コモドの帰還3
馬車はガラガラと車輪を鳴らして丁寧に進んでいった。たまに酔う者もいるのだが、希望に満ち溢れた三人にはそこまで付け入る隙はなかったようだ。もっとも、イシュタルだけは表情が冷めたままで嬉しいのかは分からないが、そういうことにしておこう。
昼過ぎ、馬車は森に面した格子状の門扉の前で止まった。
コモドは懐かしく思った。ここがグロウストーン村への入り口だった。まるで隠者でも居そうな場所だ。
「いるんだけどね」
コモドは一人そうごちた。
「馬車か、用件はなんだ?」
格子状の扉の向こうから声が聞こえた。コモドはクックと笑った。小さな身体に鎖鎧を纏って立派に門番を務めている。少し東へ傾いた太陽が照らすその影を見てコモドは馬車から下りると声を掛けた。
「よぉ、ハキム。なかなか立派に門番してるな」
「コモド兄ちゃん!?」
「そだよ」
すると扉が開かれ、鎧姿がまだまだ不格好な少年が姿を見せた。アネーリオと同い年のはずだが、平和な村の中で外を知らないためか、彼よりハキムは幼く見えた。
そう、このまま平和が続けば良いのだが、この村が戦の兆しと脅威に曝されることが無ければ。
コモドはそう思いながらハキムと抱き合った。
そのためのウルフだ。
コモドは背後を振り返った。
アネーリオとウルフとイシュタルがいる。アネーリオとイシュタルは涼しい顔をしているがウルフは笑んでいた。
「こちらの方々は?」
ハキムは慌てて任務に戻り、尋ねる。
「こっちはアネーリオ。俺の友達。で、こちらの二人は新しい住人候補のウルフ殿とイシュタル殿だ」
「ウルフだ、まだ住むかは分からないが、よろしく頼む」
「ハキムです。よろしくお願いします。是非是非住んでください!」
「前向きに検討しておくよ」
ウルフはそう好意的に応じた。
それからコモドは先頭に立ち、先導した。アネーリオがまるでしんがりの位置にいるのは、彼が場数を踏んだ賜物だろう。コモドは嬉しく思った。
家がチラホラ見えてくる。大きな畑があり、懐かしい村の人々が作業に勤しんでいた。ホウレンソウの種でも蒔いているのだろうか。
「コモド!」
気付いた一人が手を上げこちらを振ると、全員が顔を上げ同じく手を振ってくれた。
「ただいまー!」
コモドは嬉しくなり声を上げた。
すると人々は畑仕事を中断し、次々コモド達を取り囲んだ。老いも若きもそれぞれの顔ぶれだった。コモドがアネーリオと、ウルフ、イシュタルを紹介すると、村人達は歓迎した。
「是非住んでくれよ、お兄さん」
新しい住人候補として、ウルフとイシュタルには特に関心を引かれたようで、口々に村の良いところを述べていた。
「じゃあ、俺っちらは村長と会ってくるから。ついにで老師のとこにも顔出そうかな」
コモドが言うと村人達は和気あいあいとした様子で畑へと戻って行った。
「全員で畑仕事をするのだな」
道々ウルフが言った。
「そだよ。ここでは公平に皆で対価を分け与えるようにしてるんだ。他にも民芸品とか作ったりもしてるよん」
ウルフは感心し、イシュタルとアネーリオは黙して耳を傾けているようだ。
そのままコモドは足を進める。三人を村長と老師に引き合わせたかった。
探していた人物、村長は村一番の大きな建物、集会場の前にいた。
「ロベルトさん!」
コモドが声を上げると、門前を掃き清めていた体格の良い男が顔を上げた。体格の割りに病気なのかと思うほど顔が細く、もじゃもじゃした黒髪に、ふっさりとした口ひげが特徴だった。
「コモド! 久しぶりだなぁ、戻ったか!」
相手は歩んで来た。
「クレハは毎日お前のこと気にしてたぞ」
「あはは、そうなのねぇ」
コモドは妹分の顔を思い浮かべた。年の頃は十五になっただろう。幼い頃からコモドに懐いていた。
「ウルフさん、イシュタルさん、アネーリオ、こっちが村長のロベルトさん」
「お初にお目にかかる」
ウルフが先に挨拶するとロベルトは握手を求めて頷いた。
「なかなか良い身体をしているな。両手剣を使うのか?」
「ええ」
ウルフとロベルトは好意的に話を始めた。
「君もなかなか強そうだな」
ロベルトはアネーリオを見て言った。
「この少年はゾンビ騒ぎを収めた立役者の一人だからね、もしかしたら村長より場数踏んでるかもよ」
「そうか、北のゾンビ騒ぎが終わったか。だから船で?」
ロベルトが問う。
「そ。ウルフさんとイシュタルさんは居住地を探しに、アネーリオは武者修行というか見聞を積ませたくて連れて来た」
「そうか、御三方とも歓迎するぞ」
ロベルトは笑って言った。
「そら、コモド、俺のところはもう良いから老師に挨拶して来い。一本取れるぐらいにはなったんだろうな?」
「どうかなぁ」
そこでロベルトと別れ、一行はコモドの先導で村外れの道を歩んでいた。
そこは右手側が墓場となっていた。並ぶ墓石を見てアネーリオの表情が少々険しくなった。ゾンビとの戦いのことを思い出さずにはいられないだろう。仕方が無いことだ。
そのまま春の林道を歩み、長い石段を上ってゆく。コモドは続く三人が百段を超えたのにも関わらず息を荒げないのを見て少し驚いた。ウルフはまだしも、イシュタルか少年は息の乱れが出てもおかしくなかった。と、アネーリオが剣を抜いて頭上を見た。
「ウソ、気付かれちゃった」
馴染みのある少女、いや、女性の声が聞こえた。
「下りて来い! 卑怯者!」
アネーリオが声を上げた。
「誰が卑怯よ!」
影はコモドの隣に舞い降りた。
「お帰り! コモドにぃ!」
黒く長い髪が微風で揺らいだ。彼女は細面で少女の域を脱していないまだまだ幼い顔立ちをしていた。鼻は低く、目は円かった。
勢いよく抱き着かれ、コモドは揺らぎながらも受け止めた。
「コモドにぃ、あたし背、伸びたんだよ!」
「そうかい、クレハ。ただいま」
クレハは客人を振り返った。
「ボク、もう襲うつもりはないから剣しまっても良いよ」
「舐めるな、俺の名はアネーリオだ! お前、林道の入り口からずっと見張ってただろう!」
コモドも気付いていたが、まさかアネーリオが気付けるとは思わなかった。コモドは少年の成長を嬉しく思った。
「ウソ、そこからバレてた!?」
クレハが一同を見回す。
ウルフが頷き、イシュタルは無表情のままだった。
「修行が足りないね」
クレハは舌を出して右手で自分の頭の後ろを叩いた。
「ところで、コモドにぃ、この人達はお客さん?」
「そだよん。お客さんと戦友だね」
「そりゃ、大変だ。老師に知らせてくる」
そういうとクレハは残る石段を駆け上がって行った。