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コモドの帰還  作者: Lance
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コモドの帰還25

 港には帆船が並んでいた。その前に大勢の人がいる。彼らはまだ船に乗り込んでいなかった。

 ロッシに跨ったロベルト村長がその間を掻き分けて来た。

「コモド、言ってやれ。インバルコは殺戮者だとな。ヒューリーの連中がインバルコの支配下で平和に生きていけるのならそれでも良いと言い出したんだ」

 ロベルト村長がロッシから下りるとコモドは乗った。

 ロッシを棹立ちにさせて嘶かせ、全員の注目を浴びた。

「俺は見た! インバルコの連中は女も容赦なく殺すところを! あいつらは血に飢えたただの悪魔だ! 魂を売れば文字通り持っていかれるだけだ! みんなで一度ここを離れよう! それが賢明な判断だ!」

 コモドは声を張り上げた。

 人々が顔を見合わせ始めた。

「ええい、死にたい奴は死ねば良い! グロウストーンは先に出発する!」

 コモドはわざとらしく苛立ちを募らせて叫んだ。

 グロウストーンの者達は先の大敗を前に今は何をやってもインバルコには勝てないと悟り、速やかに元海賊船に乗る。

 するとグミ村とヒューリーの者達も慌てて帆船に乗り込み始めた。

 そして船は出港する。舵は船乗りの経験があるというジェイクが引き受けていた。

 陸地が遠くなり、一抹の寂しさを誰もが覚えた。

「ヤトの国、オルタまでは一日掛かりです。皆さんを歓迎します!」

 ペケの隣でヌイが一同を励ました。

 アネーリオはルナセーラと共にいた。

 クレハは不自然に血まみれの服を父であるロベルトに追及されていた。村長は皆を率いていた。娘が死にかけ、精霊神が救ったことを知らない。クレハも返り血だと言って誤魔化していた。

 順風漫歩に思われる船旅だったがそうはいかなかった。

「うわああっ!?」

「何だお前は!?」

 村人達の声がしたかと思うと、聞き覚えのある声が聴こえて来た。

「コモドォォォッ……」

 ああ、ちゃっかり乗船してやがったか、この野郎!

「みんな、下がって、広がって。奴の狙いは俺だ」

 村人達が左右に寄ると、そいつは髪を振り乱し、咆哮を上げた。

「コモドォォォッ! ウワアアアッ!」

 抜身の長剣を振り上げて狂ってしまったシグマは猛然と突っ込んできた。

 コモドは短剣二刀流で相手をした。

 剥き出しの白目は狂気に染まり、力任せの刃は初対面の時の研ぎ澄まされた冷静な面影は失せていた。

 空振りし、空振りし、それでも暴力的にコモドを襲う。真新しい額の傷口はその怨念めいた力に耐え切れなかったのか、再び破れて血が吹き出した。

「シグマ! 正気に戻れ!」

 かつては敵だったが、コモドはシグマを殺したいとは思わなかった。殺しならもう十分したし、これから再び数知れず行うつもりだ。だが、今はまだだ。

 シグマの背後に跳躍し、蹴飛ばす、シグマがよろめき、船縁までヨロヨロ進み、そして落ちた。

「あ、しまった」

 コモドは思わずそう言った。

「コモド、これで良かったんだよ。あれはもうアタイの知っている兄貴分のシグマじゃない」

 ルナセーラが少し哀れむように言った。

「コモドォォォ……」

 低い声が再びし、船縁に手が掛かった。

「シグマ!?」

 シグマは再び甲板に上がってきた。

「コモド殿、こいつをどうしたい?」

 ウルフが隣に並んで尋ねて来た。

「今は殺はしたくない」

「だが、そうしないとあなたは眠れる夜が無くなるぞ」

「コモドォォォッ! ウワアアアッ!」

 剣を引っ提げ、振り上げてシグマが猛然と甲板をコモド目掛けて一直線に駆けて来る。

「ハアッ!」

 ウルフが前に飛び出し剣を受けた。

 両者の剣がぶつかり火花を上げて軋み始めた。

「シグマだったな、狂気に蝕まれていると見た。正気に戻れ! さもなきゃ、私はお前を殺さなければならん!」

 剣が何度も何度も衝突した。

 コモドは迂回し、シグマの背後に回り込んだ。そして跳躍し剣の柄で強かにシグマの後頭部を打った。

 シグマはよろめいた。

「ウア……コモドォォォ……」

 シグマは呻くように言い、前のめりに倒れた。

「ロープを! 捕縛する!」

 ウルフが言った時だった。

 シグマはゆっくり立ち上がった。

「コモド……。コモド……」

 ウルフを無視し、周囲を振り返る。

「俺っちならここだ!」

 コモドが背中で言うと、シグマは振り返った。

「コモドオオオオッ! ウワアアアッ!」

 剣を振り回しシグマは猛然とコモドに迫った。

「コモド! もう無理だ、そいつは殺すしかない! アタイがやる!」

 ルナセーラが大剣を抜いて参戦しようとしたが、その前にシグマが跳んでコモドに斬りかかってきた。コモドは転がってその下を抜ける。

 今、ここで誰も傷つけさせるわけにはいかない。

「シグマ!」

 コモドはその背に体当たりを食らわせた。相手がよろめく。二、三歩、進んで船縁へ再びぶつかり、また落ちていった。

 水音がしたが、コモドは駆け付けて海面を見渡した。シグマはどこにもいなかった。

 こうしてコモドへの強い執着を持った一人の狂戦士が水底へと消えて行ったのだった。

「あいつは何だったんだ?」

 ロベルトが問う。

「シグマだよ、前はあんなふうじゃなかったけど」

 クレハが隣で言った。

「額から血を噴き上げていたが、コモド、あれはお前がやったのかい?」

 アメリア老師が尋ねて来た。

「そうだよ。もともと冷静冷酷な奴だったんだけど」

「脳に損傷が及んで人が変わってしまうというのは聴くけど、それかもしれないね」

 老師が言った。

 見れば、全員が武器を抜いていた。

「もう大丈夫。奴は海へ落ちたから。俺っちにもようやく平和が戻った」

 コモドは笑いはしなかった。こんな形で結末を迎えたシグマが哀れに思えたのだった。

 船は進む。ヤトの国を目指して。

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