コモドの帰還36
ゾンビ騒ぎを終結させた英雄コモドにお金を出させるわけにはいかない。と、キリバスとコモドは村の中にある簡素な宿屋で揉めていた。二人の兵士が呆れたような顔をしているのが目に入る。頑固なキリバスにコモドは折れた。
「教会戦士団にちゃんと請求して下さいね」
コモドはそう言った。キリバスは頷いたがおそらくこの老人はそんなケチなことはしないだろう。
夜は明け、店で朝食を済ませたコモドらは再び馬車に乗る。
朝食はパンだったのだが、コモドとしてはヤトの塩がほんのり効いた握り飯の方が好みだった。
そこでキリバスがちょうどヤトの国での境遇を尋ねて来たので、コモドは食事から衣装、甲冑、刀剣のことについて話した。キリバスも二人の兵士もとても興味を抱いていた。コモドはヤマタノオロチの時のことも話して聞かせた。クサナギノツルギのこと、ヤマタノオロチをどうやって討伐したか。
「やはりコモド殿は英雄だ!」
キリバスは感心したように言った。二人の兵士も畏敬の目でコモドという小男を見ていた。
行く先々で泊まり、馬車が王都の石畳で舗装された道に入ったのは六日後だった。
実はここまでの旅の中で、二か所ほど無人の町があった。気まぐれな真紅の屍術師によりゾンビ騒ぎの犠牲となった場所だった。とても静かで、虫の音もフクロウの声も無く、それがまた恐ろしく、あの時を思い出させた。だが、それはコモドだけだったようで、翌朝、無人の、荒廃が早くも進み始めた元宿屋から出るとキリバスも兵士二人もケロッとしていた。
あの騒動は終わったんだ。
彼らを見てコモドはしみじみとそう思った。
そうして馬車は速度を緩め、行き交う人々が目立ち始めた。
「ここで良いですよ」
城下に入る前にコモドが言うとキリバスがかぶりを振った。
「いいえ、教会戦士団の本部まで送らせていただきます」
責任感が強い。コモドはクルー王国のソルド兵士長を思い出していた。生きているだろうか。
そして考える。グロウストーンらの自治権を得るだけで満足して良いのだろうかと。だが、インバルコには到底及ばない。噛みついてみせてヤトの国とここエクソアの教会戦士団の後ろ盾があることを思い知らせるだけしかできない。到底、クルー王国を取り戻すことはできそうもなかった。せめてクルー王国の生存者だけでもこちらで保護できれば良いが。
「コモド殿、着きましたぞ」
馬車は止まっていた。
二人の兵士が下りて、馬車の扉を開けてくれた。
外に出ると、教会戦士団本部、磨かれた白い石造りの荘厳で広大な大聖堂が目の前に鎮座していた。
キリバスが教会戦士団の冬の格好、つまり全身甲冑と鉄仮面姿の門番に声を掛けた。
すると、門番二人はキリリとし、一人は中へ、もう一人はコモドの姿を見て敬礼した。
コモドは本物の賓客待遇で迎えられたらしい。
「王都の入口付近にあるはしゃぐ子猫亭という場所に我々は待機しておりますので、お帰りの際は必ずやお声掛け下さい」
キリバスはそう言うと部下の兵士二人を連れて引き上げて行った。
大聖堂の入り口から大きな影が現れた。
首元まで伸ばした灰色の髪に岩を縦に荒く削ったような顔立ち。冷静そうな眼はコモドを見つけると、口元と共に笑みを浮かべた。
「やっ」
コモドは少し照れながら手を上げると、フラマンタスは頷いた。
「久しぶりだな、コモド。相変わらず元気そうだな。故郷に残してきた可愛い恋人とはどうなった?」
フラマンタスは前回の旅路の際のコモドのウソを真に受けていたらしい。だが、実際、今は言葉通りのすてきな恋人がいる。
「結婚しようと思う。ゴタゴタが片付いたらね」
コモドが言うとフラマンタスの表情が険しくなった。
「中へ、手紙は貰っているが、俺の部屋で話を聴こう」
「うん、よろしく」
コモドはフラマンタスに促され、大聖堂の中へと入ったのであった。
2
トロル。背が二メートル五十あるフラマンタスはかつては陰でそう蔑まれていたようだが、今は行く先々でフル装備の戦士達が敬礼する。偉くなったものだ。しかし、副団長というそんな肩書の威光など無くとも、フラマンタスを知れば、きっと誰もが心を開くだろう。彼は、生真面目で強く、優しい男だ。
「ギュネっちとはどうなったの?」
「ギュネさんなら家にいる。お腹も大きい」
「わぉ、それは良かった」
ギュネは緋色の髪をした若い綺麗な女性でフラマンタスに惚れていた。そしてフラマンタスも彼女を心から好いていた。コモドは二人をくっつかせるために色々やったつもりで、それが報われた。
フラマンタスの書斎の前には見張りが一人立っていた。
「バルム、すまないが、少し席を外してくれ」
「仰せのままに。御用命があれば何なりとお呼び下さい。第五待合室におります」
フル装備の部下は廊下を甲冑と鉄の靴音を鳴らして去って行った。
こざっぱりした部屋には整理が行き届いた書棚と、机とイスと特注の巨大なベッドがあった。
フラマンタスはベッドに腰かけた。布団が深く沈んだ。
コモドはイスを勧められた。
「泊まったりするの?」
「いいや、ギュネさんだけにしておくわけにはいかないからな。ここで休むのは日中疲れた時ぐらいだ」
フラマンタスは応じた。
「紅茶でも飲むか?」
「いや、遠慮するよ。本題に入らせてちょ」
「分かった」
コモドはエプシス大陸の状況を語った。インバルコがクルー国王軍を撃滅した証は、背後のグロウストーンまで進軍してきたことを知れば猶更だ。
「今のところ、長達は、村二つと町一つの自治権を手に入れられれば良いと思っている」
フラマンタスはその言葉を黙って聴いていた。
「ヤトのカツヨリ殿は、教会戦士団が出てくるのなら千人の兵士を貸してくれると約束してくれたんだけど……そっちの問題はどうなの?」
エクソア大陸では王位継承の問題が起きていると以前ウルフに聴いた。
「クシルスト団長とギルバート神官長は教会戦士団は介入しないとおっしゃってくれた。その上で、戦士団の全権を私に委ねることを約束してくれた。安心しろ、全力で助けに行ける」
その言葉にコモドは安堵し、歓喜した。フラマンタスも微笑んだ。
「我が戦士団、五百六十名は、エプシス大陸の争いに介入する。存分に使ってくれ」
フラマンタスが手を差し出した。コモドもニヤリとウインクし二人は固い握手を交わした。