コモドの帰還28
晩餐会を、丁重に断り、コモドらは帰途についていた。無礼だったかもしれないが、村の者達を残して自分達だけ美味しい真似はできない。それに今日はここに着いたばかりだ。民達は不安な顔をしているだろう。
コモドは最後尾で馬を走らせ、夕暮れの街道を行く。
カツヨリから提示された依頼は単純なものだが、危険なものであった。
カツヨリは言った。
「これより東に見えるあの大山はホウレイ山というのだが、その麓の洞窟にヤマタノオロチなる古代の怪物が目覚め巣くっているのだ。身の丈二十メートル。八本の竜の首を持ち、炎を吐く、おそるべき魔物だ。奴が地響きを起こす度にホウレイ山からは噴煙が上がる。言わば生かしておけば噴火の危機だ。我が方も勇将を出し、討伐に出向いているが未だに成果が無い。そこでそちらの中から勇猛な方々を抜擢し助勢願いたい」
カツヨリの勇将らでも手が出ないというのにこの逃れて来た異国の民達に何ができるだろうか。それにコモドはドラゴンと戦ったことがある。勝敗としては引き分けに等しかった。いや、あのままなら負けていた。そんなドラゴンを討伐に協力しろとカツヨリは言う。そうすれば、ここでの暮らしは約束すると誓った。
教会騎士団が動けなければグロウストーン村を取り戻す兵を挙げることは無い。ということだ。
オルタに戻ると、外で炊き出しが行われ、逃れて来た我が人々が夕餉にありついていた。
「ロベルト村長、討伐の件だけど」
コモドが切り出すと、ロベルトは手で制した。
「今は、腹いっぱい食おう。みんな安心させてやらねばなるまい」
そうして声を上げると、人々は歓喜して出迎えた。
コモドもその中に入った。
米という粘り気のある白い塊を手にし、かぶりつく。塩味が染みていた。身体から疲労が吹き飛び、コモドは握り飯という形になった米と大根の漬物を交互に食べた。
飯は美味い。皆の明るい顔を見てコモドはそう思った。
夜になり、宿舎へ引き上げる。町の北部に長屋と呼ばれる、急造だったためか少し粗末な家屋が並んでいた。案内人のコウサカもその点を詫びていた。だが、住めるところがある。ありがたい。
皆がそれぞれ長屋へ入るが、取り残された者達が居た。
グロウストーンの子供達だ。クレハが心配げに彼らを見ていた。アネーリオとルナセーラもそこにいた。
「どったの?」
コモドが行くとクレハが不安げな顔をした。
「この子達、両親を失った子達なの」
下は二歳から上は八歳だった。まだまだ親が恋しい時期だ。中には親を思い出してか、しゃくり上げる子供もいて、ルナセーラが抱き締めて慰めていた。
「コモドにぃ、私とルナセーラさんでこの子達の面倒を見ようと思うの」
コモドはルナセーラが子供らを慰める様子を見て、女の母性というものが今は必要なのだと感じた。
「大変だとは思うけど、そうしてくれるとありがたい。ルナさんもお願いね」
「アタイにならできるって、坊やが言うからね。頑張ってみるよ」
ルナセーラが応じた。
こうして長屋のクレハの部屋とルナセーラの部屋に子供達が入ることになった。
「で、少年は見張り番と?」
「うん。何が起きるか分からないからね」
アネーリオは言った。
2
夜が明け、人々はオルタの人々の好意による炊き出しに出向いていた。
アネーリオは一晩中起きていたようだが、元気に握り飯を食らっていた。
そんな様子を見ながらコモドは子供達の世話に忙しいクレハとなかなか時間が取れないことが残念だった。
「ま、仕方ない」
コモドはそう言うと茶色に濁ったスープを飲んだ。味噌汁というらしい。ネギと豆腐と呼ばれる白い四角のものが入っていたのだが、これもまた美味だった。ヌイはグロウストーンの食事に不満だったのではないだろうか、と、コモドは思った。
食事の合間を縫って、コモドはロベルト村長とパパス村長、ラックフィールド町長に呼び出された。
討伐の件だ。
「ドラゴンは強いよ」
コモドは真面目な態度で三人を見て言った。
長屋のロベルトの部屋で話し合いは行われていた。
「そんなに強いのかい?」
ラックフィールド町長が丸顔の中にある瞳を丸くして応じた。
「ドラゴンなんぞ、絵物語でしか知らんからな。手合わせしたコモドの意見を第一に誰を代表者にするか決めよう」
ロベルトが言った。
「俺が行こう」
パパスが斧を叩いて言った。
「それは駄目だよ。あなた方三人はそれぞれの長だ。一番人々を把握している立場なんだから、危険な真似は困るよ」
コモドが宥め、続けた。
「問題はドラゴンの鱗を刃が通らないことなんだよね。ヤトの国の人達も同じことで悩んでるのかもしれない。少年!」
コモドは外で番をしているアネーリオを呼んだ。
「何、コモド兄ちゃん?」
「コウサカさんを呼んで来てくれない」
「分かった!」
程なくしてコウサカが現れた。甲冑姿で顔は相変わらず鬼と翁の面で覆われていた。
「何か御用でしょうか?」
コウサカは長屋の外で尋ねた。
「お入りください。こちらとしても情報が無ければ正しい戦士の抜擢ができないもので」
コモドが言うとコウサカは「確かに」と頷いて、靴を脱いで上がってきた。そして他の皆同様、あぐらをかくが、背筋はピンと伸びていた。
「何でもお尋ね下され」
「では、遠慮なく。ヤマタノオロチに刃は通りますか?」
コモドの問いにコウサカはかぶりを振った。
「よく、御存知ですね。刃は通りません。ただ」
「ただ?」
コモドと三人の長は思わず声を揃えてコウサカを見た。
「ただ、我が家にまつわるクサナギノツルギならば、ヤマタノオロチを倒せるという伝承が残っております」
「試したの?」
「いえ、伝承には、異国の地より参りし勇者こそがクサナギノツルギの主となり、ヤマタノオロチを倒せるだろうとあります」
だから、カツヨリは自分達に期待したのか。
「クサナギノツルギは何本あるの?」
「一つだけです。選ばれし者しか刃が抜けないと伝承が示す通り、先祖伝来の家宝を受け継いだカツヨリ様でも引き抜くことができませんでした」
コモドは頷いた。
「だったら、そのクサナギノツルギを俺達の中で抜ける人がいるかどうか、試さないとならないね」
「その通りです」
コウサカはコモドの言葉に頷いた。
「大っぴらに見世物にもできないだろうし、腕に覚えのある人を抜擢するので、御屋敷の方に訪ねても良いですか?」
「こちらとしてもそのようにしていただけると助かります」
コウサカの声が少し明るくなった。
「では、そのようにさせていただきます」
コモドが言うとコウサカは立ち上がった。
「カツヨリ様にお伝えして参ります。ヤマタノオロチの呪いでホウレイ山は噴火も近いかもしれません。申し訳ありませんが、私が戻ってくる間にお決めいただければ幸いです」
「分かりました」
コモドが頷くとコウサカは駆けて出て行った。
「さぁて、時間もないし、腕自慢なら大体目星はついてるし、決めちゃいましょう」
コモドが言い、こうして勇者の素質のありそうな者の推薦が始まった。