コモドの帰還44
パパス隊は五十名だった。
着の身着のまま混乱し、戦いを諦め逃れようとする敵兵達の数に逆に圧倒されていた。
「一兵も逃すな!」
パパスが声を上げ、我武者羅に手斧を振るう。断末魔に彩られた血の華が幾つも咲いた。
ヤトの武者達も手慣れている様に敵を迎え撃っている。
コモドらが合流しようとした時、一頭の騎馬が戦場の真っただ中を抜けて逃れようとした。
「しまった!」
パパスが声を上げ振り返る。
コモドの身体が無意識に動いた。
懐に手をやり。鎖の先に着いたそれを振り回して勢いよく投げ付けた。
鎖の尾を引き鉄球が騎兵の後頭部を直撃し鈍い音を上げて落馬せさる。
コモドの奥の手、流星鎚。老師直伝だ。投げナイフでは兜に弾かれるという無意識の判断だったが上手くいった。
「コモドか! でかしたぞ!」
パパスが叫び再び鬼のように斧を振るう。
逃れて来る敵兵の数が多すぎる。インバルコは残虐な国だが、この体たらくは御笑い種だ。
「グロウストーンの恨みを思い知れ!」
コモドは咆哮を上げてクサナギノツルギを手に敵の群れの中に飛び込んだ。
斬って斬って斬りまくった。浴びる血潮は熱いが、ヤマタノオロチほどではない。敵が鎧を纏っていないことがまた戦いを楽にしてくれた。運よく鎧を着ていた兵士をウルフの剣が強かに打ち付け、倒れたところを彼は地面に縫い付けた。胸甲は一撃で粉砕されていた。何という膂力だろうか。
乱戦は繰り広げられたが、コウサカ率いる隊が現れ、囲んだところで敵兵は降伏勧告に応じた。
コモドは甘いと思った。皆殺しにすべきだと。グロウストーンの人々が、クルーの他の地域の人々がそうだったように、残虐非道の鬼となって。
「コモド殿、怖い顔をしているな」
カンスケの涼やかな声が耳に入りコモドは我に返った。
「ひとまず戦いは終わった。大きく息を吸え」
言われるがままコモドは深呼吸した。肺に新鮮な空気が入り、興奮した脳を落ち着かせる。
パパスとコウサカが合流した。
「コウサカ殿、第二陣は?」
「既に要請済みです」
「ならば、我らは強襲あるのみ! 次なる地、グロストーンへ行くぞ!」
返り血まみれのパパスは物凄い形相で血気に逸ってそう言った。
グロウストーン。故郷が目の前にある。コモドの胸は高鳴った。新緑色の幼女の姿が思い出される。精霊神はたった一人で村に残っている。助けに行かねば、村を取り戻さねば!
「パパス殿、落ち着かれよ。今はもう敵は目覚めている。武装もしているだろう。運は既に味方してくれた。あとは堅実に行くのみだ」
コウサカが宥めるが、パパスは言い返した。
「いいや、コウサカ殿、士気が高いうちに攻めるべきだ! 今の我々は無敵だ! 一兵の死兵も負傷兵も出さなかった!」
「パパス殿、ヤトの指揮官はこの私だ。故郷を前にして逸る気持ちは分かる。だが、こういう時こそ落ち着かれよ」
コウサカは冷静というよりは熱を込めてパパスに言った。パパスはコウサカを睨み付けたまま右手に下げた斧を振り下ろしたまま震えていたが、頷いた。
「承知した、増援を待とう」
「うむ、さすがはパパス殿。捕虜を引き立てろ、尋問を開始する!」
コウサカが言い、配下の武者達が十五名ほどの捕虜を囲んで護送し歩んで行った。
コモドは流星鎚を拾い上げ、兵士が脳髄を打ち壊されて死んだことを確かめた。武器を再び懐に収める。この先にグロウストーンがある。コモドはパパス同様、攻め込みたかった。インバルコの兵隊があまりにも弱く感じたが、それはコウサカの言う通り、起床前という時間帯に襲うことができたためだ。鎧を纏えば戦いは更に難しくなる。
捕虜への尋問が終わったらしい。捕虜の悲鳴は幾度となく建物の中から聴こえていた。コウサカがどのような恐ろしい手段を使って尋問をしているのか分からないが、捕虜は口を割ったということだ。
「パパス殿、この先の村には三百名の敵兵が駐留しているそうだ」
コウサカが言うとパパスは恥じ入ったように応じた。
「そうであったか、闇雲に突撃すべきではなかったようだ。我らはあなたの進言のおかげで命を拾った」
そうしてパパスとコウサカは友情と親愛の握手を交わした。
その光景はコモドの荒み始めた心を宥めるのに一役買ってくれた。
「カンスケ殿、俺達も握手しましょう」
「うむ、光栄だ」
カンスケのコモドより一回り大きな手に包まれ、コモドの内なる闘志が燃えた。
「第二陣、到着!」
声が上がった。
ウルフがイシュタルの手を引いて現れた。その後ろにはロベルトとアメリア老師の姿があった。
「村長、老師!」
コモドは嬉しくなり声を上げた。
「コモド、御苦労」
ロベルトはそう言い帽子の上から頭をぐしゃぐしゃと撫でた。そしてパパスとコウサカのもとへと歩んで行った。
「コモド、まずは上手くいったようだね」
コモドよりも少し小柄なアメリア老師が言った。老師は武闘着のままであった。速度を活かす短剣術が老師の必殺技だ。
「次はグロウストーンだよ、老師」
「精霊神様をようやくお助けできるな」
老師が厳格な顔を崩さず言ったが、コモドには分かった。老師が雪辱に燃えていることを。それを明かすように老師は言った。
「私がいたずらに皆を鍛えなければ、あの一戦は無かった。私の罪は重い」
コモドは掛ける言葉が見つからなかった。
ロベルトが老師を呼び、彼女は歩んで行った。
「コモド殿、グロウストーンだったか、そなたの故郷の造りを知りたい」
カンスケが言った。ウルフとイシュタルも加わった。
「門が二つあります。南門と東門。東門は王都へ直通で途中にグミ村があります」
「ならば、二手に分かれて攻めるようになるな」
「挟み撃ちというわけだな」
コモドが言い、カンスケが応じ、ウルフが続いた。イシュタルは頷いた。
すると、第二陣が着々と現れた。ヤトの武者達だった。教会戦士団はまだ出番ではない。
「これで五百はいる」
カンスケが言った。
「狭い村の中で身動きを取れて敵を圧倒できるには十分な数か」
ウルフが応じる。
「全軍、注目!」
ロベルトの声が木霊した。彼は長剣を手に愛馬ロッシに跨っていたため、背の低いコモドにも良く見えた。
「これより、グロウストーン村を取り戻す! 皆、抜かりなく、いくぞおおおっ!」
「応っ!」
意気に溢れた戦士達の唱和が応じ、周辺に木霊した。