コモドの帰還35
ヤマタノオロチを退治し、ヤトの国での暮らしを保証されたが、当然それだけでは終わらない。今、コモドはジェイクと船乗り達を連れて元海賊船の上にいた。
グロウストーンとグミ村、ヒューリーの者達が波止場で並んで見送っている。
「コモドにぃ! 頑張ってね!」
クレハがウルフに肩車され、その上で手を振っていた。
「任せてよ! それじゃあね!」
コモドが言うと、ヒューリーの船長が出航の声を上げた。
船は動く。エクソア大陸へ向けて。
アネーリオは愛しのマリアンヌ姫に会える機会だったが、固辞した。コモドがいない間、何かが起こった際には自分に任せてほしいと申し出たのだ。
コモドは少年の成長と気遣いに少し感動し頷いて後を頼んだ。
そしてコモドは思いを馳せる。一年前のゾンビ騒ぎのことを。危うく自分もゾンビ化の危機に瀕したこともある。虚ろな声を上げて、時には腐乱したものもいた。それらの首を断って断って断ち続けた。
仲間達のおかげでやって来れた。これから会う男も同様の感想を抱くだろう。あの地獄を終わらせ、共に帰って来たのだから。
フラマンタス。
2
出港から三日後、水平線の向こうに陸地が見えるという報告が入った。が、同時にエクソアの艦隊も出撃してきた。それはそうだ、漁船でもただの帆船でも無いのだから。
そのまま停止を呼びかけられ、三隻の小型艇に囲まれる。中には軽装の兵士がたくさん乗っていた。抵抗の意思が無いことを知ると、こちらに数人が飛び移ってきた。腰に佩かれた小剣の柄に右手が伸びている。まだ警戒の途中だ。
「コモド、お前の口から事情を話すべきだ」
同じグロウストーン出身の壮年の舵取りジェイクが言った。
確かにその通りだ。
「あの、俺っちが代表者です」
コモドが言うと、更に四人が乗り込んで来た。
「俺っちはコモドと言います」
そう話した途端に兵士達の顔色が驚愕に変わり、互いに顔を見合わせた。
「あの、一年前にゾンビ騒動を終結させた英雄の一人、コモド殿か?」
思ったよりも話は楽に通りそうだ。だが、甘かった。
「コモド殿であるかもしれないし、無いかもしれない。我々にそれを確認するすべはない。大人しく港まで来ていただこう」
白いひげを端麗に揃えた老齢の士官が言った。
従うしか無かった。
三隻の小型艇に囲まれ、船は再び動き出す。兵士が二十人ほど残っていた。
港に着くと、さっそく人だかりが出来た。風光明媚なはずの町の様子など見る暇もなく、船から下ろされ、その場で真面目だったり訝しげだったりする顔つきの兵士達に囲まれ、先ほどの士官が質問した。
「貴方が本物のコモド殿であったら大変申し訳ない」
「良いんですよ。尋問を始めてください」
コモドは言った。拘束はされていないが、ジェイクとヒューリー出身の船乗り達も陸地におり、見張りがついていた。
「どこから来なさった?」
「少々込み入った事情がありまして。この船はエプシス大陸の海賊のですが、エプシスは今、インバルコ帝国に支配され、我々はヤトの国へ逃れた避難民の代表者です」
下手な演技など混ぜず、コモドは落ち着いて雄弁に語った。
士官は頷く。
「貴方の言葉を鵜呑みすれば、近頃、定期船が来なかったのはそのせいか。それで誰に何の用で来なさった?」
「教会戦士団副団長のフラマンタス殿に、インバルコ帝国駆逐のための兵を貸してもらえないかと思い、来ました。既に文は出してあります」
堂々と答えるコモドを見て士官の目の色が変わった。
「だとすれば、本物の、あの英雄コモド殿か! 失礼した!」
士官が頭を下げる。
「良いんです、お役目だもの。頭を上げて下さい」
他の兵士達はコモドのことを見て色々驚いたように話していた。あんな小男だったとは。あれなら俺でも勝てそうだ。等々、コモドにとっては少々不快だったが、仕方が無い。今は役目を優先せねばなるまい。
「王都まで馬車を用意しましょう」
「ありがとうございます」
コモドは礼を言った。
「コモド、俺達はここで待ってるよ」
安心した顔つきになったジェイクが言った。
「分かったよん。なるべく早く帰って来るから」
するとジェイクが駆けて来た。
「なぁ、コモド?」
「何だい?」
先を行く士官が見つめる中、ジェイクは声を潜めた。陰謀を企んでいると誤解を招く可能性もあったが、コモドは飄々として尋ね返した。
「ル、ルナセーラさんに俺達立派だったって戻ったときに伝えてくれないか。俺の分だけ少し色を付けてさ」
ジェイクはルナセーラに惚れているらしい。コモドは嬉しくなりウインクした。
「任せてちょ」
そうして士官と二名の兵士の後に続いた。
3
馬車は町の物を借り受けることになった。コモドはこれで十分だが、老齢の仕官、名前をキリバス、が、恐縮していた。
六人乗りの馬車にコモドとキリバス、二人の兵士が乗った。
そうして馬車が出立する。
「クルー王国は滅んだと言うことでしょうか?」
走って間もなくキリバスが尋ねてきた。
「たぶんね。戦争にも出たけど、国王が寝返った多くの軍勢に揉みくちゃにされているのを見たよ」
「クルー王国と我が国は友好関係にあったというのに。無念でなりませんな」
「そうだね」
コモドは口とは裏腹にクルー王国が滅んだこと自体に無念だとは思わなかった。あの意地を見せた一戦こその無念さだけが脳裏を過ぎり感情を支配していた。その表情をキリバスはクルー王国滅亡の無念ととったかもしれない。
馬車は進み、村で止まるとそこで夜を明かすことになった。