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コモドの帰還  作者: Lance
29/73

コモドの帰還29

 質素だが、どことなく厳かな館の庭園に異国の腕自慢達が集結した。カツヨリは一振りの剣を出した。緑色の鱗のような紋様が描かれた細い鞘に収まっている。

 カツヨリは縁台の上に座し、自らクサナギノツルギを抜こうとした。

 白い奇麗な若い顔を真っ赤にし、臣下も見ているというのにも関わらず気勢と奇声を上げて必死に鞘を抱え柄を掴んで引っ張った。

「ほれ、演技ではないぞ」

 カツヨリは息を荒げてクサナギノツルギを差し出した。

 ウルフが、老いた身ながらスミスが、他の代表者達が挑んだが、抜けなかった。アネーリオも無理であった。

「コモド兄ちゃん、頑張って」

 アネーリオがクサナギノツルギをコモドに渡した。

 コモドは受け取る。少なくとも鞘の長さは一メートル三十ぐらいだ。その中に収まっている剣がどれほどかは分からない。ただ、綿のように軽かった。コモドの愛用している短剣よりも軽い。

「ふむ」

 コモドは鞘を左手で持ち、右手で柄を掴んだ。

 流れるように銀の虹が見えたかのようだった。皆を苦戦させたクサナギノツルギはあっさりと引き抜けた。コモドというトリックスターの手の中で。

 挑んだ一同とカツヨリの家臣らが驚きと感嘆の声を上げた。

「見事な刃よ」

 カツヨリが言い、コモドは剣に見入っていた自分に気付いて振り返った。

「コモド殿と言ったな、いや、勇者コモド殿、クサナギノツルギを持ち、ヤマタノオロチを斃して下され」

 カツヨリが言うと、家臣らが「お頼み申す! コモド殿! 勇者殿!」と、声を上げた。

 コモドはこの奇跡を前に冷静だった。

 あらら、俺っちが引き抜いちゃったわけね。

 その後、カツヨリが祝いの席を設けようとしてくれたが、コモドは丁寧に固辞し、仲間達とオルタへ帰った。

「お帰り」

 ルナセーラが出迎えた。

「戻ったよん」

「ただいま……お母さん」

 コモドとアネーリオが答えると、ロベルトとパパス、ラックフィールド町長が駆け付けて来た。

 クサナギノツルギは今はまだカツヨリに預けている。

「で、クサナギノツルギというのは引き抜けたのか?」

 第一段階としてここでの暮らしがかかっている。三人の長は真面目で鬼気迫る勢いで尋ねて来た。

「コモド兄ちゃんが抜いたよ」

 アネーリオが得意げに語り、三人の長は安堵していた。

「でかしたぞ、コモド!」

 パパスがコモドの背をバシリと叩いて笑った。

 夕餉になった。オルタの人々の世話になりながら、一同は和やかな食事をする。クレハはルナセーラと孤児達に付きっきりだった。とても会えるような状況ではない。情事を交わしたいのが本音だが、少しでも彼女の口から激励の声がコモドは聴きたかった。

 ほら、新婚さんみたいにさ、「いってらっしゃい」ぐらいで良いんだけどな。

「どうしたのコモド兄ちゃん?」

 敷かれたゴザの隣に座るアネーリオが尋ねて来た。

「いや、ヤトの飯も美味いなって思ってさ」

 コモドはそう答えると、熱々のエビの味噌汁を啜った。



 2



 夕餉の席をコモドは抜けて、ウルフとイシュタルの元へと歩んだ。

 イシュタルは相変わらず平静な顔だが、それでも仲睦まじかった。そんな一時をコモドは拝借させていただいた。

「コモド殿」

 ウルフが笑みを浮かべて名を呼んだ。

「お邪魔してごめんね。後で、長達とオロチ退治の同行者を決めることになると思うんだけど、俺っちはお二人に力添えをお願いしたいかなって」

「私だけでなく、イシュタルさんも?」

「うん」

 イシュタルの強さは老師も認めるものであった。ドラゴンと戦ったことのあるコモドとしては、戦場が洞窟ということもあり、少数精鋭を選択したのだ。大勢いれば動きが鈍る。そうなれば無用な犠牲者が出る可能性もある。グミ村とヒューリーの者が、剣の選定の際に抜擢した猛者は、正直、今一歩頼りなかった。グロウストーンの他の面々も同様だ。アネーリオを連れて行くか考えたが、今回は止めた。ルナセーラとすごして欲しい。そう思ったのだ。

「私は構わないわ」

 イシュタルが頷き、ウルフは軽く笑った。

「駄目だな、男の私が、イシュタルさんの参戦に心強さを感じていては」

「それは俺っちも同じだよ」

 そして三人は向かい合った。

「じゃあ、良いね?」

「ああ」

「ええ」

 こうして先立って同行者が決まった。長達との話し合いでは、ラックフィールドは同意したが、パパスは自分の村から誰も出ないとは恥だと嘆き、なかなか譲らなかった。ロベルトがどうにか宥めすかし、パパスはふくれっ面で最終的には同意した。

 解散となり、外に出る。コモドはまだ火の灯っている長屋を歩き、自分の部屋へと戻った。

 開ける前に何者かの気配を察した。

「誰、中にいるの?」

「アタシです」

 その声にコモドの心臓は高鳴り、慌てて引き戸を思いきり開けた。

 点けたばかりの蝋燭の灯りの中、クレハが佇んでいた。

「ルナセーラさんが気遣ってくれて少しだけね」

「そうだったんだ」

「コモドにぃ、頑張ってね」

「うん、頑張ってくるよ」

 二人は見詰め合い、コモドの方から近付き軽く唇を重ね合わせた。

 今はこれだけで良い。

「じゃあね、また明日」

 コモドはクレハを見送った。そして外に佇むもう一つの気配を察した。

「コモド兄ちゃん!」

 アネーリオが勇んで飛び込んで来た。

「土足厳禁よん」

「あ、ごめん。じゃなくて! どうして俺を選んでくれなかったの!? 俺達、ドラゴンと戦った仲間じゃないか! 俺、役に立つからさ!」

 そういう焦りがいけない。コモドはどうしてもアネーリオを連れて行きたくはなかった。彼は一端の戦士なのは認めるが、ようやく帰るところを見つけたのだ。

 コモドは聴き逃さなかった。アネーリオがルナセーラを母と呼んだことを。親を失った少年が自ら認める親を得た。こんな奇跡があるだろうか。

「ごめんね、今回は駄目。その代わり、ここを頼むよ。守るべき人ならいっぱいいるんだからさ。ね?」

「うーん、分かったよ。そう言われると、俺が迷うこと知ってて言うんだから。今回は見送るよ」

 少年は不貞腐れたように応じた。コモドはその頭をクシャクシャと撫でたのだった。

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