コモドの帰還20
コモドは夜の村を駆け回り、ロベルト村長を起こして、アメリア老師のもとへと連れ立った。
走り続けたコモドは脚が久々に痛くなり、呼吸もすぐに荒くなってしまった。見かねたロベルト村長はコモドを背負って三百十二段の階段の途中から上がって行った。
「ロベルトさん、ごめん、クレハを置いてきちゃった」
「良いんだよ、クレハなら大丈夫だ」
老師の家の引き戸が開き、薙刀を手にしたヌイが現れた。
「コモドさんに、村長さん?」
「ああ、ヌイさん。コモドのやつが戻って来た。どうやら急いで話してしまいたいことがあるらしい。老師は起きているかね?」
「老師は……」
「起きてるよ」
アメリア老師が入り口に現れた。
「さっそく報告してもらおうじゃないか、お入り。ヌイも一緒にな」
2
コモドは話した。インバルコの士気の高さと、クルーがインバルコの将軍を買収して安心していることを。そしてその実クルーの将軍らがインバルコ側に買収されていることも、話した。
「負けるな……」
険しい顔でロベルトが言った。
「皆は村を捨てることに反対するだろう。俺だってそうだ。だが、クルーを撃滅させた後は軍勢をこちらに向けてくるのは当たり前だ。鍛えた精兵だ、並の村人達が百人いても勝てる見込みは無いだろう」
ロベルト村長は冷静にそう続けた。
コモドの脳裏にクレハの姿が過ぎる。村を捨てるつもりはない。彼女はそう宣言していた。
「だが、逃げなければ死ぬ」
コモドは脳裏のクレハの幻影に向かって気付けばそう口走っていた。
「そうだね」
アメリア老師が頷いた。
「逃げる場所が必要だ。一度村を捨てて再起を図れればそれで良いが」
「逃げる場所と言っても、背後にはヒューリーぐらいしかありませんよ。そこもまた攻め滅ぼされます」
ロベルト村長が老師に言った。
「あの」
ヌイが口を開いた。
コモドらは彼女を見た。
「私の国へ来ませんか?」
「ヌイさんの国へ?」
ロベルトが問い返す。
「ええ、歓迎しますし、もしかすれば、軍勢を派遣してくれるかもしれません」
「まぁ待ちな。軍勢を得たところでインバルコはこの大陸の全てを支配権に収めている。私達は逆に大陸の覇者となるために、あるいはクルーのために動こうというわけでは無い」
「と、言うと?」
ロベルトとヌイが老師に向かって声を揃えて尋ねた。
「私達はこの村さえ無事ならそれで良いんだ。インバルコに噛みついて、自治権を認めさせればいい。ヌイ、そのために兵を借りるかもしれない」
「心得てます」
ヌイは頷いた。
「しかし、ヌイ殿の兵では限られてます。インバルコの前には噛みつけやしないだろう。どこか、他に、兵を貸してくれる国があれば」
ロベルトのその言葉にコモドの脳裏を大きな男の背が過ぎった。
フラマンタス。
「俺っちにあてがあります」
コモドが言うと、他の三人は訝し気にこちらを見た。
「エクソアの教会戦士団です。恩を売るつもりになってしまいますが、俺はゾンビ騒ぎを鎮めた英雄の一人です。うんと、言わせて見せます」
「頷いてくれるとありがたいね。さて、まとめようか。ひとまず村を捨てヌイの国へ逃れる。あとはコモドの伝とヌイの動かせる手勢で、取られた村を取り返す。こんなところだ」
老師が言った。
「船は御ありですか?」
ヌイが尋ねて来た。
「船? しまった、船が無きゃどうにもならねぇか」
ロベルトが言ったとき、コモドは思い出した。ウルフと海賊を討伐した時の海賊船はヒューリーにあるままだ。
「村長、港に海賊船が放置されてるはずなんだ。ウルフさんを証人に、それを取り押さえておいてくれませんか?」
「何、船があるのか?」
「ええ」
コモドが応じるとロベルトとヌイは頷き合った。だが、すぐにロベルトの顔が曇る。
「しかし、グミ村やヒューリーの奴らを見捨てることはできない。仲の良いご近所同士だ。村だって、いくらクルーが呑気だからっていきなり村民全員が動けば訝しむはずだ。あとは、この村のために一戦も交えず撤退するなんて、そんな罰当たりな真似は誰もしたくないでしょう。ここは俺達の村だ。ご加護を下さる精霊神様をむざむざ見捨てることに納得する者もいないでしょう」
つまりは徴兵に応じ、インバルコの前で敗走して戦場から戻り、ここで一戦交えようというわけだ。
「残念だが、ロベルトの言う通り、この村の連中は簡単に故郷を捨てやしないだろう」
アメリア老師が言った。
「次期に徴兵令がかかるはずだ。良いかい、コモド、ロベルト、上手く戦場からみんなを率いてこの村に逃げて来るんだよ。意地を見せて皆が納得したところでヌイの国へと逃れて再起を図る。グミ村とヒューリーの長達には私とロベルトが伝えよう。つまりは、インバルコに噛みついて、ここと、グミ村、ヒューリーの自治権だけを認めさせる。ヌイの国とエクソアの教会戦士団を後ろ盾にね。できるのはそれぐらいだろう」
「そうですね、老師」
ロベルトが頷いた。
「では、さっそく故郷の兄に一筆したためて参ります」
ヌイはそう言うと立ち上がり、奥へと消えた。
「コモドの方はどうだ?」
「ウルフさんから聴いたんだけど、エクソアは今、後継者問題が起きてるらしい。教会戦士団も動ける状況かは分からない。俺も教会戦士団の友人に、副団長だけど、手紙を書くけど、ヌイさんの国に行ったら、一度、直接交渉しに行ってみますよ」
コモドが言うとアメリア老師とロベルト村長は頷いた。
話し合いが終わり、外に出ると気付けば朝靄が立ち込めていた。
コモドはロベルト村長に断り、先に辞去した。
ふらふらだが、クレハが心配だった。戻っただろうか。
階段の下に降りると、ちょうどロッシを引いたクレハと出会った。
「コモドにぃ」
「クレハ」
二人は抱きしめ合い深い口づけを交わした。
「ごめんね、クレハ、一人にしちゃって」
「ううん。気にしないで。老師達には話したの?」
「今終わったところ。俺っちは今から友人に向けて手紙を書かなきゃならないから」
「分かった。また会おうね」
クレハはそう言うとコモドの耳元で囁いた。
コモドは頷いた。股間がうずいたが今はやらなければならないことがある。
「じゃあね、コモドにぃ」
「うん」
二人はお互いの互いを思う根強い思いを振り切るようにして別れたのであった。