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コモドの帰還  作者: Lance
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コモドの帰還16

 アネーリオの肩の傷は深かった。血も止まらず、町に詳しいルナセーラが医者へと連れて行った。

 ゲッブの屋敷は兵士でいっぱいだった。地下の捕まっていた人々は解放されたが、身一つでどこへ行けたものでも無い。コモドが壮年の兵士長にその旨伝えると、細面に奇麗に整えられた髭が特徴の生真面目そうな相手は言った。

「分かっている……」

 一言、少々歯切れの悪い返事だった。

「絶対だと約束してくれますか?」

 コモドが再度問うが兵士長は部下に指示を飛ばすだけだった。今も片隅で自分達の処遇を待っている捕らわれていた人達は不安げな顔でこちらのやり取りに注目していた。

「兵士長さん」

 コモドが念を押すと、相手は振り返って頷いた。

「上にもこの報告は入っている。責任逃れをするようだが私の一存では決められない」

「兵士長、隅々まで探しましたが、ゲッブの姿はありませんね」

 兵士が報告した。

 コモドは煮え切らない兵士長に不信感を抱き、ここでこの名前を出すことにした。

「兵士長さん、偉大なる左腕って知ってます?」

「偉大なる左腕……まさか」

 兵士長の目が驚きに見開かれる。

「そうです、今はもうじいさんですが、うちの村のスミスがこの名前を出すようにと言っていたので、甘えてみました」

 兵士長は瞠目していた。

「スミス殿が……この私を頼っているということか」

 すると、兵士長は顔を引き締め直し小柄なコモドを見下ろし、向き合った。その目は生真面目さは顕在だが、奥に燃える炎のようなものを感じ取らせた。流れが変わったなと、コモドにも分かった。

「ソルドだ。返事が曖昧ですまなかった。我が使命と心得て捕らわれていた人々の安心と安全、元の居場所へ送り届けることを約束しよう」

「それを聴いて安心しました。ありがとうございます」

 コモドはひとまず安堵した。

 その時だった。

「死体が動いたぞ!」

 兵士達の恐慌する声が連なった。

 奥の間から一人の男が歩んで来る。額には短剣が突き刺さったままだった。

「シグマ!?」

 コモドは驚いてその名を叫び、剣を引き抜いた。すると、シグマは短剣を抜いてコモドに放り投げた。額の傷口から血がとめどなく流れ始め、真っ赤な滝となり顎から滴り落ちているのにも関わらずシグマは言った。

「次は勝つ」

 短くそう言ってシグマは堂々と去って行った。

「兵士長、良いのですか?」

「ただの雇われだ。尋問なら他の生き残りや使用人達でも事足りる。それにあれは私でも止められぬ」

 兵士長の言葉に兵士達は納得のようだった。

 コモドはここで本来の用向きを口にすることにした。

「インバルコと戦争になると思いますか?」

「……」

 兵士長は黙秘した。が、再度問う前に口を開いた。

「戦争は近いだろうな。スミス殿が健在の間に起こっては欲しくなかったが」

「そもそもの戦争の原因は何なんですか?」

「中央にある金鉱山だ。ちょうど国境に跨り二つに分かれている。その所有権を巡ってというのは互いの大義名分に過ぎない。本当は我がクルー国もインバルコもこの大陸の覇者となるべく戦争を起こそうとしているのだ」

「どうにか回避できませんか?」

「どちらかがひとまず金鉱山を譲るなら、大義名分は無くなるな。貴殿、名は?」

「グロウストーン村のコモドです」

「そうか、コモド、私に言えるのはここまでだ。戦争ともなればお前達も徴兵されるだろう。そうなりたくないのなら、外部へ逃れるのだな。私に言えるのはここまでだ」

 ソルド兵士長は奥へと歩んで行った。

 戦争が近いという情報が得られただけでも来た甲斐があった。だが、どうするわけでもない。どうすれば良いのだろうか。ひとまず、こそこそする必要は無くなった。

 コモドは思案し、ふと、隅で茫然と天を仰いでいるクレハの姿を見た。

 そうだった、忘れていた。

「クレハ」

「あ、コモドにぃ」

 この娘は初めて人を斬ったのだ。アネーリオの心のケアはルナセーラがしてくれるだろうし、あの少年は仮にもゾンビはおろか、ゴブリンやトロルとも斬り合った。大丈夫だと思いたい。

「頑張ったね、クレハ」

「そうだね、無我夢中だった。稽古の通りに剣を振ってたら、自然と人殺しができちゃった。相手は悪い奴だった。アタシ達のことを殺そうとして来た」

「うん」

「料理で肉や魚は捌いてきたから、あの感触は平気だった。だけど、目を剥いてこれから死ぬのが信じられないっていう顔だけは一生忘れられないと思う」

「それで良いんだよ」

「うん」

 クレハの目から涙が零れ落ちた。

 コモドは黙って抱きしめた。

「怖かったよ、コモドにぃ」

「そうだね、怖かったよね」

 クレハはひとしきり泣いた後、懐で顔を見上げ来た。

「ねぇ、コモドにぃ」

「うん?」

「今晩、私を抱いて」

「ごめん、それはできないよ」

 コモドが言うとクレハはニヤッと笑った。そしてコモドの懐から自ら離れた。

「知ってたよコモドにぃ。少し緊張した?」

「微塵も」

「うう、酷い! 少しぐらいドキッとしてくれても良いじゃない! コモドにぃのケチ!」

 クレハはそう言うと、フンと顔をそむけた。

 傍から見れば兄妹の喧嘩に見えるはずだ。そうだ、それで良いんだ。だが、コモド、クレハの負った心の傷が完全に塞がるというなら彼女の声に一度だけでも応えてみたらどうだ? 彼女は本心で自分を好いていてくれている。それを何を怖がっていると言うんだ? クレハは可愛い。もう少しすれば美人になる。そんな健気な彼女を逆に誰かに取られたら、自分は後悔するのでは無いだろうか。それも激しく。月日というのはあっという間だ。二十六年もあっという間だった。

「すみません、これからここを現場として今回の件を調査するので、事情聴取に付き合ってはもらえませんか?」

「歳月が経つのはあっという間だよね……」

「は?」

 コモドの独り言に兵士が口をあんぐり開ける。

「何でもないよ。何なりと協力しましょう」

 コモドはもう一度クレハを見た。離れた場所で兵士に向かって今回のことを話している。その彼女の横顔はどこか今までになく奇麗に見えた。

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