コモドの帰還46
コモドは呼吸を荒げながらロベルト村長のもとへ向かった。
カンスケが見ていたが、彼は声を上げた。
「傷が無い。どういうことだ」
ロベルトが呻いた。
「俺は、生きてるのか?」
彼自身も戸惑い、鎧の胴を見たが、そこには致命的な傷は一つもついていなかった。大小の古い擦り傷があるぐらいだ。
「不思議だ、確かに俺は剣に貫かれて」
コモドだけが察することができた。また精霊神に助けられたのだと。そう納得するとコモドは村長を起こした。
「さぁ、戦いは続いてるよ」
「そうだな。行こう」
ロベルトは愛馬ロッシに跨ろうとしたが足を止めて振り返った。
「この戦いが終わったらコモド、お前に村長の座を譲るぞ。我が息子よ!」
そしてこちらの返事を待たずに馬上の人となり叱咤激励し村の更に奥へと武者達を率いて駆けて行った。
「ひとまずは、ロベルト殿が無事でよかった。我らも続こう」
カンスケに促され、コモドも武者達の後を追い駆けた。
並走しながらコモドはカンスケがあの敵将の剣を持っていることに気付いた。剣自体は何の変哲の無いシンプルな両刃の直刀だ。ロングソードの類だろう。
「異国の剣、使いこなして見せよう」
敵兵とぶつかる前方で討ち漏らされた敵をカンスケとコモドは相手取った。
「小男めが!」
剣が振るわれるが、コモドはクサナギノツルギを振るって刃を破壊した。
「何っ!?」
それが敵兵の最期の言葉だった。首を失った胴が倒れた。
隣ではカンスケが勿体ぶる様に新しい剣の力を敵兵相手に試していた。
剣にぶつけ、打ち壊し、鎧を打って切れ込みを入れ、感心したところを敵兵が逆上してきたが、彼は一撃、二撃と避けて、近付き過ぎた敵兵の喉元を切り裂いた。
「うがあっ、ああ」
敵兵が血を吹き出しよろめいて倒れた。
「恐ろしき剣よ」
カンスケは嘆息するようにそう述べた。
東側からパパス隊が押し始めたようで、敵兵がこちらへ逃れて来る。
「今だ! 挟撃せよ!」
その声はヌイのものであった。姫武者は馬上で薙刀を振るい、次々血の雨を降らせていた。その脇を武者達が通り過ぎ、残党へと襲い掛かった。
コウサカが降伏勧告を出した。
生き残った敵兵は三十人にも満たない数だった。
だが、敵兵は円陣を組み、剣を、槍を構えて、こちらを見据えた。
「者ども行くぞ! 帝国に栄光あれ!」
初老の兵士が咆哮を上げると敵兵は突撃してきた。
鬼気迫るインバルコの兵士達は凄まじい戦闘を展開し、意地を見せた。武者の槍を圧し折り、兜を割る者もいた。だが、多勢に無勢。
「今はこれまで!」
最後に残った若い兵士がウルフ目掛けて駆けてその刃に斃れ玉砕した。
「敵ながら見事な武者ぶりだった」
カンスケが言った。
コウサカとロベルト、パパス、ヌイが集い、グミ村攻略について話し合っていた。
今から出れば夜になる。夜襲を仕掛けるべきか声が漏れて来た。
「今日はここまでだ! グミ村攻略は第三陣と合流し明朝とする!」
一同の疲労の色を見たのか、コウサカがそう判断し声を上げた。
武者達が勝鬨の声を上げた。
コモドはカンスケを伴い自分の家に戻った。
中は荒れ放題だった。食器は砕け、棚はひっくり返されている。ベッドは乱れ、明らかにインバルコの兵士が使った後だとみられる。
「これが戦の常よ」
カンスケが慰めるように言った。
「そうだね」
コモドは頷いた。
「あ、こちらに居りましたかコモド殿!」
武者が一人訪ねて来た。
「何かありましたか?」
「ロベルト殿からの伝令です。コモド殿は大将となり数十人を伴い、グミ村に本日夜襲を仕掛けるべし」
伝令の武者は声を潜めて用心深く周囲を見回すと言った。
「あれ、どういうこと? グミ村奪還は明日のはずじゃ?」
「詳しくはロベルト村長に仰いでください。それでは御免」
武者は駆け去って行った。
「コウサカ達がわざわざ聴こえるように言ったのは、生き残りが潜んでいると訝ったのかもしれないな」
カンスケが言った。
「俺っちが大将?」
「充分務まるわい、自信を持たれよ、勇者殿。ヤトの武者達もついている」
カンスケがコモドの背を強く叩いた。それのおかげで不思議と気合いが入った。そうだ、グロウストーンを取り返しただけで終わりじゃないんだ。
コモドはカンスケと共に集会所へと馳せた。
ロベルトは集会所の建物の中にいた。コウサカとパパスもいる。この戦の中心人物達が揃っていることになる。そこにこのコモドが加わったということだろう。主要人物に数えられ多少緊張したが、パパスのニヤリと微笑む力強い顔を見て緊張は少し解けた。
「さっきはわざと大声で言ったのですね?」
コモドが尋ねるとコウサカが頷いた。
「コモド、伝令から聴いただろう。できるか?」
ロベルトが問う。
「でも、グミ村を攻めるなら村の地理に詳しいパパス殿が総大将になるべきではないですか?」
コモドが問い返すとパパスが横で豪快に笑った。
「今回は俺は一戦士として参加したい。我が村に居座るインバルコの兵どもを心置きなく成敗するためにな」
「コモド殿、軽装の武者五十人を貴方に預けます。いかがです?」
コウサカが尋ねた。
「分かりました。それと俺っち、いや、私の方で何人か抜擢させていただきますが良いですか?」
コモドの問いにコウサカがロベルトを見る。
「良いぞ、好きなようにやれ」
「はい」
コモドは頷くと建物を後にした。そしてそこに集っていた顔触れに驚いた。カンスケはもとより、ウルフ、イシュタル、ヌイ、アメリア老師が待っていたのだ。
「コモド、私達も行こう」
アメリア老師が言った。不敵な笑みを浮かべていた。残る一同が頷いた。
「ああ、よろしく頼むよ、みんな」
コモドは励まされ、夜襲の総大将という任に闘志を燃やしたのであった。