コモドの帰還49
その日の晩になってグミ村に、大勢の影が現れた。
第三陣が来たのだ。ヤトの武者達である。これが千と五百。カツヨリの派遣した全ての兵がここに集結したのである。
パパスの家で、ロベルトとコウサカ、コモドは今後の段取りについて話し合いをしていた。
目指すはインバルコのものとなったクルーの城だ。チヨ達を偵察に出している。
状況次第だが二つ、選択肢がある。一つは城を総攻めするか。そのための攻城兵器を今、夜を徹して第四陣のフラマンタスら教会戦士団が運んでいる。
二つ目の選択肢は、中へ忍び込み、戦と共に城門を上手く開けるか。いずれにせよ、チヨらの帰投を待った。
捕虜や討ち取った兵士から鎧を剥ぎインバルコの兵に化けたチヨら六名が戻ったのは二日後だった。
フラマンタスはまだ現れないが近くまで来ているということだ。攻城兵器の輸送は大変だろうとコモドも親友に同情した。
さて、戻って来たチヨが、コウサカ、ロベルト、パパス、コモドに向かって跪き報告した。パパスは立っても構わないと言ったが、チヨは節義を貫き跪いていた。
「門は二つあります。このまま直進すると出くわす西門。そしてインバルコ本国へ繋がる東門。西門は閉ざされたままですが、東門は開いています。町の様子は人々が怯えて隠れ、兵士達が大きな顔で闊歩していました。どうやらインバルコは民に位を付けたようです」
「位?」
ロベルトが問う。
「はい。インバルコの王侯貴族は一等市民。元からインバルコの民だった者は二等市民。元クルーの民衆やそれ以外の者は三等市民とされています。言うまでもないですが、三等市民達は上の位の市民達から物のように扱われております。戦の常ですが、女は勿論、男も無理に出歩く者は見受けられませんでした」
チヨの報告を受けてコウサカが言った。
「化けるなら兵士の姿を取るしか無さそうだな」
「御意」
チヨが応じる。
「教会戦士団が合流するまで当然攻撃は控えるべきだが、東側から内部へ潜めそうだな」
コウサカが言う。
「チヨさん、敵はどのぐらいいますか?」
パパスが問う。
「軽く見積もって三千はいるかと」
「兵力差は少しあるが、我らは精鋭だ。覆すことも可能だ。野戦での話ならばな」
コウサカが再び言う。
「攻城戦となると長期での戦いになるでしょうか?」
コモドはコウサカに尋ねた。
「ええ。その前にインバルコの援兵が来なければ良いが。そこは道を寸断しよう。忍びの者を数十人伏せて置き、本国との連絡路を遮断します」
コウサカの答えに、一同は結論が出ているのを悟ったようだった。
「内部へ潜入し、門を開けると?」
ロベルトが尋ねるとコウサカは頷いた。
ヤトの指揮官として、戦国乱世を生き抜いた男としてコウサカの意見を誰もが重要視していた。鬼翁の面で顔を隠しているコウサカの素顔をコモドは未だに見たことが無かった。印象としては年の頃は四十過ぎぐらいだろう。コモドはウルフを招きたかったが、それを言い出せぬまま話は進む。
「教会戦士団は明日には到着する。フラマンタス殿の意見を伺うべきではないか?」
ロベルトが言った。
「そうしたいのは山々ですが、いつまでも西側から連絡が来ないことを不審に思われる可能性もあります。行動は早い方がいい」
コウサカが言い、ロベルトとパパスは顔を見合わせていた。戦らしい戦をしたことの無い人間の顔だった。
「それに東門が何らかの事情で閉じられる可能性もあります。狼煙を合図に内応を開始しましょう。五分経っても門が開かない場合は、失敗とみなして総攻めします」
コウサカの言葉にコモドもロベルトもパパスも反対意見など述べられなかった。現在、楽に戦を進めるには最善の方法だと誰もが知ったからである。だが、危険な役だ。敵に素性がバレたら、もう命は無いものと思うべきだろう。そんな役だからこそ、コモドは挙手した。
一同の目が集まる。
「俺っちが内応の役目をします。王都は以前回ったので、ある程度の地理は把握しているつもりです。それにしくじった際にも逃げ足だけには自信があります」
ロベルトとパパスは不安げな顔をしていたが、その目が語っていた。我々、三つの地域の代表にさせてすまないと。
コウサカが頷いた。
「では、忍び衆を十人コモド殿に預けましょう」
こうしてコモドは敵地へ姿を偽り潜入することになった。
2
フラマンタスの到着を待たずしてコモドは十人の忍びとインバルコの鎧兜に身を包んで歩み始めた。
グミ村は遠い位置にある。
春風はすっかり暖かくなっていた。聳える城壁の影がだんだん近づき、側まで来ると西門が閉まっているのを一同は確認した。
「門を開けるなら西からの方がやっぱり良いのかな?」
コモドが忍び頭に問う。
「有事の際、インバルコの援兵に挟まれますからな」
忍び頭は若い男だった。チヨの一族だという。名前までは訊けなかった。そのまま黙々と城壁を迂回し、堀も無い平城の東門へ来ると、インバルコの兵達が集っていた。
「おう、お前ら、どこから来た?」
敵兵が質問する。
「西からだよ。俺達は外れを引いちまったよ。アンタらが羨ましいぜ」
コモドは人好きがする笑みを浮かべて言った。
チヨの報告通り、城下はインバルコの兵で溢れかえっていた。馬糞拾いの老人を嘲笑い、転ばせたりし、市民への悪辣な嫌がらせで暇つぶしをしているようだった。行商は一人も居ない雰囲気で、店という店もインバルコの兵の良いようにされていた。
コモドは胸糞悪い思いをしていた。三等市民とは、二等市民が蔑むために生まれた地位だ。若い女でも外に出たらたちまち餌食になるだろう。早く戦を始めたい気分だった。
西門付近にまで来ると、門扉は閉ざされ、数人の兵士が暇を持て余し、座り込んで賭博に興じていた。
城壁へ上れる階段がある。あそこから上に登って狼煙を確認しなければならない。
コモドが振り返ると、意を察したように兵士姿の若い忍びが頷いた。
大きな門扉の側に鎖の巻き上げ機がそれぞれあった。動かすには時間が掛かりそうだった。十一人でやれる仕事ではないかもしれないが、あまり多く入り込めば怪しまれる。この人数でやるしかないのだ。
忍び衆の一人が階段を上がって行った。
フラマンタスの到着はまだ先だ。今は耐える時だ。コモドらも左右に分かれ、巻き上げ機に近い位置に陣取った。そこで座り込んで自分達も違和感が無いように賭博を始めた。賭けるものは無い。既に命を賭けている。
一夜明け、変化は見られなかった。
コモドは、インバルコが三等市民だと見下す人々に横柄な態度で痛めつけたりする場面を見る度、飄々とした態度で時には慇懃に低頭で止めるのにも奔走していた。家の中にいても食べ物が手に入るわけでも無いのだ。止む無く外へ食料を探しに出た人々を何十人と救った。手に入るのは粗食だが、彼らに手渡す様を見て、忍び達はコモドを聖人だと褒め称え、更に信頼を深めたのであった。