コモドの帰還33
勝鬨が上がる。
山を守備していた兵隊達だ。彼らは四人の帰還に驚き、ヘトヘトのコモドがクサナギノツルギを掲げて、詳細をコウサカ、ゴロウモリノブに報告すると一同はヤマタノオロチと、山の噴火の脅威が無くなり大喜びだった。
「御三方、よくぞ偉業を成し遂げてくれた。ヤトの危機はこれに救われ申した」
コウサカが言うと、コモドは振り返った。そこにはウルフとイシュタルがいるが、カンスケの姿が無かった。
ウルフが目配せした。なるほど、カンスケは歓喜の中、こっそり抜け出したらしい。
「御館様に報告致しましょう。馬を用意せよ!」
コウサカが言い、武者達が馬を四頭引き連れて来た。
コモドはヘトヘトだった。無我夢中で動いた。限界の限界を超えたのかもしれない。それこそ火事場のクソ力に支配されていたのだろう。カンスケと約束した。早く湯に浸かりたい。身体中、乾いたオロチの血と体液がこびりついて気持ちが悪かった。
「コモド殿、大丈夫か?」
一人馬に乗らないコモドを心配して、ウルフが声を掛けて来た。
「ああ、うん。御屋敷までなら何とか意識は持ちそう」
コモドは白馬に跨った。
「その異国の帽子、馬と良く映えますね」
コウサカが振り返り言った。
「もしも、村を取り戻せたらコウサカ殿にも寄贈しますね」
「それは嬉しい限り。では、参りましょう」
コウサカを先頭に一同は馬上の人となり、カツヨリの待つ館へと赴いた。
2
それはコモドらが出発し、少ししてからだった。
守備隊の将ゴロウモリノブは、当然まだ勝ちを知らないカツヨリから指示が出ないため、気の緩んだ兵達を見ながら自身も安堵していた。ヤトの国の危難は救われた。今後は自分達で安定した平和を未来永劫築き、伝えて行かねばなるまい。
年若いモリノブはそう決意を固めた。
不意に兵達がどよめいた。
「何事だ!?」
まさか、ヤマタノオロチが生きていたか!? 背筋を寒気が過ぎる。だが、兵達を押し退けて現れたのは異国の戦士だった。その有様は酷いものだ。コモドのように身体中、血と体液に塗れ、それらが乾いて強烈なにおいを発していた。しかし、その目が見開かれ活きている。
「お主は洞窟に先に入った者だな?」
モリノブは殺気を感じながら刀に手をやり馬上から尋ねた。
だが、相手は唸るだけだ。
「……モドォォォッ」
右手に粘液を引く大剣を提げ、モリノブを無視してヨタヨタと歩いて行く。
モリノブは相手を黙って見逃すしかなかった。こちらの制止を振り切り、先に洞窟に入り、勝手に悲惨な目に遭ったのだ。ただの愚か者でしかない。
その姿を今は最後に異国の愚かな狂戦士はこうして再び姿を消したのであった。
3
カツヨリはお大喜びであった。
「クサナギノツルギ、汚れてしまいましたが、お返しいたします」
コモドが言い、両手で敬い差し出すと、右に座っていたノブトヨが歩んで来て受け取り、主に渡した。
「コモド殿、ウルフ殿、イシュタル殿、いつもは持て成しを丁重に断る貴殿らがだが、今日は帰る前に風呂に入って行かれよ。戦いで塗れた汗と汚れと疲労を落として行くが良かろう」
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます、カツヨリ殿」
コモドが丁重に言うと、カツヨリは満足げに頷いた。
そして広い屋敷の中をウルフとイシュタルとは別にノブトヨに案内され、後を進む。意識は混濁していた。
「大丈夫でございますか?」
ノブトヨが心配するように尋ねて来た。
「ええ、身体の汚れさえ落とせば、元気になりますよ」
そうして案内されたのは大浴場だった。岩に囲まれた自然を思わせる風呂桶である。
「それでは、それがしはこれで。少し後に人を寄越しますので、何かあれば気軽に御声掛け下さい」
「ありがとうございます、ノブトヨ殿。あとは大丈夫です」
ノブトヨが出て行くとコモドは引き戸を閉めて、湯気の立つ大きな風呂を見て早くこの中に身を埋めたいと思った。
石鹸が置いてあり、コモドは予めノブトヨに渡されていた布切れで泡立て、身体中をこすった。赤黒いのと茶色の汚れがそれぞれ水を含んで皮膚から剥がれて流れ出て行く。
そういえば、服ももう駄目だろう。丈夫な布で織られた防具を扱う店でも売られている代物だ。鉄や革を使って無いため安価だが、一番軽くて癖が無く動きやすい物であった。コモドはこの「布鎧」を好んで着ている。
身体中を擦り髪の毛を洗うと周囲は汚れだらけだった。コモドは湯船から桶を使ってお湯を汲み、近くの排水溝へと流して奇麗にした。
やれやれ、ようやく天国に行けるぜ。
コモドは湯舟の中に片足を突っ込んだ。熱い。だが、この熱さが心地良いのだ。
コモドは湯舟に入ると真ん中まで歩んで座り込もうとした。
ところが、そこは背の小さなコモドにしては思ったより深く、足を滑らせ、お湯の中に顔を突っ込んだ。
コモドはもがいた。鼻からお湯が入る。風呂で溺れ死ぬ。冗談じゃない。コモドは一気に覚醒し必死に手足をバタつかせたが、身体は沈むばかりであった。
あ、俺っち伝説ここで終了。
クレハの顔が脳裏を過ぎった。
3
コモドは目覚めた。
自分がどこにいるのか分からなかったが、柔らかなものが顔を圧迫していた。
コモドはそこから抜け出し、顔を上げた。
ヤトの家屋の天井に、高級感のあるふすまという名前の部屋の引き戸が明けられ、中庭が見える。
肌に違和感を覚えると、黒を基調とした着慣れないヤトの衣服を着ていたが、驚いたのはそこではない。布団が敷かれ、薄い白の着物姿のヌイが横になっていたのだ。
これは一体、どゆこと?
カツヨリに会う。ノブトヨに風呂に案内される。身体を洗う。風呂に入る。何となく真ん中に進んで。
「あ」
溺れたのだ。年甲斐もなくジタバタした。冷静になればどうということもなかったのに、とんだ油断だった。
ヌイが寝ているのはきっと自分を介抱してくれたのだろう。
気持ち良さそうに寝ているヌイだが、コモドは起こすことにした。