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コモドの帰還  作者: Lance
26/73

コモドの帰還26

 寒い潮風の中、眠って夜を明かした者は少なかっただろう。船上には朝の日差しが照らし、人々はたった一日だというのに疲れ切った顔を茫然とさせて陽光に見入っていた。

 それもそうだ。グローンストーンは失うものが大きすぎた。命だ。両親を失った子供もいる。今はまだ悲しみが優り、復讐の火は見えなかった。だが、日が経つに連れて彼らの心に芽生えるだろう。大きく、深く。

 前方から三隻の船が迫ってくるのが遠めにも見えた。

「ヤトの船です。船を減速させて下さい」

 ヌイが言い、手旗信号を使える者は後ろに続く帆船に向かって指令を出した。

 海賊船よりは小さい。だが、ヒューリーの帆船よりは大きい。

「そこの船停まれ! ヤトの領海で何をしている!?」

 男の声が木霊した。

 するとヌイの表情が一瞬輝き、メガホンを受け取ると彼女の奇麗な声が響き渡った。

「コウサカ! ヌイです!」

 そう言いながら舳先で手旗信号を送った。

 我に戦意無し。

 信号の読める者がコモドの隣でそう呟いた。

 ヤトの船が前面に迫ったところで停泊した。ヌイがこちらも止まるように指示を出した。

「ヌイ様!」

 相手側の舳先に現れたのは異国の甲冑戦士だった。兜に黄金色の角があり、煌びやかで艶やかな鎧を着ている。それなりに名のある者なのだろう。

「コウサカ、兄上には既に手紙を送ってあります」

「存じております。それでは我が船が旋回致しますので、後に続いてください」

 コウサカの言う通り相手の船はゆっくりゆっくりと背を向け始めた。

「さぁ、参りましょう!」

 ヌイが振り返って声を上げた。



 2



 広い港は大小の船があり、先ほどの戦士と、船に乗っていた兵隊達が出迎えた。列は二つに分かれ整然と整えられていた。彼らの鎧ときたら、派手でありながら、どこか渋みを感じさせるものであった。向こう側からすればこちらはどう見えるだろう。コモドは鎧としても取り扱われている丈夫な布の服に茶色の薄手の外套を纏っている。

「おヌイ様のお帰り!」

 どこからか男の声が聴こえて兵士達が勝鬨の声なのか、大音声を上げた。

「えいえいおー!」

 そしてあちらは平伏する。

 顔を仮面のような物で覆ったコウサカが最後に跪いた。

「コモドにぃ、ヌイさんって、偉い人だったみたいだね」

 クレハが隣で囁いた。

 ヌイが先に歩み出る。

「コウサカ、受け入れ態勢の方はどうなっておりますか?」

「はっ、まずは代表者の方とお会いしたいとお館様は申されました」

「他の方々は?」

「こちらに仮の宿を用意してございます」

「ありがとう」

 ヌイは微笑んで振り返った。

「ロベルト村長、代表者の方を御選出下さい」

「あ、ああ、そうだな。俺と、ラックフィールド、パパス、お前さんらもだな」

 ラックフィールドは小太りの男で港町ヒューリーの町長だ。性格は温厚だ。パパスは生真面目な体格の良い男で誇り高い、グミ村の村長だ。

「コモドさんにも同道願えませんか?」

 ヌイが言った。

 コモドにもさすがにこの場でのヌイの言葉に逆らう必要性は感じなかった。援軍を頼むために来たのだ。ニコリと微笑み彼は了承した。だが、何故自分だけが指名されたのだろうか。だが、もう一度頷く。

「コウサカ、参りましょう」

「馬には乗れますか?」

 コウサカが立ち上がり一同に尋ねた。髭の飾りがある鬼と翁のような顔の防具が良く見えた。

「こちらは問題ありません」

 ロベルト村長が応じる。

「では、こちらへ、馬を用意してございます」

 コウサカが歩んで行く後ろをヌイが続き、ロベルトらが後を追い、コモドは最後尾に続いた。

 背後で分かれていた兵達が集い、口々に残ったこちら側の民衆に宿まで案内します。と、言っていた。中には年寄りを背負う者もいた。何て良い国なんだろうか。コモドはそう思い、インバルコから自治権を奪い取ったら、真似しようと決めた。



 3



 街道は石畳が敷かれていた。ここまで整備が行き届いているとは、と、ロベルトら代表者達は驚いていた。

 ヤトの国は平和なんだな。コモドはそう推測した。

 そのまま馬を歩ませて行くと、右手に山が見え、冴えているコモドの目はその中腹に屋敷があるのを見止めた。

「上り坂です。目的地まで少し掛かります」

 ヌイが振り返って言った。

 そのまま十分ほど、山をグネグネと緩やかな長い勾配を上ると、そこにはやはり屋敷があった。旧クルーの貴族の屋敷よりも、ゲッブの屋敷よりも大きい。そして艶やかで渋い。黒い瓦屋根は陽光を受けて見事に光り輝き、遠目だが白い壁には染み一つ無い。驚いたのは門扉が無いことだった。コモドの推測だが、これは君主が民の近くに居たいという証なのでは無いだろうか。

 進んで行くと、石造りの見事な玄関と磨かれた板張りの長い廊下が続いている。

「コウサカ、お客様達を頼みましたよ」

「はっ」

 コウサカが答えるとヌイは一人先に上がって消えて行った。

「申し訳ありませんが、履物をお脱ぎください」

 コウサカが言い、コモドらは汚い靴下で申し訳なかったが屋敷に上がった。

 そのままコウサカに先導される。幾つもの部屋があり、侍女と思われる美しい女達が立ち止まって会釈してきた。

「こちらでしばしお寛ぎください」

 コウサカはそう言い、一つの大きな部屋に案内した。コモドには先ほどから気になるにおいがあったが、その正体がようやく分かった。この編まれた床だ。

「これは畳だ」

 ラックフィールドが言った。

「たたみ?」

 パパスが目を剥いて尋ね返し、ラックフィールドは及び腰になって頷いた。

「パパス殿、顔が怖いですぞ」

「生まれつきだ」

 パパスはそう言い、畳の上を歩いた。

「これは草か! 草を編んでこのようにまで仕上げるとは驚いた!」

 パパスの大きな声が轟いた。

 そして畳の上にどっかり座ると寝転がった。

「これは良いぞ、皆の衆!」

 パパスの言葉に、ロベルトとラックフィールドも続いて隣に転がった。

「確かに」

「想像していたよりも素晴らしい」

 二人とも喉を唸らせていた。

 まぁ、仕方ないか。

 コモドは座った。その聡い耳が誰かが板張りの廊下を歩んで来る足音を聴いた。

「ほらほら、おじさん達、もう良いでしょう? 行儀悪いよ」

 コモドが注意すると三人とも名残惜しそうに身を起こした。

「失礼いたします」

 コウサカとは違う男の声が廊下の見事な風景が描かれた引き戸の向こうから聴こえた。

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