コモドの帰還41
エクソアの戦艦は一隻だけで大きく、鉄鋼に包まれた船であった。
そんな船から下りる、四角い戦士達を見て、グロウストーン他、ヤトの民達は呆気にとられていた。エクソアの装備は完全防備であった。隙がまるでない。あるとすれば鉄仮面の覗き穴の隙間だろうか。コウサカがいなければ、民達は未知の敵が攻めて来たと思い混乱しただろう。
フラマンタスが号令を掛けるとエクソアの戦士団は背筋を正し、その場に横に整列した。
「バルム、後を頼むぞ」
「はっ、大隊長」
フラマンタスは歩んで来た。
こちらもロベルトとパパス、ラックフィールド町長が合流した。
「コモド、お前も来い。お前は今やエクソアとエプシス、ヤトの友好の大使だ」
ロベルトに言われ、コモドも頷いた。そこでコモドは是非ともウルフにも来て欲しいと推薦した。彼の意見は承諾され、ウルフが現れた。
「大きい。ウルフと申す」
「フラマンタスと申します」
コモドは知らないが知っている。本当は彼らは顔見知りのはずなのだ。だが、彼はフラマンタスにウルフの正体がマグナスだと告げるつもりは無かった。
こうしてコウサカを先頭に馬で街道を行き勾配を上ってカツヨリの館へと上がった。
靴を脱ぐということにフラマンタスが納得し、そして館中に広がる異文化の香りに大きな彼は茫然と見入っていた。
そのまますぐにカツヨリに目通りを許された。
若き武者の大将は一段高い上座から下りて座っていた。
「大きいな」
カツヨリも二メートル五十というフラマンタスの姿に驚いていた。
他にコウサカとノブトヨが同席した。
ラックフィールド町長が手書きの一部分の地図を出して広げた。港町ヒューリーからグロウストーン、グミ村、今はインバルコの物となった旧クルーの城までが大きく書かれている。
自己紹介もし、作戦会議が始まった。
「上陸できるのはこのヒューリーという町だけのようですね」
コウサカが言った。
「ええ、他は深い森に覆われております。奇襲を掛けようにも我らでさえ道に迷うことでしょう」
ロベルトが応じる。
「では、ヒューリーに上陸し、そこから順序良く取り戻して行くか」
カツヨリが言った。
「全軍で行けば港で混乱します。インバルコもまさか我々が戻って来るとは、それも他国の軍勢を率いて来るとは思ってもいないでしょう。警備は未だ手薄のはず。まずは少数精鋭で露払いの如く上陸してはどうでしょうか?」
ウルフが提案する。
「確かにウルフさんの言う通りかもね」
コモドは頷いた。ウルフの言う通りだ。インバルコもまさか自分達が戻って来るとは思わないだろう。西の外れヒューリーから順序良く攻める。賛成だ。
「では、我ら連合軍の選りすぐりの百名の先遣隊を組織しよう」
カツヨリが言う。
「俺が志願しよう!」
グミ村の村長パパスが腰を叩き大音声で言った。目は爛々と輝いている。ラックフィールドが安堵したように汗ばむ丸顔を綻ばせた。
「私や地元の者は幾ら最近になってアメリア老師の訓練を受けたとしても民兵以下の武芸と機転です。よく遊びに来てくれたパパス殿はヒューリーの地理に明るい方です」
彼の隣でカツヨリの臣ノブトヨは書記官を務めていた。
「言い忘れたが今回のヤトの大将はコウサカが務める」
カツヨリが言うとコウサカが頷いた。
「拝命致します」
「うむ。では、コモド殿、貴殿も先遣隊に入るべし」
「え? 俺っちが?」
コモドが驚いた風に言うと、カツヨリが腰からクサナギノツルギを手にしコモドに差し出した。
「見事な剣だ」
フラマンタスが驚愕の声を漏らす。
「コモド殿、今一度勇者となられよ。たった今決めたがヤトの最後の条件はそうすることにした」
コモドは武者震いした。クサナギノツルギを受け取る。半ばまで刃を引き抜くと鏡のように光りを反射した。
誰もが唸りを上げた。
「分かりました、行きます」
コモドが言うとカツヨリは満足げに頷いた。
そこから少数精鋭の選別が始められた。
教会戦士団は重装備なので機動力に乏しいという決断が出たため、後詰となった。先遣隊の主な顔ぶれはパパスを部隊長に、コモド、ウルフ、コウサカと率いるヤトの武者達になった。
カツヨリが元クルー王国の城を指した。
「ここで噛みつくわけだな」
「そうです」
ロベルトが答えた。
「インバルコは急激に大きくなった自国と伸びた兵站線にまで充分な兵は出せないでしょう」
ウルフが言う。
一同が頷いた。
「よし、決まりだが、米が貴殿らの口に合えば良いが、兵糧は切らせぬから安心せい」
カツヨリが言った。
「コメ?」
フラマンタスが尋ねる。
「美味しいから大丈夫だよ」
コモドは微笑んで背を叩いた。
「当然、兵站は海路から続くことになるが、ノブトヨ、我が水軍は海路の兵站を切らせぬようにせよ、お主に預けるぞ」
「はっ、謹んでお受けいたします」
主君カツヨリの言葉にノブトヨが頷く。
もう一度、作戦の内容を話し合い、二日後の朝に出立とし、一同は解散した。本当はカツヨリから親睦を深めるために夕餉を食べて行くようにと誘いを受けたが、コモドらもフラマンタスも固辞した。民が、部下達が心配だった。カツヨリは快諾してくれた。
コウサカの案内を丁重に断り、もう慣れ親しんだ道を行き、オルタに戻る。
日は暮れオルタの人々とグロウストーンらの人々が夕食の準備をしていた。
教会戦士団は船へ引き上げていたが、食事と聞いて戻って来た。再び現れた長四角の戦士達を前に緊張が走ったが、戦士達が兜を脱ぎ、顔を見せて微笑むとようやく安心した空気が流れた。
「夏装備で来るべきだったかもな」
フラマンタスが呟いた。
「フラ兄ちゃん!」
アネーリオが顔を輝かせて駆けて来た。
「アネーリオ君か!」
フラマンタスも破顔し、二人は固く抱き合った。
「大変だったな、アネーリオ君。だが、よく無事でいてくれた」
「フラ兄ちゃんから教わった剣のおかげだよ! 負けたけど、俺も敵兵を斬ったよ」
少年ははしゃぎはしなかった。その思いを汲み取ったのか、フラマンタスは大きな手のひらで少年の頭を撫でた。
アネーリオはマリアンヌ姫や、ギュネ、ヒューとダニエルのこと、つまりは昔の仲間のことをフラマンタスに質問しながら、豚汁と握り飯を彼に勧めていた。フラマンタスは美味しそうにそれらを平らげ、ヤトの女将達が呆れるほど食べた。酒もふるまわれた。口にしたことの無い酒だったが、戦士達は喜んで飲み交わした。
こうして夜更けには一同は引き上げて行ったのであった。