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コモドの帰還  作者: Lance
34/73

コモドの帰還34

「ヌイさん、起きて」

 コモドは彼女の耳元で囁いた。

 ヌイの身体がビクリと動いた瞬間、彼女の頭が勢いよく持ち上げられ、コモドの下顎と衝突した。

「うげっ!?」

「あ、コ、コモドさん!」

 ヌイは驚きの声を上げた。

「すみません、眠ってしまって。大丈夫ですか?」

「ういうい、ダイジョウブイ」

 コモドは涙目になりながら笑ってそう応じた。

「俺っち、溺れたみたいね」

「ええ、私が駆け付けた時には、もうダメかと思いました。目は見えてますか? 頭がぼんやりしたりしませんか?」

「うん、頭は大丈夫だし、ヌイさんの奇麗な顔がよく見えてるよ」

 コモドはおどけて言ったのだが、ヌイの方が頬を赤らめ、目をそらした。どうしたのかと思っていると、ヌイは立ち上がり、ふすまを閉めた。

 そして振り返った。

 目はぎこちなく泳いでいたが、胸に手を置き、思い切ったように顔を上げた。視線は力に満ちていた。

「コモドさん、私を抱いてください」

 コモドは一瞬、何を言われたのか分からなかったが、ヌイが迫るや、言葉を理解し、尋常ならざる雰囲気に慌てて応じた。

「ヌイさん、何言ってるの? 駄目だよ!」

「今、私を綺麗と言って下さいました!」

 ヌイの顔が眼前にある。ヌイは慌てている。コモドには何となくそう思えた。

「綺麗だよ、綺麗さ、ヌイさんは」

「ならば!」

「だから、ちょっと待って! ごめん、ヌイさんとは付き合えないよ」

 ヌイの目が見開かれ、一瞬そらした。

「……やっぱりクレハさんがいらっしゃるからですか?」

 静かな声で彼女は尋ねた。

「……うん、そうだよ」

「そうですよね」

 ヌイはそう応じると、着物に手をかけ、右肩を出した。

 誘惑している。

「ヌイさん、駄目! ヌイさんは綺麗だけど、俺っちはヌイさんの夫にはなれないよ」

「分かってます」

 ヌイは目をそらしたまま言った。だが、次の瞬間コモドに襲い掛かって来た。

「だったら、だったら、コモドさんの、異国の強い子種を私に注いで下さい! 生まれた子供は私が立派に育てます! コモドさんにもクレハさんにも決して迷惑は掛けません! だから! だから!」

 鬼気迫るヌイの力にコモドは必死に抗った。腰の帯をほどかれつつある。危機だ!

「ヌイさん!」

 コモドはそう言うと彼女の頬をグッと両手で掴んだ。

 ヌイが唇を寄せる。

 だが、コモドは避けた。

「駄目だよ、ヌイさん。ごめんね」

 ヌイは目を見開くとコモドの胸に飛び込んだ。

「ごめんなさい、ごめんなさい、コモドさん」

 彼女は涙を流し静かに謝罪を繰り返した。

 コモドはその頭を撫でて、乱れた服を直してあげた。

「カツヨリ殿に言われたんでしょう?」

「そうです」

「もし、俺っちがヌイさんの子供を産ませてあげられなかったら、カツヨリ殿はヌイさんを怒ったりする?」

「兄上はお優しい方です。そのようなことはしません。ですが、強い子供を産み、育て上げるのが、武家の女の務めです!」

 ヌイは涙に濡れた顔を上げた。

「そっか。でも、ごめんね。俺っちはクレハしか愛さないことに決めたから」

「確かに、私が迫ってもあそこが大きくならないみたいですね」

 ヌイはコモドの股間を凝視して言った。

「いや、そんなことはないよ」

 コモドの股間が熱を帯び、衣服越しに存在を主張する。

「ね?」

「はい」

「触って良いですか?」

「それはダメン!」

「分かってます」

 ヌイは頷いて涙を払って微笑んだ。

「私、コモドさんを抱いて寝ていた時、とても安心したんです。あなたに恋をしてしまったのです。だけど、破れました」

「ごめんね」

「良いんです。兄上には報告しますが、コモドさんや他の人々の待遇が悪く変わるようなことにはしませんから」

「うん」

 二人は見詰め合い、最初で最後の抱擁を優しく交わした。

「コモドさんのにおい、好きです。クレハさんが羨ましいです」

「そんなこと言われたの初めてだよ」

「大丈夫、クレハさんも無意識のうちにそう思っています。コモドさん、クレハさんと幸せに。良い子を産んで下さいね」

「ありがとう、ヌイさん」

 コモドが言うと、ヌイは立ち上がり、歩み出し、ふすまをゆっくり開けた。外は薄暗くなっていた。

「ウルフさんとイシュタルさんは先にお帰りになりました。コモドさんも、お帰りになられてクレハさんに祝福の言葉を掛けてもらってください。あなたはヤトの国の危難を救った勇者コモドなのですから。ヒーローは遅れて登場するものです」

 ヌイに見送られ、コモドは一人夜の帳の下りた街道を馬で駆けていた。

 オルタに着くと、そこはあらゆる意味で明るかった。どこもかしこも火が灯り、ヤトの人と自分達異国の人々が踊っていた。奏でる楽器は違えど曲は故郷の異国のものだった。コモドは懐かしい思い出に浸りそうになりながら馬から下りた。

「コモドにぃ!」

 声を上げてクレハが走ってきた。

「クレハ」

 跳び付くクレハを身体で受け止め、抱き締めた。

「勇者コモドってみんなが言ってるよ」

 クレハは無邪気な笑顔を上げて言った。

「参ったな。少しこそばゆいや」

 すると、人々が集まってきた。

「勇者コモド殿だ!」

「でかしたぞ! コモド!」

 両国の人々に歓迎の声と笑顔を向けられ、コモドはニッコリ笑った。

「みんな踊って! 踊って!」

 コモドはそう促す。そして曲が再び流れると、クレハの前に跪いた。

「お美しいお嬢様、どうか、私と一曲踊っていただけないでしょうか?」

 そうして右手を差し出し、相手を見る。

 クレハは、クスリと笑って手を取った。

「何曲でも、何晩でも、喜んで」

 コモドは立ち上がる。

 二人は再び盛り上がる宴の会場へと足を進ませたのだった。

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