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コモドの帰還  作者: Lance
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コモドの帰還22

 徴兵令を受け、老師宅の前の広場では、男達が勢揃いし、戦に向けて稽古に励んでいた。ウルフも混ざってはいるが、コモドはその様子を木の上から眺めるだけであった。

 どれほど鍛えても負けは覆せない。皆の鍛錬がただの虚しいものに見えてしまっている。コモドは戦場からどう脱出するかをずっと悩んでいた。グロウストーン村の総勢百名の男達の他にグミ村、港町ヒューリーの者達も共に退却させねばならない。タイミングはクルーの内応者が反乱を起こした時になるだろう。混乱の中を自分達は逃げる。老師が言うには、グミ村の者達は賢明にも村を捨て、港町へと引くと言っている。既に戦え無い者達の移動は始まっているという。

 グロウストーン村の連中は頑固だ。精霊神なんてまやかしを信じている。

 コモドは外でクレハと密会し、身体を重ね合わせた。

 彼女といると慰められる。コモドの方が十以上も年上なのに、クレハの胸に声に母性に甘えている。

 クレハにはどうにか皆を説得して港町まで引いて欲しいと願ったが、彼女もまたグロウストーン村の誇り高き女戦士として、村のために戦うことを決意していた。

「今度は人を斬っても動揺しないから。だからどんどん斬りまくるよ」

 彼女はコモドの耳元でそう囁いた。

 ならば、退却して、インバルコが魔の手を伸ばしてきた時に自分も村の一員として死ぬ覚悟で戦うまでだった。

 指定された期限になり、徴兵されたグロウストーンの戦士達は、女や子供、年寄りに見送られ、華々しく出立した。代表者はロベルト村長だ。兵隊に組み込まれたらそうではなくなるが、今、この状態ではロベルト村長を代表者に補佐をウルフが引き受けることになった。徒歩で出立したグロウストーンの戦士達はグミ村の七十人と、港町ヒューリーの三百と合流し共に王都を目指した。



 2



 王都には入れて貰えなかった。

 既に外で国王率いる大軍勢が隊列を調えていた。グロウストーンとグミ村、ヒューリーの三つは西側衆と名付けられ、リュウというコモドよりもはるかに若い将軍に預けられた。リュウ将軍は血気盛んだった。ロベルトとウルフとコモドはリュウ将軍のこの自信を訝った。内応し偉大な地位と名誉を授かることが嬉しいのか、それとも純粋にインバルコに勝てると踏んでいるのか、あるいは単なる世間知らずなのか。だが、やがてリュウ将軍は厚く西側衆を歓迎し、激励した。

「白だな」

 ウルフが言い、ロベルトとコモドも頷いた。ならば乱戦の最中、この若い将軍を自分達は見捨てることになる。そう思うと、それぞれ心を痛めていた。

 号令が掛けられ、軍勢はインバルコとの決戦の地、中央にある国境、ウルスラグナ平原へと向かっている。行軍はゆっくりしたものだ。インバルコが動いたのかは末端のコモドらまでは伝わってこない。

 だが、行軍の休息中にコモドはある人物と再会を果たした。それはソルド兵士長だった。ゲッブの屋敷以来だった。生真面目な顔からは表情は読めなかった。戦の勝敗について意見を求めると、「軍人としてただ国王陛下と民のために戦うまでだ」と、応じるだけだった。

 だが、このクルー国の士気は歪んだものであった。立ち寄った自国の村落や町では、軍人達が好き勝手に乱暴狼藉を働き、民を傷つけた。リュウ将軍が若い町の娘達を集めて酌させているところも見た。だが、おかげで、この将軍を見限る理由が出来た。

 ソルド兵士長はリュウ将軍を諫め、女達を解放させようとしたが、酔ったリュウ将軍に刃を向けられ、怒鳴り散らされ、平身低頭のまま戻って来た。軍人らの犯罪を総大将である国王は士気を上げるためと黙認していた。インバルコが規律の正しい国ならば、これらの町や村はたちまちの内に鞍替えするだろう。

 クルー王国は腐っている。

 コモドは極秘で監禁されていた町の女達を逃がしてこの国にも見切りをつけたい気分だった。そして一つの疑念が過ぎる。インバルコが善政を敷いたならそれはそれで良いのではないだろうかと。わざわざ自治権を主張し、反抗することも無い。インバルコがそういう国だったらの話だ。



 3



 微風が頬を撫でる。

 だだっ広い平野の上で、クルーとインバルコは対峙した。

 これが戦争だ。インバルコの威風堂々と並んだ軍列を見て、領内から徴兵された民兵達は思わず唾を飲み込んでいた。

 本当に勝てるのか? 今更ながら恐れをなしてしまった者もいるぐらいだ。持たされた長槍が震えていた。

 リュウ将軍の西側衆は右翼に配置された。

 リュウ将軍はまるで子供の様にはしゃぎ、もはや民兵には届かぬ大激励を発した。

 グミ村、ヒューリーの代表達は事前に集まり、撤退の手筈を話し合っていた。しんがりはグロウストーンが努める。

 時折軍馬の嘶きが聴こえるだけの静まり返った戦場で、クルーの国王とインバルコの皇帝が論戦を展開したが、クルーの国王が丸め込まれ、ついに突撃の指令を出した。

「突撃だ、勇敢なる兵士諸君! インバルコの兵を駆逐しろ!」

 リュウ将軍が叫んだ。

 だが、突撃したのは三割の隊だけだった。残りは。

「全軍反転! 逆賊クルー国王の首を取れ!」

 六割の軍勢がクルー国王の本隊を包囲した。インバルコは動かない。悲鳴が、剣戟の音が虚しく木霊する。

「これはどういうことだ!?」

 リュウ将軍が突撃を止め、驚いて振り返った。すると静観していたインバルコが、内応の策を施してしなかった、言ってみれば突撃の号令で突出した部隊を全軍を上げて叩こうとしていた。

「コモド!」

 見ればソルド兵士長が兵士を掻き分けて歩んで来ていた。

「お前達だけでも今すぐ退却するのだ! こんな戦いに身を捧げるのはただの無駄死にだ! 逃げて逃げてどこまでも逃げのびろ!」

「兵士長さん、アンタは?」

「私は軍人だ。最後まで戦うのみ。リュウ将軍に続け!」

 リュウ将軍は国王の本隊を助けるために既に反転を告げていた。地鳴りを上げて迫るインバルコの兵士達。鎧が陽光を受けて煌めき、民兵達の戦意を喪失させた。

「ロベルト村長!」

 コモドは爪先立ちになりながら名を呼んだ。

「分かっている! このまま救出に向かうと思わせて戦場から逃げるぞ!」

 ヒューリーとグミ村の者達が槍と弓を放り出し、一目散に逃れ出す。

「待て、戻って来ないか!? 敵前逃亡は極刑に値するぞ!」

 どこかでリュウ将軍の悲痛な声が聴こえた。

 西側衆はこうして作戦通り難を逃れた。

 母国クルーを捨てたのだ。

 コモドとウルフ率いるしんがり隊は一番最後まで戦場を見ていたが、インバルコの圧勝だった。突出した部隊は各個撃破され、囲まれたクルー国王の本隊はもはや裏切り者達にもみくちゃにされて見えなかった。

 インバルコが善政を敷いてくれれば。

 最後尾を駆けながらコモドはそう、淡い期待を寄せていた。

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