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コモドの帰還  作者: Lance
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コモドの帰還23

 敵は追って来なかったが、コモドは独り、インバルコの侵攻が果たして善かどうか見定めるために残った。

 近場の村落に身を潜めていた。恐々と男達の帰りを待っていた女や子供に動きがあったのは一日後だった。

「この地はインバルコ帝国のものとなる! それ、逆賊どもをひっ捕らえて処刑しろ!」

 インバルコの兵達が雪崩れ込み、若い綺麗な女でさえも見向きもせず、冷酷に斬り捨てた。

 これは、とてもインバルコの政治に期待などできないぞ。

 コモドは阿鼻叫喚の村落から馬を奪い、故郷へ一目散に逃れた。



 2



 三日後、コモドは西側衆の隊列に追いついた。そして皆の前で、インバルコの残虐さを説いた。グミ村やヒューリーの者達は既に逃げ腰だが、グロウストーンだけは別だった。

「精霊神様を見捨てられるか!」

 男達は戦場での戦意喪失した時が嘘のように吠えた。

 コモドは頭を抱えた。やはり一戦交えねばならぬらしい。ロベルト村長やウルフはコモドの意見に賛成だが、村長はその資質を疑われ、ウルフは新参者だと軽んじられ、コモドは臆病者だとそしられた。

「ウルフさん、ごめんね」

「良いんだ、コモド殿。こうなれば皆の気の済むようにやらせよう。私も最後まで助力する」

 ウルフは力強く微笑んでコモドを励ました。

 王都の厚い壁の外を横切り、馴染みある街道に到着すると、少しだけ戦士達が安堵するのをコモドは感じた。

 無人のグミ村を通り過ぎ、ようやくグロウストーンへ着いた。

「幸運を祈ってる!」

 グミ村と港町ヒューリーの者達はそう言って去って行った。

 村ではまるで祭りでも始まったかのように女達が男達を祝福し、ケーキや肉などが用意されていた。男達はすっかり戦場での恐怖を忘れ、女達に向かってこの村を守る決意を告げていた。

「大丈夫、精霊神様がついていなさる!」

 そう、精霊神の加護という言葉がこの村の頼みの綱であった。

 そんなまやかしをあてにしているとは。

 コモドは声を上げて精霊神などいないことを叫ぼうとしていた。誰もいない森の奥でクレハに慰められ、辛うじて自分を抑えている。コモドは鬱憤を晴らすかのようにクレハを激しく愛した。

「クレハ、お前だけでも逃げろ」

 森に寝転んでコモドが言うと、最愛の人は言った。

「それはできないよ。みんなを見捨てるなんて」

 クレハはどうやらコモドの内面を見抜いていたようだ。この戦いは無益な血が流れることを彼女は理解したらしい。コモドはそんなクレハが愛しくて両腕を回して抱き締めた。

 その日、武装した村人達は街道に居並んでいた。そこには老師とヌイ、アネーリオの姿もあった。

 アメリア老師はアネーリオとヌイにはこんな負け戦に付き合う必要は無いと言ったが、二人とも頑なに拒否し、戦列に加わっている。

 村を戦場にすることを選ばなかったのは、やはり精霊神という存在のためだった。村こそが精霊神様の家である。そこを賊どもに侵されるわけにはいかない。そういう村人達の総意があったからである。伏兵にもならず、大人達は堂々と迎え撃つ。子供だけは既にヒューリーに逃がしている。コモドは親無しで育つ子供の悲しみを大人達自身が見失っていることに憤りを覚えていた。何度も一人で説得した。せめて女だけでも逃げろと。だが、返って女達の闘争本能に火をつけてしまった。自分達の子供は強い。自分達無しでも生きられる。精霊神様の加護があると。

 最前列にはウルフがいた。イシュタルも隣にいる。

 待つこと三日、侵攻は訪れた。

 地を鳴らし、甲冑を着込んだインバルコの兵達が歩んで来た。

 村人達とは段違いの装備だった。

「うろたえるな! 精霊神様がついていなさる!」

「そうだ、この勝負勝ったぞ!」

 村人達がまるで自ら意を決するためにそう気勢を上げる。

 ここまで来ればコモドにはどうすることもできなかった。

 敵勢は揃って足を止めた。

 降伏勧告か。

 と、思った瞬間、インバルコの背後から次々矢が降り注いだ。

 村人達は泡を食い列を乱した。中には射貫かれ倒れる者もいた。

「賊を討て!」

 インバルコの指揮官の声が響き、歩兵が殺到してきた。

 隊列が乱れ、グロウストーンの強気の女達が無謀にも挑みかかった。

「女達に後れを取るな!」

 ああ、無謀だ! そもそも一戦しようというのが甘い考えだったんだ。コモドは自分自身もグロウストーンの力を過大評価していたことに今更ながら気付いたのであった。グミ村の者達のようにヒューリーに逃れるべきだった。

「うらああっ!」

 コモドは命を捨てた。咆哮を上げて勇躍し、インバルコの鬼どもに斬りかかった。

 剣を合わせ、打ち落とし、首を刈る。血の雨を浴びながらコモドはひたすら敵の中へ中へ切り込んでいた。

 彼の耳にはもはやグロウストーンの村人の絶望と断末魔の憤怒の声などは届かなかった。次々インバルコの兵の首を切り裂いて孤独に抗っていた。

 なのでウルフに思いきり肩を掴まれ、引き戻されたときにようやく自分がいかに深入りしていたのか思い知った。

「もう良い、コモド殿! ひとまずの我らの戦いは終わった! 予定通り退こう。脱出だ!」

 返り血だらけのウルフの傍には同じく血まみれの戟を持ったイシュタルがいた。二人が血路を開いてくれた。

 襲い掛かってくるインバルコの兵達に背を向け三人は走った。

 インバルコの兵達の死体の次に現れたのは戦死した見知った村人達の姿であった。目を見開き虚空を見ている。

 グロウストーンの民達はここでようやく村を捨てる決心を固めたのだ。そのための犠牲は大きすぎたが。

「村を制圧しろ!」

 敗走する村人達の背後で、インバルコの兵達が次々村へと入り込むのをコモドは見た。

 無念の思いだった。負けることは知っていた。だが、それでも無念だった。

 必ず取り返してやるからな!

 コモドの内部を復讐の炎が過ぎった。

 前方からペケを駆り、薙刀を提げたヌイが現れた。

 ここでコモドは初めて生存者の安否について気にかかった。クレハは、アネーリオは?

「皆さんが最後ですね」

 ヌイは真剣な顔を崩さなかった。薙刀から鮮血が滴り落ちていた。

「ヌイさん! クレハは!? アネーリオは!?」

 コモドは声を上げて尋ねた。

「先へ。二人が待ってます」

「どういう意味だい!? 二人は無事なの!? ヌイさん!」

 答えになっていない言葉にコモドは声を荒げて尋ねた。

「アネーリオさんは無事です。クレハさんは……」

 その言葉を聴いた瞬間、コモドの脳裏を在りし日のクレハの顔が過ぎって行った。コモドの腰が抜けた。涙がとめどなく溢れ出て来ることすら彼は知らずにクレハの回想に微笑みに囚われていた。

 クレハが死んだ……。そんな、どうして……。

「コモドさん、クレハさんはまだ待ってます。あなたを。早く行ってあげてください」

 ヌイはペケから下りた。

 コモドは夢中になってペケに飛び乗り、手綱を握り、馬腹を蹴ったのであった。

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