コモドの帰還43
その日の午後、教会戦士団も町の誰もが港に集まった。
ヤトが誇る戦艦、カイノトラのお披露目だった。
教会戦士団の軍艦以上の大きさを誇り、具体的には何メートルなのか途方も無く見当も付かなかったが、カイノトラは優美であり力強い船体をし日差しを受けて輝いていた。
これが海上での兵站を担う。船長は部隊長に任ぜられたカツヨリの臣ノブトヨが引き受ける。
「これまた何という見事な船だ! エクソアと言い、ヤトと言い、異国にこれほど差をつけられようとは!」
ヒューリーの定期船の帆船の船長達が揃って感嘆の声を上げていた。
そして明朝、出陣の時となった。
百名が半分ずつになった鎧武者達が満載の二隻の小型艇が朝日の下、港を発った。
「コモドにぃ!」
クレハが港で手を振る。だが、別れを惜しむのはヤトの人々もそうであり、応じる大きな鎧武者達に囲まれ、埋もれたコモドは手を振り返すことができなかった。
ふと、身体が持ち上げられた。
ウルフが肩車してくれた。少し恥ずかしかったが、コモドは飛び跳ねるクレハの姿を見て声を上げて手を振ったのであった。
一時の別れが永遠の別れになるかもしれない。だが、武者達に悲壮感は無かった。これが戦に望む態度というものなのだろうか。戦らしい戦をしたことが無いコモドには分からなかった。
この百名の兵隊の中に顔見知りは別艇に乗っているパパス村長とコウサカ、こちらにはウルフだけだった。ロベルトとイシュタルとアメリア老師は第二陣で来る予定だ。
「誰だお前は、見たことが無いな?」
鎧武者達が俄かに騒がしくなる。
そこには朱槍を立てた黒い鎧を着た武者が立っていた。
「我が名は牢人カンスケ。此度陣借りをさせてもらうこととなった」
カンスケは堂々と言い、コモドに向かって手を上げた。コモドは驚いて武者達を掻き分けて側まで行った。
「ちょっと! カンスケ殿!? これから戦場ですよ!」
「良いから固いことを言うな、コモド殿。戦友ためだというのに居城で座して待つことなどできようか」
「戦友?」
「何だ、コモド殿、我らは戦友では無かったのか? のぉ、ウルフ殿」
その言葉にウルフは頷いた。
「我らは共に脅威へ立ち向かい、また再び背を並べて脅威へと立ち向かうのだから戦友だ。コモド殿」
ウルフが微笑んだのでコモドも頷いた。
「カツヨ――じゃなかった、カンスケ殿、無茶はしないでくださいよ」
「おう、分かっておる。戦国の世を生き抜いてきたのだ、お主らより場数は踏んで来たつもりだ。我が動きをとくと見ておけよ、コモド殿」
カンスケはそう言うと笑い声を上げた。
日が陰り、夜の航海は続く。明朝、日の出の頃にヒューリーの岸へ着くはずだった。
甲冑武者達は沈黙し、波で揺れる船に身を任せていた。
干し柿というほんの少し固いが中身は熟れた甘い果物を腹に収めて、対岸はまだか、夜明けは今か、と彼らは水平線を睨んでいた。
船はよく揺れたが、緊張のためか、船酔いする者はいなかった。
そして待ち望んだ陽が姿を見せ始めた頃、声が上がった。
「陸が見えるぞ!」
その声に緊張は更に上塗りされた。
第一陣の役目は早朝の町を占拠しつつ、連絡路を断つことだ。ウルフの読みが当たっていれば、敵は油断しているはずだ。まさか、グロウストーンやグミ村、ヒューリーの者達が軍勢を連れて戻って来るとは、露程も思わないだろう。
二隻の小型艇は距離を置いて横に並び、見る見るうちに岸辺へと迫っていた。
「敵兵発見! 見張りが二名! 動きなし!」
「よし、訝ってはいるが油断しているな! ウルフ殿の読みが当たった! 皆、行くぞおおおっ!」
隣でコウサカの大音声が轟いた。
岸辺に追突するや、武者達は嬉々として、それこそ武者震いして次々降り立った。
「一番槍はそれがしがいただいた!」
呆気に取られているコモドの前で敵兵を槍で貫いた武者が声を上げた。
「パパス隊は速やかに退路の遮断を!」
コモドとウルフはまだ岸辺に取り残されていた。パパス隊が駆けて行くのを見てようやく我に返った。武者達の動きに圧倒されていた。
「これが戦だ、コモド殿。何故だろうか、私は戦を経験したような気がする。我らも行こう!」
「おう!」
寝起きの敵兵があちこちで着の身着のまま武器だけ持って現れるが次々武者達に討たれてゆく。
「何をしておるか! 迎撃せい! 敵はさほど居らぬぞ!」
馬に跨った敵将が出てきたが、こちらも兜と剣のみであった。
「頭を潰せば!」
コモドが出ようとした時だった。
「敵将と見た! 我が名はコウサカダンジョウ、ヤトの臣なり! その首頂戴する!」
徒歩のコウサカが槍を引っ提げ敵将へ迫って行く。
「我が名はジュンウ――」
敵将は名乗りながら繰り出した剣を弾かれ、次の瞬間には胴を鎧ごと貫かれた。
「らあっ! 敵将討ったり!」
コウサカはそう言うと、功績を惜しむ様子もなく兜首をそのままに混戦が続く市街地へと駆け込んで行った。
これが戦場というものだ。戦いというものだ。
「戦場の空気とくと吸われたか、コモド殿?」
カンスケが隣に並んで言った。いつも通り顔は防具で隠れているので表情は読めなかった。
「あ、ああ」
コモドは思った。後れを取った。と。
「ならば市街地はコウサカに任せ、我々は敗走するネズミどもを待ち受けよう。パパス殿と合流だ」
カンスケが言い、コモドは頷いた。そして思った。自分だって絶望的な戦いはしてきた。一年前のゾンビ騒ぎの時、そしてグロウストーンの意地の一戦。俺っちだってやれるんだ!
コモドは駆けた。ウルフとカンスケが並走する。
程なくして落ち延びようとする敵兵の塊と出会った。
「降伏するなら命までは取らぬ!」
カンスケが勧告するが、追い詰められた敵兵は覚悟を決めて掛かってきた。
ウルフが駆け、大剣を振るう。首が幾つか舞い上がる。
カンスケも敵兵を次々突き殺していた。
「へへへ、お、お前は弱そうだな! もらったぞ!」
二人の敵兵がコモドを相手と決めて襲い掛かって来た。
「舐めちゃってくれてえっ!」
コモドは咆哮を上げて駆ける。敵の刃を掻い潜り、クサナギノツルギで首を一閃する。オロチの時は手応えが無かったが、今回はあった。首を深々と骨付近まで達しただろうか。鮮血を散らす同僚を顧みてもう一人が慌てて斬り込んで来た。コモドは余韻に浸ることなく、攻撃を避け、跳躍して背後へ回り、振り返った胴を肩口から袈裟切りにした。刃が布と肉を裂く重たい感触が手から身体に、脳に伝わる。コモドは更に力を込めて刃を戻すと、重傷を負った敵兵に最期の一撃を見舞った。首がポロリと落ちた。
「やるな、コモド殿!」
カンスケが言い、コモドは我に返った。いつの間にか戦場に飲まれていた、周囲に敵はいない。
「ここは片付いた。パパス殿と合流しよう」
改めてウルフが言い、三人は再び戦場へと消えたのであった。