思います」

 ヌイが言った。

「良かったな、イシュタルさん。さっそく友達が出来た」

 ウルフが嬉しそうに言った。

「友達。……そう、よろしくね」

 イシュタルが二人に向かって軽く頭を下げた。

 三時を知らせる鐘の涼やかな音色が聴こえてきた。

「おや、こんな時間か。おやつついでにさっそく、料理の修行だね。女衆はついといで」

 アメリア老師が言い、クレハがはしゃぎながらイシュタルを呼ぶ。ヌイも後に続き、玄関から家の中へと入って行った。

 土間の方からクレハの楽しそうな声が聴こえてきた。

「ここに決めようと思う」

 コモドの隣に座りウルフが言った。そしてぬるい茶を呷る。

「お茶は大陸で違うようだな。ここのお茶が一番美味い」

 ウルフは笑みを浮かべた。

「でしょ。ここならまだ若い子もいるから、クレハのやつもあんな感じだし、イシュタルさんももっと友達できるんじゃないかな」

「ああ。例え戦争になろうとも私はここを故郷として守り抜くだろう」

 ウルフの言葉にコモドは頷いた。

「北のエクソア大陸も平和だったようだが、王位継承で少しきな臭い動きをしている」

「そうなの!?」

 エクソア出身のアネーリオは驚いた顔で言った。

「驚かせてすまない。まだどうなるかは分からない状況だ。教会戦士団がどう動くかだろうな」

 今の教会戦士団の副団長はコモドとアネーリオとゾンビ騒ぎの死線を潜り抜けてきた親友フラマンタスだ。教会戦士団の別組織ではアネーリオが結婚を誓ったマリアンヌ姫が今も要職に就いているだろう。もう少し滞在すべきだったのかもしれない。

 程なくしてうら若き女性達の手で作られた美味しそうな芋煮が運ばれてきたのだった。

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