コモドの帰還14
王都は予想以上に平和なものだった。戦争を前にしているとはとても思えない。それとも戦争など起こらないのであろうか。それに越したことはない。
行き交う都会の人々、声高々に呼子をする露天商。鎮座する商店は高級な印象を持つデザインの建物ばかりであった。だが、アネーリオ以外は見慣れたものだ。コモドは前回のエクソアのゾンビ騒ぎの際に旧知のギルバート神官長と会うためにエクソアの王都を訪れている。都とはどのようなものか、経験済みだ。得意のしなやかな動きで人の間を縫うように歩く。アネーリオだけが苦戦していた。
「そら、坊や、掴まりよ」
ルナセーラがアネーリオに手を伸ばす。
「ありがとう、おばちゃん」
アネーリオは礼を述べた。
そうやって大通りの雑踏の中を四人は歩く。
「それで、どこが人攫い達の住処なの、ルナセーラさん?」
クレハが尋ねる。
ルナセーラの表情が一瞬曇った。コモドと内密に打ち合わせをしていたのだ。クレハとアネーリオを王都では撒こうと。
「まぁ、焦らない、焦らない。クレハと少年は偵察に出てくれない? 町の東通りの隅に奴らの住処がある。大人の俺っち達じゃ、怪しいからね。二人なら迷った子供みたいに誤魔化せるじゃん?」
「ちょっと、コモドにぃ、アタシは大人なんですけど!」
両手を腰に当てクレハは発展途上の胸を張って抗議の声を上げた。
「それにコモドにぃとルナセーラさんがアタシ達に隠れて話してるの、バレバレだからね」
クレハのこの一言にコモドは溜息を吐いた。こういう時ばかり気配を隠すのが上手い彼女であった。
「二人は連れて行けない。と、言ってもついてくるんだろうけどね」
「当たり前だよ」
クレハとアネーリオが口を揃えて頑として応じた。
コモドはルナセーラを見上げて顔を見合わせた。
「シグマ以外は雑魚だから大丈夫とは思うけどね」
ルナセーラが言った。
「分かったよ、ただし、大人の言うことをよく聞くこと。勝手な真似はしない」
「だから、コモドにぃ、アタシは大人だってば!」
クレハが声を上げる。
「奴隷商人ゲッブの屋敷は貴族街にある。ついておいで」
ルナセーラが先導した。
二
貴族街。大きく厳かな石造りの建物が並んでいた。だが、人通りはなく、巡回している兵士がまばらにいるぐらいであった。
「御貴族様ってもっと派手なイメージだったんだけど」
クレハが言った。
「家は大きいね」
アネーリオが続いた。
屋敷、屋敷の前に門番が一人ないしは二人いる。彼らは訝しげな眼付きでこちらを見ていた。
「ちょっと待て、お前たち、どこに行く?」
巡回している兵士がさすがに尋問してきた。
「アタイだよ。ゲッブ様のところに奉公人を連れて行くところさ」
ルナセーラが言うと、兵士は頷いた。
「ルナセーラか、邪魔したな」
兵士はそう言うと歩み去って行ってしまった。
「兵士どもはゲッブがただの大商人だとしか思っていない」
「だったら教えた方が」
アネーリオが言いかけると、ルナセーラは少年の頭を撫でて決まり悪く諭した。
「根っこが腐ってるんだよ、坊や。世の中ってのはそんなもんさ」
ルナセーラが歩き始め、貴族街の門番達の前を歩みながら、一番西側の建物に辿り着いた。一見、他の貴族の屋敷と大差は無かった。門番はいない。ルナセーラが三人を振り返った。
「連れ去った人達は地下だ。充分に気を付けるんだよ。特にシグマって男には」
「百七十八センチ、青い髪を後ろに縛っている。大剣の使い手。二人とも分かった?」
コモドが問うとクレハとアネーリオが頷いた。ちなみに脱出路は一つしかない。一階に戻るのだ。おそらくその時、敵とぶつかり合うだろう。捕まった人々を背に戦うのだ。
「行くよ」
ルナセーラがアネーリオの手を放して歩み始めた。
真っ赤な絨毯、飾られた絵画に台に置かれた調度品。一見すれば大富豪の家だ。
「姉御」
広い一階で暇そうに突っ立っていた正装の男が駆け付けて来た。
「そいつらは?」
「新しい奉公人さ。ゲッブの旦那は?」
「部屋だと思います」
「……シグマは?」
「外に出て行きましたよ。一時間ほど前に」
ルナセーラが三人を軽く振り返り目配せした。シグマがいないこの機会こそ最大の好機だ。そう訴えていた。
「そら、地下へ行くよ」
「地下へ、そいつらを連れて行くんですか?」
「ああ。いずれは商品の世話をするんだからね」
「ゲッブの旦那様に紹介しなくても良いんですかい?」
「うるさいね、先に案内するんだよ」
「わ、わかりました」
番人の男はルナセーラの怒気に圧されて慌てて引き下がった。
「そら、行くよ!」
ルナセーラが声を上げた。
二つ目の広間の左手の片隅に行くと、彼女は床板を持ち上げた。地下への階段が現れた。
「誰も入っていないみたいだ。シグマが戻るまでが勝負だよ」
ルナセーラが言いコモドらは頷いて彼女の後に続いた。
地下は全く暗いわけでは無かった。ところどころ蝋燭が置かれ冷たい床と壁を照らしている。
そう進まないうちに女性のすすり泣きが幽鬼のごとく聴こえてきた。
「アタイは入り口を見張るよ」
ルナセーラが言った。
「分かった。行こう二人とも」
鍵は捩じり棒をコモドが持っていた。これで解錠できる。さて、上手くいってくれれば良いけど。
コモドはシグマとの戦いは避けたかった。勝てる自信が湧いてこなかったのだ。
こら、コモド、お前が全員を守るんだぞ。
「分かってるさ」
自問自答し、薄闇の廊下を三人は進んだのであった。